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探偵の白猫は推理を語らない  作者: aoi
最後の演繹
42/44

待望の再会。だが、


 8


 永田刑事の案内で辿り着いたのは、重厚な造りの純和風な日本家屋だった。


 ここに住む人物は、きっとお茶を淹れながら、歌を詠むような暮らしをしているに違いない。そんな場所に網代という人物と千蔭がいるのか──。彼女の普段の佇まいとは合わないような気がするが。


 わたしが門前で立ち尽くしていると、先を歩いていた永田刑事が振り返った。


「どうした?中に入らないのか?」


「……すみません、今、行きます」


 刑事が格子戸を開け、わたしは「お邪魔します」と言って敷居を跨いだ。途端に、檜特有の香りが鼻をくすぐる。隅々まで掃除が行き届いた空間には、どこか落ち着いた雰囲気を感じさせる。


 奥の方から、長身でやせ形の女性が、ゆったりとした足取りで現れた。端正で男勝りな顔立ちに、吸い込まれるような眼差し。直感だが、この人は只者ではないなと、わたしは思わず顔を引き締めた。


「あら、いらっしゃい」女性は笑みを浮かべ、出迎えてくれた。「遠いところ、よく来てくれたわね」


「ご無沙汰しております、万菜花さん」隣で永田刑事が、いつもよりも低い声で言うと、軽く頭を下げた。


「何?そんなかしこまっちゃって。若い女性連れてるからって、格好つけてるんじゃないの?」


「よしてくださいよ」永田刑事の頬が緩んだ。「しばらく顔を出せていなかったので、改めてと思っただけです」


「本当に?」女性はいたずらな笑みを浮かべた。


 2人の空気感に、わたしはすっかり置いてけぼりだった。というより、会話に入り込む隙がない。


「ごめんなさいね」女性の視線が、永田刑事からわたしに移った。わたしは思わず顎を引いた。「わたしは網代万菜花。あなたが、千蔭ちゃんの友人ね?」


「はい、和田緋音と申します。本日はわざわざお時間を作っていただき、ありがとうございます」


「そんな、堅苦しい挨拶はやめて、緋音ちゃん。千蔭ちゃんの友人なら、わたしたちとしても大切な賓客だから。さぁ、上がって」


「失礼します」


 わたしと永田刑事は靴を脱ぐと、網代万菜花の後に続いた。居間に辿り着くまで、少なくとも3つ部屋があった。どれも畳の香りがする、日本の原風景を感じさせる部屋だった。


 居間の中央には、深い茶色で光沢のある座卓が鎮座していた。庭に面した障子の前に、若い男性がこちらを見て立っていた。身長は平均的で、引き締まった体つきをしている。わたしの推測が正しければ、彼が千蔭の友人──網代一輝なのだろう。


「一輝」網代万菜花が彼に声をかけた。「お客様よ。永田さんと、千蔭ちゃんのご友人の和田緋音さん」


 彼は小さく会釈すると、「こんにちは、網代一輝です」と言った。彼の表情はどこか強張っているように見える。


 わたしの自己紹介を済ませると、網代万菜花は立ち話はここら辺でと、座布団に座るよう促した。


 上座に永田刑事、その隣にわたし、対角線上に網代万菜花、正面に網代一輝が座った。


 冷たいお茶が運ばれてきたタイミングで、わたしはたまらず口火を切った。


「あの……千蔭は今、どちらにいるのでしょうか?」正面の2人を交互に見た。


「それが……」答えたのは、網代一輝のほうだった。「言いにくいんですけど……」


 歯切れの悪い受け答えに、わたしは眉をひそめた。その時だった。白い毛並みの猫が居間に入ってきた。


 網代一輝はその成猫に向かってこう言った。


「絵本さん……」


 わたしは自分の耳を疑った。今、彼は猫に向かって千蔭の姓を呼んだのか──。


「待って、何言ってるの?人をバカにするのもいい加減にしてよ」わたしは網代一輝から、隣の永田刑事の方を向いた。


「あなたが待てと言ったから信じて待ったのに、結果がこれ?ふざけないでください」


 わたしは座卓に手をつき、勢いよく立ち上がると、振り返ることもなく玄関の方へ足早に向かった。


「ニャー、ニャ。……ニャーニャー」


 背後から、猫が鋭く鳴いている。


「あなたこそ何なの、その無礼な口の聞き方は。それでも自衛官の娘なの?」網代一輝が言った。「……そう、絵本さんが言ってます」


 わたしは立ち止まり、ゆっくりと振り返った。こちらを見つめてくる猫の目には、6年前のあの日と同じ、図々しさを兼ね備えた眼光が宿っていた。


「千蔭……なの?」わたしはその場に崩れ落ちるように膝をつき、猫と視線を合わせた。


 猫は、肯定するように小首を縦に振った。


 頬が熱くなり、視界が潤んでいく。やっと会えた──。


「でも、どうして千蔭が猫の姿に?現実的にありえない」


「それはね」網代万菜花は小さく手を挙げた。「ここからは、大人のわたしと永田警部補が話します。緋音ちゃん、戻ってこっちに座ってくれる?」


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