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探偵の白猫は推理を語らない  作者: aoi
猫と狸の化かし合い編
33/44

過去を救った“あの言葉”


 14


 その翌日、活字佰(かつじつかさ)には俺ひとりで会いに行った。


 昨晩、絵本さんに捜査に付き合うよと言っておきながら、いざ、彼女と佰くんに会いに行くと決めると、俺はすぐ発言を撤回した。


 ここは俺ひとりで行かせてほしい──。


 そう彼女に頼み込むと、間はあったが了承してくれた。目には、しっかりと聞き出してこいという圧を感じた。


 それは分かっている。先週に起きた水難事故について、佰くんは何かを知っている。


 でもその前に、やっておきたいことがあるのだ。


 深呼吸してからインターホンを押すと、玄関から佰くんの祖母が現れた。


「あら、この前はどうも」と笑みを浮かべ頭を下げてきた。


 俺はそれに応えて、会釈する。


「あの……佰くんがご在宅でしょうか?」


「ええ。夏休みの宿題をしてるわよ。昨日借りた本、もう読み終わっちゃって」


「そうなんですか」


 俺は目を見開いた。『消えた花瓶』は結構ページ数があったはずだけれど。


 居間に案内してもらうと、そこにはテーブルの上で黙々と原稿用紙に向かう佰くんの姿があった。


 俺はテーブルを挟んで向かい合うように腰を下ろした。


 佰くんの祖母は、お盆の上の湯呑みを俺の前に持っていきこう言った。


「それでは、ごゆっくり」


「ありがとうございます」俺は礼を言いながら会釈した。


 階段の軋む音が止み、1階には俺と佰くんだけになった。


 不思議と気まずさを感じない。何度か顔を合わせているのもあるかもしれないけれど、俺と佰くんは何より、過去が似ている。だから彼にはどこか、親近感が湧いている。


 原稿用紙の上を鉛筆が走り、止まる気配を一切見せない。彼の表情は、締め切り間近の小説家のような鬼気迫るものだった。


 1枚目を書き終えた頃、彼の視線は原稿用紙から俺に移った。


「僕に何か用なんですか?」と佰くんは訊いてきた。


「えっと……夏休みの宿題の進捗はどうかな?俺にも手伝えることがあるかなと思って」


「ないです」佰くんはきっぱり言った。「何で僕に構うんですか?僕はあなたのことをよく知りません。万菜花さんの甥ってだけです」


「たしかに……そうだ。佰くんの言うとおりだね」


 彼の言い分はもっともだ。俺は佰くんのことを知りたすぎて、自分のことを全く話していなかった。腹を割って話すなら、俺からするべきだ。


「俺も佰くんと同じぐらいの歳に両親を亡くしてる」


 絵本さんの同行を断って、俺だけで行った理由。水難事故の件について訊く前にやっておきたかったこと──自分の過去と向き合うことだった。


「そうだったんですか」佰くんは持っていた鉛筆を置いた。


「だから、佰くんのことがなんか……放っておけないというか、その──」


「どうやったら、死に向き合えますか?」


 俺は思わず佰くんから視線を逸らした。どう答えていいか分からない。何とか言葉を見つけ視線を戻した。


「それは、俺も向き合えてない。だから、高校進学を機にここから離れたんだと思う」


 当事者意識のない、情けない言葉だ。


 両親の死に、俺はいつまでも責任を感じている。あの時、デパートに行きたいなんて俺が言わなければ、通り魔に遭うことなんてなかったのに。


 あの時の犯人の、血走った目や飢えたような形相は、未だに忘れることができない。


 俺はまったく動くことができなかった。両親は俺を守って刺された。


 だからいつも俺は、両親の墓の前で手を合わせるとき、謝っている。


 何度も何度も自分を責めながら──。


「それじゃ、僕はどうすれば……殺されたくない」


 え?今、何て言った?


「どういうこと?殺されたくないって言った?今」


 佰くんは俯くと、膝の上で作っていた拳を震わせた。何かに怯えているようだった。


「佰くん、話してくれる?お兄さんが力になるから」


 答えてくれるまで、3分ほどの間があった。佰くんは意を決したような顔を俺に向けると、語りだした。


 下校途中で佰くんが通っためこま橋。そこで事件は起きた──。


 その日は、ウサギ小屋の掃除で帰りが遅くなってしまったそうだ。時刻は16時頃。


「堤防のところを歩いていたら、川遊びをしている上級生たちがいて……」


 よく数えてはいないけれど、6人ほどいたそうだ。佰くんがちょうどその前を通りかかったときだった。


「助けてって大きな声が聞こえて、そっちのほうを見ると溺れて流されてる人がいたから、どうしようと思って。でも、僕泳げないし、どうしたらいいか分からなくて」


 佰くんはそれから、一緒に川で遊んでいた子供たちに視線を向けたという。そして見てしまった。


 誰も助けようともせず、笑っている彼らの悪意に満ちた表情を──。


 佰くんは怖くなってその場から立ち去った。その際、川で遊んでいた上級生のひとりと目が合ってしまった。佰くんは事件の目撃者になってしまったのだ。


 翌日、流された子供が亡くなったというのを、全校集会で知った。


 そして水曜日──。


 体育館で佰くんが友人と遊んでいると、上級生が体育館に入ってきた。


「怖くて怖くて、息ができなくて殺されると思った」


 それからの行動は知ってのとおり。体育館倉庫に逃げるように走っていき、佰くんは狸の置物に化けた。


 そうか、佰くんが向き合おうとしていた死は、流された子供のことだったのか。

 

