表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

『手紙シリーズ』

『出奔済みの女性からの手紙』

作者: 甲光一念
掲載日:2026/07/09


『手紙を送るのが遅くなってしまいごめんなさい。追い出されることは無いだろうという段階まで関係を進展させるのに思ったよりも時間が掛かってしまいました。いえ、それは杞憂です。何も言っていない、と言いたげなお顔が浮かぶようですが、一応否定しておきます。

 私の容姿や性格が彼のお眼鏡に適わなかったわけではなく、私が貴族令嬢という立場を捨てることに否定的だった彼のスタンスを崩すのに、少し時間が掛かっただけなので。

 今はもう、私の料理なしでは生きられない身体になっていることでしょう。

 ところで聡明なお兄様は知っているでしょうか、世間では私のような者を押し掛け女房というらしいですよ。なんともぴったりな言葉もあったものですね。


 ・

 ・

 ・


 同封した二通の手紙は、お兄様の判断で然るべき方に渡していただきたく思います。私の独断で彼の手紙からは可能な限りの具体的な名詞を取り除きましたが、責任を追及しようなどと言い始める者がいないとも限りません。冷静に情報を読み取り、それを活かすことの出来る方に渡してください。

 個人的には、別に活かされないままでも構いませんし、生かされないでも構わないのですが、不要な罪悪感を彼に負わせたくはないので。

 安全が確保されたら合図を送ってください。また手紙を送ります。きっとその頃には、何かしらのおめでたい報告が出来るようになっているはずです。はずです。催促はしないでくださいね。

 それではお兄様、次会う時まで息災で。』



『お父様、お母様、この度は娘が突然姿を晦ましたことで、さぞや苦労なされたでしょうし、きっとまだそれに連鎖してこれからも苦悩が続くのだろうと思います。

 私としてはそれに対して、お二人を可哀想とも助けたいとも思わないのですが、流石に何も知らないままというのは少々哀れかもしれないと思い、こうして最初で最後の手紙を送らせていただきました。


 概ねの事情は把握なさっているかと思います。私の婚約者であった第三王子は、用意した婚約指輪に呪いを仕込んだ。その内容は極めて悪質、「恋心の固着」といったものだったそうですね。

 お二人は未だ、子供の可愛い悪戯、程度に捉えているかもしれませんが、法律に則れば普通に犯罪です。呪いの使用が、ではなく、貴族への使用が。もし下手人が平民だったら即日処刑になってもおかしくない蛮行であり、現在の第三王子が療養中でいられるのは王族だからに他なりません。

 これを悪戯として捉えるのはまだ善悪の区別が付いていない幼子くらいのものであり、要は私からお二人への認識はそれと同等なのだとご理解いただけたら幸いです。

 解呪してくれた魔法使いの方曰く、呪いを専門にしている魔法使いが見れば、呪いの存在は非常に短い時間で見抜けただろうとのことです。これまでの人生でそれに類する魔法使いと遭遇しなかった自身の不運、あるいは、娘の状態を正常ではないと考え、誰かに相談することもしなかった両親の下に生まれた不幸、私はどちらを恨むべきなのか。判断に悩むところですが、もう過ぎ去った過去の話を掘り返すのも建設的ではありませんね。

 流石に理解してくださったと思いますが、私はお二人の事を好意的には見ていません。まさか、再三再四に及ぶ婚約者の態度に対する娘の泣き言を、大したことではないと無視し続けてきておいて、その娘に好かれているなどと勘違いしていないとは思いますが、そのままでは困るので明記しておきます。

 自分たちも何も知らなかったとでも言いたげな顔が浮かぶようですが、呪いの影響下にあったとはいえ私はその期間の記憶が無いわけではありません。王族との良縁に不満があるなんて、というような貴方達の冷たい眼差しを、私はしかと覚えています。

 まあ、私の婚約で有利になった取引やらが結構な数ありましたし、今更その恩恵を手放せないという気持ちが一切理解できないわけではないので、しつこく書くことはしません。呪いの影響だったとはいえ、私自身が第三王子の結婚を望んでいた、というのもありますし。今となっては思い出したくもない過去ですが。


 では、今回の手紙の本題である、解呪から出奔に至るまでを少し詳しく書きましょう。

 その日も私は、第三王子とのお茶会で罵声を浴びていました。全ては書きませんが、私が望んだからこの婚約が成った、ならばお前は自分の分も努力すべき、まだまだ令嬢としても女としても不足だらけだと、いつも通りの悪口ですね。

 指輪に呪いを仕込んでおいて何を言っているのか、そもそも私の記憶が正しければ、婚約は両家の都合上で一応結ぶけれど、不満があれば即座に解消できるような程度のものだったはずで、思い返すと、第三王子はよくもまあ自分に都合よく記憶を改竄しているものだと思います。

