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探偵の白猫は推理を語らない  作者: aoi
最後の演繹
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エピローグ


 エピローグ


 絵本千蔭の中から、網代一輝という記憶がすべて消えてなくなった。人間に戻ったことで、猫だったときの記憶が自動的に消されたということだろうか。


 それを証明するように、絵本さんは和田緋音さんに安堵したような笑みを見せ、俺にはよそよそしい視線を向けた。


「ねぇ、緋音。何でわたしたちこんなところにいるの?」絵本さんは周囲を見回し、不可解そうに首を傾げた。「すぐに出ていきましょう」


 和田緋音さんは当惑しながら俺を見てから、静かに頷いた。「分かったわ。行きましょう」


 そう言って立ち上がる2人を、俺は見送ることしかできなかった。


 だが、玄関でふと、絵本さんは立ち止まった。そしてすばやく振り向くと、俺の顔を凝視した。


「あなた、もしかして」彼女はゆっくりとこちらに近づいてきた。「昔会ったことがある?どこかで見た顔なのよね」


 思い出したのかと思ったが、淡い期待に終わった。俺は猫ではなく、人のときに会ったときのことを話した。


「はい。俺の両親の……お葬式のときに会ってます」


「やっぱり。わたし今、驚くほど頭が冴えてるの。靄が完全に晴れたって感じ」彼女は笑みを浮かべた。「名前は確か……一輝くん。大きくなったわね」


「……はい」


 俺は気づけば、目頭が熱くなっていた。彼女が元の姿に戻って良かったはずなのに、これまで過ごしてきた時間がなくなってしまった。体の真ん中に大きな穴が開いたような感覚に襲われる。 


「なるほど……」絵本さんは落ち着いた声で言った。「わたしは一輝くんと一緒にここに住んでいたのね。あそこにいる年増の女性と、3人で」


「え?」俺は思わず眉間に皺を寄せた。


「上座に屈強な体格の男性、緋音がその隣に座っていた。つまり緋音と男性はゲスト。彼氏にしては年齢が離れているから、警察か、探偵。わたしを探しに来た協力者ね」


 絵本さんは早口で言葉を繋いでいく。


「3人で暮らしていたと言った理由は、記憶を失っていた間、わたしはここにいたから」


 だけど、1つ腑に落ちないことがある──。


 絵本さんは踵を返して和田緋音さんを見た。


「何で緋音はわたしが帰りましょ、と言ったとき困った表情をしたのか……」


「それは……」


「いいわ緋音」探偵は再び俺を見た。「一輝くんの泣きそうな顔。どうやら、記憶を失っている間に何か起きたみたいね。ぜひ聞かせて」


 さぁ、と言って探偵は俺の手を引いた。


 居間の奥から、「年増っ」と伯母が声を張り、「屈強か……」と永田さんの満更でもない声が聞こえる。


 絵本さんの更に鋭さを増した口調に、俺の頬は緩んだ。いつもの彼女だ。


 さっきまでの悲しみは、澄み渡った夏空の彼方に、すっと消えていった。


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