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探偵の白猫は推理を語らない  作者: aoi
最後の演繹
45/45

過去からの手紙/そして猫は、


 11


 一輝くんへ


 この手紙を読んでいるということは、なんて定型的な挨拶、万菜花に託している時点で無用だなんてことは分かってはいるのですが、どうか言わせてください。


 もうこの世にいないであろう、わたしの話を聞いてほしいのです。


 実は、一輝くんとは以前、あなたのご両親のお通夜で会っています。まだ小さかったから覚えていないだろうけど、そのとき、千蔭とも会っているのよ。


 万菜花の後ろに隠れていた一輝くんが立派に育って、もう一人の伯母として誇らしい。あなたに千蔭を託してよかった。


 言葉には意思が宿り、やがてそれは形となる。


 これは、古くから絵本の家に生まれた者が、代々聞かされる伝承です。


 猫の姿になってしまった千蔭に、この言葉を伝えてあげて。


 “受け入れること”


 わたしからの手紙だと、きっとあの子は素直に受け取らないでしょう。だから、あえて一輝くん宛に筆をとった次第です。


 素直じゃないし、どこか斜に構えるような態度を見せるかもしれないけれど、あの子は誰よりも正義感が強く、賢い子なの。一緒にいて支えてあげて。お願いします。


 絵本千沙都より


 

 俺は手紙から視線を外すと、正面の和田緋音さんと目が合った。彼女はどこか浮かない表情をしている。絵本さんの友人だと言っていたし、思うところがあるのかもしれない。


「受け入れるなんて、最高の皮肉ね」絵本さんは言った。「だってそうでしょ。猫であることをさっさと受け入れて、猫として生きていきなさいって言ってるのよ、あの人は」


 俺は何も言い返せなかった。絵本さんの言うことに一理あると思ってしまったからだ。


「あの、網代くん」和田緋音さんが上目遣いで訊いてきた。「今、千蔭何て言ったの?」


 言った内容を伝えると、彼女は絵本さんに向かって「そんなことない」と否定した。


「手紙の内容で分かる。お母さんは千蔭のことをちゃんと思ってる」


「緋音……それじゃあ何で、警察から感謝状を受け取ったときにあの人は怒っ……あっ……」


 絵本さんは言葉を飲み込んだ。何かに気づいて、話すのをやめたように見える。


「わたしがあの人を殺した」絵本さんは力なく歩き始めた。「わたしが目立つようなことをしなければ、大槻家に見つかることもなかったのに」


「そんなに自分を責めるな。手紙には、誰よりも正義感が強いって書いてあった。お母さんはその面を、良い方にとらえていたはずだ」 


 それに、と俺は言葉を重ねた。


「覚えているか?一緒にお母さんが勤めている化粧品売場に行って、同僚の女性から話を聞いたときのこと。娘さんのことを誇らしそうに話していたって。きっと感謝状のことも、嬉しかったはずだ」


「でも……」絵本さんは今にも泣きそうな声で、俺を見つめてきた。


「俺も両親が亡くなったとき、自分のせいだと責めた。でも、狸……佰くんの失踪事件のときに思ったんだ。自分を責めたって、気持ちがどんどん辛くなっていくだけだってな。殺したのは絵本さんじゃない。犯人だ。違うか?」


「言われなくたって分かってるわよ、そんなことっ」


 絵本さんは声を荒らげた。


「わたしはずっと、あの人に認めてもらいたかったの。頑張ったのに否定されて、それが殺される原因になるなんて分かるわけないじゃないっ」


「そうだよ。分からなかったんだ。それが答えだ、絵本さんのせいじゃない。だからやめろ。もう自分を否定するな」


 次の瞬間、ある言葉が思い浮かんだ。


 ──受け入れること。


 もしかして、絵本千沙都さんが言いたかったことって。


「……絵本さん」俺は彼女を見据えた。


「何?言い足りないことがあるなら言いなさいよ」


「受け入れることっていうのは、猫の姿を受け入れることじゃない。ありのままの自分を受け入れろということじゃないか?」


 俺は一気に捲し立てた。


「お母さんのことがあったから、ずっと自分のことを否定し続けてきた。認めてもらうためにいろいろな努力をしたんだろ?もうそんなことしなくていいんだ」


「千蔭」和田緋音さんは静かに言った。「戻ってきて」


 これまで俺が言ったことから、絵本さんとどのような内容を話していたのか察しているような口ぶりだった。


 絵本さんは小さく息を吐くと、静かに目を瞑った。


 すると、彼女を包み込むように風が舞い、やがてその風の色は黒い渦となって勢いを増していく。俺は思わず、手で顔を覆った。


「絵本さんっ」


「千蔭──」


「……」


 俺と和田緋音さんの言葉は、風に吸い込まれ、彼女に届いていないようだった。


 柱や襖が音を立てて揺れる。このままでは、家が持たない──そう思ったとき、風の中心から人影が見えた。徐々に風が止むと、輪郭がくっきりと見えてきた。


 そこには端正な顔立ちをした、20歳前後の女性がいた。


 絵本さんが、元の人間の姿に戻った。俺はなぜか、言いようのない寂しさを覚えた。


「ねぇ」絵本さんは不思議そうに首を傾げると、俺を見つめた。「君は誰?……ここはどこなの?」 


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