永田警部補の“友人”
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「はい……いきなりの電話で申し訳ないです。それでは、お願いします」
永田兆治郎警部補は、静かに受話器を置いた。
一息ついて、手元の別件の書類に目を通そうとした次の瞬間、階段を駆け上がる音とともに、一課のドアが勢いよく開け放たれた。
永田は何事かと、顔を上げた。
入室してきたのは、胸元まで伸びた黒髪が印象的な、整った目鼻立ちの女性だった。年齢は20代といったところか。
「失礼します。この中で千蔭について調べている刑事さんがいると聞きました。どなたですか?」
凛とした覇気のある声が室内に響いた。これは気が強そうだな、と永田は感じた。
この場にいる他の刑事たちが当惑と警戒が混ざった視線を送るなか。永田は腰を浮かせ、手を挙げて訊いた。
「……俺だが。君こそ誰だ?いきなり一課まで来るなんて」
「わたしは和田緋音と言います、千蔭の友人です」足早に近づいてくると、永田を見下ろしながら自己紹介してきた。
「その証拠は?」永田は刑事の目で緋音を見つめた。
「それは……」
「わたしが証拠だ」後から来た係長が助け船を出した。
「係長」永田は目を大きくした。
「以前、彼女たちに捜査の面で助けられたんだ。感謝状を贈ったのを忘れたのか?」
記憶を探るが、緋音の顔が思い出せない。永田は顎髭を撫でながら苦笑した。
「いや……。非番だったのかもしれません」
「とにかくだ、永田。彼女の力になってやってくれ」
「承知しました」永田は係長から緋音に視線を戻した。「それで、用件を聞こうか」
立ち話もどうかと思った永田は、近くにあったキャスター付きの椅子を彼女に勧めた。
「ありがとうございます」
緋音は礼を言うと、浅く腰を下ろした。
「それでは、早速本題に。永田刑事、千蔭について調べているとか。今彼女はどこにいるんですか?」
「正しくは母親のほうだ。上司と話した結果、改めて事故として処理した」
「改めてということは、当初は殺人事件だと思っていたんですか?」
緋音の高い声が室内によく響いた。
「おい、声を落としてくれ」
「すみません」緋音は膝の上で小さく握り拳を作った。
「安心してくれ。殺人だとしても、千蔭さんの疑いは晴れてる」
「友人のところにいるんですよね?係長から伺いました」
「それなら話は早い。千蔭さんは今、友人のところにいて安全だ。和田さんの心配はいらないよ」
「会わせてくれませんか?」
緋音は訴えかけるような、力強い目を向けてきた。
「あの気難しい彼女と対等に話せるのはわたしだけです。永田刑事がおっしゃってるご友人は、本当に存在するんですか?」
無礼とも取れる物言いだが、彼女の熱意は本物だ。永田は長年の刑事の経験から、無視できないなと思った。
「分かった、合わせよう」永田は膝を叩いた。「だが、少し待ってほしい。追っ手が分かるまではな」
「追っ手?」
永田は一度周囲を見回し、声を潜めた。
「千蔭さんは今、何者かに追われている。だから、その危険性が排除できるまでは、和田さんに合わせることができないんだ」
「それなら、わたしも協力します」
「だめだ、危険すぎる。ここからは刑事の仕事だ。それにもう目星はついているんだ。だから君は俺からの連絡が来るまで待て」
「そんな……」
続報が出たら連絡するという約束をして、連絡先を交換すると、緋音には帰ってもらった。
去り際の彼女の表情は、絶望に打ちひしがれているようだった。
その夜。永田のスマートフォンが着信を告げた。例の友人からだ。
永田は端末を手に取り、静かに耳に当てた。