 指輪の呪いは、逆らわない奴隷が欲しかったのか、あるいは、私に何かしらの役割を期待していたのかは知りませんが、それも今となってはどうでもいいこと。

 椅子に座って数分、言いたいことを言い終わったのか、さっさと第三王子は退出、私はその後いつも通り、侍女を遠ざけて中庭で一人落ち込んでいました。落ち込んでいたというよりは反省でしょうか。次は何を身に付ければ彼が振り向いてくれるだろうか、と考えていました。

 少し調べればわかると思いますが、このお茶会後の一人反省会はほぼ四年前から続いていた悪習です。私があらゆる技能を端から身に付けようとし始めた時期と同じ、と言っても、貴方方に心当たりなどないでしょうね。ただ漫然と媚びていたわけではないのですよ。

 私の沈痛な雰囲気を察してか、事情を知っているのか、通りがかった人が例外なく避けていくのを私はずっと横目で見ていました。誰も私に声を掛けない。面倒なものから目を逸らして、王城はそうやって成り立っていて、私もそう諦めていた。

 でもあの日、彼が私に声を掛けてくれた。

 名前は書きません。下手に明言して責任を追及なんてされても面倒なので。同封された手紙は彼の物ですが、それはただの差出人不明の手紙。三か月前に城仕えを辞めたとある魔法使いを騙った何者かの手紙です。

 その瞬間の私はまだ彼のことを個人として認識しておらず、自己紹介されても城内で働いている魔法使いの一人だということしか頭に入りませんでした。おそらく、異性に対する認識阻害のような要素が呪いに含まれているのでしょう。

 それでも、そんな見ず知らずの人物に人生の不満や鬱憤、焦燥や愁嘆を晒したのは、呪いの影響があっても私の精神が限界に近かったからだと思います。それに、きっと私は、誰かに聞いてほしかった。たとえ解決できなくても、たとえ助けられなくても、誰かに聞いてもらえるだけで良かった。

 それだけでよかったのに、加えて助けられたとなれば、それはもう好きにならない方が難しいと私は思うわけです。

 一通りの愚痴を吐き終わった後、何かの呪いが掛かっているようですけど解呪しますか? と問われた時、私が何を思ったかは定かではありません。ただ、承諾したのでしょう。虚ろなまま、よくわからないまま。

 身体を、精神を覆っていた濃い霧が晴れ、自分が何故泣いているのかもわからなくて、見失った物を見つけたような感覚と、全てを捨てたかのような解放感。そして目の前に、罪でも犯したかのような表情を浮かべた彼。第三王子からの婚約指輪が呪いの元だと知って、何かしらの罪に問われると思ったそうです。何かしらの冤罪に。

 逃げるために即座に退席しそのまま辞職した彼を追って私は出奔、今は彼と気ままな二人暮らし、というのがここまでの流れです。


 自明なことですが、帰るつもりはありません。私は今の生活に満足していますし、彼も私を受け入れてくれています。貴族令嬢が平民の生活なんて、と思うかもしれませんが、婚約者だった頃の網羅時代に家事炊事は一通り身に付けています。あまりいい記憶ではありませんが、大事な人のためになっているのなら昔の私も報われるというものです。

 当時はとにかく手探りでした。何をすれば前進するのか、何をすれば好転するのか。暗闇の中に一人取り残された五年間。私を気遣ってくれる従者の皆やお兄様がいなければ、私はとっくに壊れていたでしょう。呪いとは、なんとも恐ろしい。あの第三王子にそんな気安い方がいるとは思えませんが、自分で掛けた呪いです、自分でどうにかするくらいの術は持っているでしょう。

 お二人への養育面での恩は、五年間で返したと思っていますし、なんだったら返し過ぎたと思っていますが、それはこれからお二人が失う分で相殺としましょう。それ以外では特にお二人に恩を感じている部分はないので、最初に書いた通り、これが最後となります。

 手紙というより報告書のようになってしまいましたが、私が近況などを冗談を交えながら書いたとて、お二人にとっては興味の無いことでしょう。別に興味を持ってほしいとも思いませんが。

 私は勝手に幸せになりますので、どうかお二人も息災で。』



 ――コンコン。


「はいはい、どなたで――」

「お久しぶりです。先日はお世話になりました」


 ――ペコリ。


「…………」

「誰もいませんからご安心を。私も身一つで逃げてきた身ですので」

「……逃げて?」


 ――カクカクシカジカ。


「……そりゃまた大変なご苦労を……。あの後、さっさと一人で逃げたことは謝ります。すみませんでした。……で、なんでここに?」

「どうせ自由の身になるのなら、愛ある結婚というのをしたいと思いまして」

「……はあ。相手に当てがあって、そこまで連れていけ、って話ですか?」

「いえいえ。呪いにかかっていた私に当てなんてあるわけないじゃないですか」


 ――チクタクチクタク。


「じゃあ、どうしろと?」

「呪いを解いて、私を普通の女の子にしたのは貴方でしょう? 責任。取ってくださいな?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