白猫の推理手帳
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わたしが好きで猫になったと思っているのなら、あの女──網代万菜花はとんだ大馬鹿者よ。誰よりも元に戻りたいのに、いつになったらだなんて、本当にムカつく。
それに揃いもそろって情けない顔して。緋音はまぁ、良い質問をしてくれたわ。さすがは相棒といったところね。網代くん方は……難解なパズルを目の前に立ちすくむ子供みたい。
言い返したくてもできないこのもどかしさ、いい加減何とかしたい。何で網代くんとしか話せないの?彼とわたしは、どんな関係があるというの?
上座にいる刑事の顔を一瞥する──なるほど、もしかすると。
「ねぇ、網代くん」わたしは彼の足元まで歩み寄った。
「ん?どうした?」
「永田警部補にあの人……母の戸籍から、他に分かったことがないか訊いてくれる?」
まずは、こっちの方をはっきりさせておかないと。
「……わかった」網代くんはわたしから、警部補の方へ顔を向けた。「あの永田さん、絵本千沙都さんの戸籍を調べたときに、他に分かったことはありますか?」
すると、警部補の表情が一瞬曇った。予想通りの反応ね。
「うん……。千沙都さんには妹さんがいた」永田警部補は少し間を置いた。「名前は網代一美さん、一輝のお母さんだ。早く話すべきだったな……遅れてすまない」
「いえ、謝らないでください。ずっと、絵本さんのこと話してたんですから」
なぜ、わたしと話すことができるのが網代くんだけなのか。それは、わたしたちに何かしらの深い繋がりがあるから。
「そう、一輝と千蔭ちゃんはいとこなの」網代万菜花が口を挟んできた。「血縁関係があるから会話することができるの。千蔭ちゃん、名推理ね」
その口ぶり。この女、他にも何か知ってるわね──。
どこから仕掛けるべきか。底知れない深淵に手を出すような感覚。聞き方を間違えればこちらが呑まれてしまう。
網代家の墓前でわたしに見せたあの表情、それにあの人に対して千沙都と呼び捨てにした親密さ。
あの人と網代万菜花は友人だった。そしてわたしと以前会ったことがあるという口ぶり。1対1で会った記憶はないから、会うとすればあの人とわたしが一緒にいたとき。
2人そろってどこかに出かけることはなかったから、考えられるとすれば冠婚葬祭──1番可能性が高いのは、網代くんのご両親が亡くなったときのお葬式。それならわたしが覚えていないのも説明がつく。約10年前の出来事なんだから。
わたしが猫になっていることは、あの人から知ったのだろう。おそらく元に戻る方法も知っているはず。だがなぜ、いつになったらと試すようなことを言ったの?
それは、わたし自身に原因があるからに他ならない。
「千蔭ちゃん、渡したいものがあるの」網代万菜花はおもむろに立ち上がると、近くの箪笥から一通の白い封筒を出してきた。
「少し苦戦しているようだから、ヒント」
座卓に置かれた封筒を見ると、宛名は網代一輝──そして差出人は、絵本千沙都となっていた。
あの人が何故、網代くんに手紙を?謎は深まるばかりね。




