待望の再会。だが、
8
永田刑事の案内で辿り着いたのは、重厚な造りの純和風な日本家屋だった。
ここに住む人物は、きっとお茶を淹れながら、歌を詠むような暮らしをしているに違いない。そんな場所に網代という人物と千蔭がいるのか──。彼女の普段の佇まいとは合わないような気がするが。
わたしが門前で立ち尽くしていると、先を歩いていた永田刑事が振り返った。
「どうした?中に入らないのか?」
「……すみません、今、行きます」
刑事が格子戸を開け、わたしは「お邪魔します」と言って敷居を跨いだ。途端に、檜特有の香りが鼻をくすぐる。隅々まで掃除が行き届いた空間には、どこか落ち着いた雰囲気を感じさせる。
奥の方から、長身でやせ形の女性が、ゆったりとした足取りで現れた。端正で男勝りな顔立ちに、吸い込まれるような眼差し。直感だが、この人は只者ではないなと、わたしは思わず顔を引き締めた。
「あら、いらっしゃい」女性は笑みを浮かべ、出迎えてくれた。「遠いところ、よく来てくれたわね」
「ご無沙汰しております、万菜花さん」隣で永田刑事が、いつもよりも低い声で言うと、軽く頭を下げた。
「何?そんなかしこまっちゃって。若い女性連れてるからって、格好つけてるんじゃないの?」
「よしてくださいよ」永田刑事の頬が緩んだ。「しばらく顔を出せていなかったので、改めてと思っただけです」
「本当に?」女性はいたずらな笑みを浮かべた。
2人の空気感に、わたしはすっかり置いてけぼりだった。というより、会話に入り込む隙がない。
「ごめんなさいね」女性の視線が、永田刑事からわたしに移った。わたしは思わず顎を引いた。「わたしは網代万菜花。あなたが、千蔭ちゃんの友人ね?」
「はい、和田緋音と申します。本日はわざわざお時間を作っていただき、ありがとうございます」
「そんな、堅苦しい挨拶はやめて、緋音ちゃん。千蔭ちゃんの友人なら、わたしたちとしても大切な賓客だから。さぁ、上がって」
「失礼します」
わたしと永田刑事は靴を脱ぐと、網代万菜花の後に続いた。居間に辿り着くまで、少なくとも3つ部屋があった。どれも畳の香りがする、日本の原風景を感じさせる部屋だった。
居間の中央には、深い茶色で光沢のある座卓が鎮座していた。庭に面した障子の前に、若い男性がこちらを見て立っていた。身長は平均的で、引き締まった体つきをしている。わたしの推測が正しければ、彼が千蔭の友人──網代一輝なのだろう。
「一輝」網代万菜花が彼に声をかけた。「お客様よ。永田さんと、千蔭ちゃんのご友人の和田緋音さん」
彼は小さく会釈すると、「こんにちは、網代一輝です」と言った。彼の表情はどこか強張っているように見える。
わたしの自己紹介を済ませると、網代万菜花は立ち話はここら辺でと、座布団に座るよう促した。
上座に永田刑事、その隣にわたし、対角線上に網代万菜花、正面に網代一輝が座った。
冷たいお茶が運ばれてきたタイミングで、わたしはたまらず口火を切った。
「あの……千蔭は今、どちらにいるのでしょうか?」正面の2人を交互に見た。
「それが……」答えたのは、網代一輝のほうだった。「言いにくいんですけど……」
歯切れの悪い受け答えに、わたしは眉をひそめた。その時だった。白い毛並みの猫が居間に入ってきた。
網代一輝はその成猫に向かってこう言った。
「絵本さん……」
わたしは自分の耳を疑った。今、彼は猫に向かって千蔭の姓を呼んだのか──。
「待って、何言ってるの?人をバカにするのもいい加減にしてよ」わたしは網代一輝から、隣の永田刑事の方を向いた。
「あなたが待てと言ったから信じて待ったのに、結果がこれ?ふざけないでください」
わたしは座卓に手をつき、勢いよく立ち上がると、振り返ることもなく玄関の方へ足早に向かった。
「ニャー、ニャ。……ニャーニャー」
背後から、猫が鋭く鳴いている。
「あなたこそ何なの、その無礼な口の聞き方は。それでも自衛官の娘なの?」網代一輝が言った。「……そう、絵本さんが言ってます」
わたしは立ち止まり、ゆっくりと振り返った。こちらを見つめてくる猫の目には、6年前のあの日と同じ、図々しさを兼ね備えた眼光が宿っていた。
「千蔭……なの?」わたしはその場に崩れ落ちるように膝をつき、猫と視線を合わせた。
猫は、肯定するように小首を縦に振った。
頬が熱くなり、視界が潤んでいく。やっと会えた──。
「でも、どうして千蔭が猫の姿に?現実的にありえない」
「それはね」網代万菜花は小さく手を挙げた。「ここからは、大人のわたしと永田警部補が話します。緋音ちゃん、戻ってこっちに座ってくれる?」




