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探偵の白猫は推理を語らない  作者: aoi
最後の演繹
41/45

良い予感と悪い予感


 6


 洗濯機から洗い終えた衣類を取りだし、かごに入れると、俺は脱衣場を出て廊下を歩いた。玄関を通りかかると、そこには格子戸を見据える彼女──絵本千蔭が姿勢を正して座っていた。


 彼女の白い毛並みに、差し込んできた陽光が当たる。目を細める気配を見せないその横顔に、俺は何か思案しているのではないかと勘ぐった。


 猫は察知する能力に秀でているとテレビで見たことがあるけれど、彼女の場合は猫の姿になった人間なのだ。猫であって、猫じゃない。


 朝からずっとこんな調子なので、俺は声をかけることにした。


「おはよう、絵本さん」


「おはよう」彼女は視線を戸から外さなかった。「網代くん」


「どうしたんだよ、ずっとそこにいて。日向に当たりたいなら、もっと良いところあると思うけど」


 彼女は小さく溜め息をつくと、「それもそうね」と言ってこちらに歩いてきた。


 俺が庭で洗濯物を干している間、絵本さんは縁側で何事もなかったように丸くなって寝ていた。

 


 干し終えたころ、伯母──網代万菜花がやって来た。右手には電話の子機を握っている。


「ねぇ、一輝。今日はどこかに出かける用事ある?」


「いや……ないけど。どうかしたの?」


「2人に来客」伯母は俺と絵本さんを交互に見た。「午後に来ると思うから、そのつもりで」


「……わかった」


 伯母は意味ありげな微笑を浮かべると、そのまま台所の方へ消えていった。


 俺は縁側に腰を下ろし、丸まっている白猫に話しかけた。


「絵本さんと俺に来客って、誰なんだろうな」


 彼女は顔を上げると、一度大きく伸びをしてから姿勢を正した。「それって独り言?それともわたしに訊いてるの?」


「あっ、ごめん。訊いてるつもりだった」


「きっと、わたしたちの運命を大きく変える存在が現れるのよ」


「なんだよ、その勿体ぶった言い方は?」


「自分で考えなさい」絵本さんは前足を自分の頭に当てた。「ここを使ってね」


 そう言い残すと、彼女はまた、玄関の方に消えていった。


 一体誰が来るって言うんだよ──。


 俺は空を見上げ、大きな入道雲を見つめた。今日もひどく暑くなりそうだ。


 

 7


 駅に併設されているコインパーキングに車を停めると、永田は助手席に乗せていた女子大生とともに、目的地を目指して歩き出した。以前訪れたときは、駅から15分ほどの距離だったはずだ。


「よし、友人に会いに行く前に腹ごなしだ。何か食べたいものあるか?奢るぞ」


「結構です。わたし今はお腹が空いていないので。それよりも、早く行きましょうよ」


 永田の提案を緋音はきっぱりと断った。


 朝から休憩もなくハンドルを握り続けてきた体に、空腹と暑さは堪える。彼女のはやる気持ちも理解できるが、ここは一息、一服を入れたいのが本音だった。


 8月の半ばを過ぎても、蝉の鳴き声は衰えを知らない。あの虫のせいで、暑さが何倍にも感じる。


 永田の隠しきれない疲れを見かねた緋音は、通りかかった喫茶店に入ろうと提案してくれた。


「ありがとう、和田さん。恩に着る」


「本当に刑事さんなんですか?最初に会ったときは、もっと屈強な印象を受けましたけど」


「大人にはいろいろあるんだよ。お嬢さん」


 緋音は怪訝な表情を浮かべ、店内に入っていった。ドアが開くと鈴の音が鳴り、涼やかな冷房の風が体を包んでいく。


 一番手前の窓際の席に緋音は腰を下ろした。永田はその向かい側に座ると、おしぼりとメニューを持って来た店員に「アイスコーヒー1つ」と人差し指を立てた。


「わたしも同じものを」


「かしこまりました」店員は会釈すると、カウンターの奥の方に消えた。


「それで、永田刑事」緋音はおしぼりで手を拭きながら、探るような視線を向けてきた。「ここへ来る道中、誰かと電話されていましたよね?話しぶりからして、随分親しいようですが」


「あぁ」鋭いなこの子は。「昔からの……知り合いだよ。もちろん、これから向かうところと関係してる」


「もしかして、千蔭は何か事件を目撃してしまったんじゃないですか?証人保護じゃないですけど、それに似た制度で安全な場所に匿ってるんじゃ」


「うーん」永田は顎髭を掻いた。「イエスでノーだな」


「はい?」


「だから、さっきも言ったけど、本人から直接訊いてくれ。俺もすべてを把握してるわけじゃないんだ」


「……わかりました」


 俯く彼女に、永田は心のなかで「ごめんな」と謝った。


 やがて喫茶店の店員が頼んだものを運んできた。


 若いな。夏休みでアルバイトしてる高校生といったところか。


 ふと、永田は店内にあったテレビに視線を移した。ちょうど、正午のニュースが流れている。


 画面には、激しく炎上し、黒い煙を上げている建物の映像が映し出されていた。永田は手を挙げ、先ほどの若い男性店員を呼び止めた。


「すまない、そこの店員さん。テレビのボリュームをもっと上げてくれるか?」


「あっ、はい。かしこまりました」男性店員は、カウンターの上にあったリモコンを操作し、音量を上げてくれた。


「どうも」程よいところで永田は手で制すと、礼を言った。


『……一昨日の未明、レストラン“王冠の島”で発生したガス爆発事故の速報です。瓦礫の下から新たに男女7名の遺体が発見されました。遺体の身元は、連絡がつかないことから──』


 メガネを押し上げ、真剣な眼差しで見る永田に、緋音は首を傾げた。


「どうかされたんですか?」


「いや」永田は首を振り、いつものおどけた顔を取り繕った。「物騒だなと思っただけだ。他意はない」





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