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探偵の白猫は推理を語らない  作者: aoi
猫と狸の化かし合い編
36/42

【閑話】嘘つき彼女の七変化(後編)


 4


 ──1時間前。


 花火大会は後半に差し掛かろうとしていた。終了の混雑を予測してか、駅の方へ歩いていく見物客が多くなってきた。歩きながらでも、花火は見られるからということだろうか──。


 坪内さんは前乗りで来ていると言っていたけれど、今日帰るのだろうか。隣にいる彼女に目を向けると、花火が打ち上がる度に感嘆の声を上げている。


「綺麗だね、網代くん」


「ああ」俺は言った。「坪内さん、この後どうする?帰るんだったら、混まないうちに移動しないと」


「うん」坪内さんは視線を落とした。「今夜は……もう一泊して、帰るのは明日の朝かな」


「そっか」


「……心配してくれるんだ」彼女はいたずらな笑みを浮かべた。


「いや、まぁ」俺は苦笑いしながら耳の後ろを掻いた。「実は外で見るのは初めてなんだよ。だから、混雑具合がどうも読めなくて」


「えっ、網代くん地元じゃなかったっけ?」


「地元だけど、いつもは自宅から見てるんだ。スイカを食べながらゆっくりと」


「いいな~」坪内さんは橋の手すりの上で頬杖をついた。「それじゃ、来年は……」


 次の瞬間、彼女の表情が曇った。俺を見ているというより、俺の背後にある何かに反応しているようだった。


 俺は彼女の視線の先に体の向きを変えた。背後で上がる花火の音が、耳の奥で重く響く。


 目の前にいたのは、急に来られなくなったと言っていた、坪内さんの友人たちだった──。


 

 厳密に言えば、友人だと知るのは数分後のことになるのだが、このときの俺はまだ、彼女の交遊関係をよく知らない。


「あれ、網代じゃん」高いトーンの声が飛んできた。


「あっ……松戸か」


「反応うっす……そんなんだからクラスで地味だって言われちゃうんだよ」


「大きなお世話だ。俺だって頑張って──」


「ってあれ?後ろで隠れてるの誰?」松戸が首を傾げ、俺の言葉を遮った。


 いつのまにか、坪内さんは俺の背後に隠れていた。俺が着ているシャツをぎゅっと掴んでいる。


 一瞬、坪内さんを見る松戸の目が穏やかなものになった。だが、すぐにいつもの活発なものに戻ると、こう言った。


「ああ、もうわたしたちは行くわ。あーあ。もうホント、十和香が来られなくて残念──」


 松戸たちは駅の方へ歩いていった。


 5


 伯母──万菜花さんは、2杯目の麦茶をグラスに注ぐと、垂れている水滴をふきんで拭いた。


「それで、一輝はどう思ったの?」


「松戸のやつ、坪内さんの誘いを急に断っといて、あんな言い方はないなって」


 あーあ。もうホント、十和香が来られなくて残念──。


 今でも彼女の声は脳裏に焼き付いている。


「それに、友人まで引き連れてて。なんなんだよ」


 俺はグラスを力を込めてテーブルの上に置いた。


「コラ、物に当たらない」


「……ごめん」 


「それから、十和香ちゃんはその後、一輝に何て言ってたの?」


「松戸のことを話したら、急に来られなくなった友達だって、打ち明けてくれた。でも、別に気にしてないから大丈夫だよって、気丈に振る舞ってたけど」


「ふーん」伯母は足を組み替えた。「その松戸っていう子は、十和香ちゃんをちゃんと見てた?」


「まぁ……見てたと思う。目が一瞬、優しくなったような感じで……」


 そう言うと、伯母が表情を和らげた。


「ねぇ、一輝。それ、わたしが思うに……花火大会にまつわる噂が、この問題のすべてを解決してくれるんじゃないかしら?」


「噂?」


 そういえば、最初の花火が上がったときに、坪内さんが言っていたやつだ。松戸のことで頭がいっぱいで、聞きそびれてしまった。


「そう、噂」


 伯母は穏やかな口調で言った。


「好きな人と最初に打ち上がった花火を見ると、その恋愛が成就するっていう噂」


「え?」


 いいの。もう叶ったから、大丈夫──。


 坪内さんが、照れたような表情で言っていたのを思い出す。


「どうやら、ピンと来たみたいね。もう、本当にあんたの鈍感さには、目を見張るものがあるわ」


「いや……でも」


 思考が邪魔をして、次の言葉が出てこない。


 俺は急に来られなくなった松戸の代わりに花火大会へ来ていたはずだ。


「急に断ったのは、十和香ちゃんの方だったのよ。一輝が花火大会に誘われたときの状況を思い出しなさい」


 あれはたしか……(つかさ)くんと図書館に行ったときに坪内さんとばったり出くわして、帰り際に花火大会に誘われた……。


「いい?最初に十和香ちゃんは、松戸ちゃんと花火大会へ行こうと約束していた。でも、偶然再会した一輝と行きたくなってしまった。恋が成就する噂を知っていたから」


 伯母はさらに続けた。


「断った方の十和香ちゃんは、花火大会で松戸ちゃんに会わないよう、普段掛けているメガネを外して、髪型を変えた。浴衣も着てね」


 何も、サングラスとマスクだけが変装の鉄板とは限らないでしょ──。


 と伯母は早口で言った。


「……だから坪内さんは、松戸と会ったときに俺の後ろに隠れたのか」


 俺の中で、坪内さんの行動に合点がいった。


「そう。松戸ちゃんの方も、最初は十和香ちゃんだと気付かなかったはず。断ってきた本人がいるはずがないという、バイアスがかかっていたから。でも……」


 勿体ぶる伯母に、俺は「でも、なんだよ」と言った。先が気になった。


「気づいた。松戸ちゃんが一瞬、優しい目を見せたのが何よりの証拠よ。気づいた上で彼女はあんな言葉を吐いたの」


 あーあ。もうホント、十和香が来られなくて残念──。


「嫌味か、皮肉か。わたしはその場にいなかったから分からないけれど、彼女なりの十和香ちゃんへのエールだったんじゃないかな?友達なら、噂好きだってことも知ってただろうし」


 たしかに、松戸はそう言い残すと、すぐに立ち去っていった。もしそれが本当なら俺は──。


「一輝、何ボサッとしてるの?気になるなら訊いてみなさい。電話でも何でも、会いに行くでも。行動に移しなさい」


「……うん」


 伯母の話が本当なら、俺は坪内さんに好かれている、ということだろうか。


 部屋に戻る俺の足取りが、次第に速くなるのを感じる。今にも気持ちを確かめたいと、胸が高鳴っていた。


 それからのことは、2人でのことなので詳しくは言えないけれど、来年また、花火を見に行こうということで話は落ち着いた。


 次は友達の代わりとしてではなく、恋人として──。


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