 だったら、かける言葉はこれしかない。


「佰くん、罪悪感に苦しむことはないよ。悪いのは、流されてしまった子を助けなかった上級生たちなんだから。佰くんが気に病むことじゃない」


 そう言った、そのとき、俺は雷に打たれたような衝撃を覚えた。


 かつての俺も伯母から同じようなことを言われていたからだ──。


15


「それから?佰くんは何て言ったの?」


「ありがとうございますって。ただそれだけ」


 ふーん、と隣を歩く絵本さんは言った。


 午後からの俺はというと、絵本さんと水難事故が起こっためこま橋に来ていた。そして佰くんから訊いた事故、いや事件の詳細を彼女に話していたのだった。


「それで絵本さんの方は?実況見分はどうだったんだ?」


「順調よ。今にも踊り出したいくらいにね」


 俺が鼻で笑うと、彼女は目を細めてきた。


「ごめん、ごめん」俺は顔の前で手を振った。「久しぶりに絵本さんの皮肉を聞いたから、何か嬉しくなっちゃって」


「嬉しいって、暑さでどうにかなっちゃったんじゃないの」


「そうかもしれない。まぁ、でもいつもの皮肉が出るんだから、そんなに悪い状況でもないんだろ?」


「そうね。もう見つかったから、あとは待つだけなんだけど」


 俺は立ち止まって眉間に皺を寄せた。「待つって、何を?」


 探偵の白猫は振り返ると、得意気な態度でこう言うのだった。


「証拠に決まってるでしょ」



 めこま橋の下を通る川は、一級河川に指定されていた。自治体が設置した看板にそう書かれていたのだ。


 川幅も広く、流れも比較的穏やかで学生たちが川遊びしたいのもよく分かる。それでも、事件は起きてしまった。


 そして、他にも目を引く看板が設置されていた。


 水難事故多発につき、くれぐれも子供だけの水遊びは注意──。


「看板の塗装は劣化してない。最近設置されたものね」と絵本さん。


 腕時計に目を落とすと、針は16時をまわろうとしていた。事件が起きた時刻だ。

 

 この時間になっても暑さは衰えを知らないようだった。汗を拭い、セミの鳴き声を背中に受けながら、俺と絵本さんは土手に置かれたベンチに座り辛抱強く待った。


 数時間、経った頃だろうか。


 絵本さんがベンチからピョンと飛び降りると、ランニングコースを歩き出した。迷いのないその歩みに、俺は信じてついていくことにした。


 すると、前方から犬を連れた男性がひとり。タンクトップにハーフパンツという出で立ちで、日焼けた健康的な体躯だった。年齢は30代後半に見える。


 犬の方を見てみれば、犬種はゴールデンレトリバーだった。リードに繋がれ、並走する姿は、一目見ただけで男性に懐いている様子だった。


 そして絵本さんは立ち止まり、こう言った。


「来たわよ。証拠が」



「あの、お時間よろしいですか?」俺は男性を引き留めた。「先週ここで起きた水難事故なんですけど、あなたが通報したんですよね?」


「えっ」男性は鳩が豆鉄砲を食らったような顔で俺を見た。「何を言ってるのか分からないんだけど」


 絵本さんは犬と戯れるふりをしながら、ひげを動かしている。匂いを嗅いでいるのだろう。


 そして俺は、彼女が言ったことを同時通訳する。


「えっと……関わりたくないという気持ちは分かります。でも、大事なことなんです。お願いします」


 お願いします、は俺からの言葉だった。


「本当にごめんよ。俺は何も見てない」


「……日焼け痕に鍛えられた身体。普段からこのランニングコースを走っていますよね?」


「そうだけど?」


「それに、ゴールデンレトリバーからは犬用のシャンプーの香りがします。匂いからして、洗ってまだ間もない状態です」


「もういいかな。僕も忙しいんだ」


 男性は立ち去ろうとした。俺はその背中に向かって言った。


「川の近くで生い茂っている草むらに、犬の足跡がありました。大きさはちょうどゴールデンレトリバーです」


 俺は更に続けた。


「推理はこうです。先週の月曜の16時、あなたはいつものようにこの道を通った。そして流されていく少年を目撃し、助けようとした。犬が川に飛び込んで助けるも、少年は亡くなってしまった。あなたは今、もっと早く見つけていれば助かったのにと自責の念に駆られている」


 俺がお願いします、と言った時、謝ったのがなによりの証拠です──。


 そう言うと、男性は立ち止まって、ゆっくりと振り返った。表情は観念したような面持ちだった。


「君の言うとおりだ。この子が助けて、僕が通報した」男性は犬の頭を撫でた。

 

「他に何か見ませんでしたか?」


「うーんと……」男性は記憶を呼び起こすような声で唸った。「他の子供たちが見えたよ。何か……笑ってるようだった。助けようともしてなくて、気味が悪かったよ」


「それ、警察に話しましたか?」


 すでに絵本さんの同時通訳は終わっていた。ここで犯人が捕まれば、佰くんはもう怖がらなくて済む。


「いや、助けたときの状況しか話してないよ。亡くなった子には悪いけど、事件に関わりたくなくてね」


「話してください。何度も言いますが、大事なことなんです。お願いします!」俺は頭を深く下げた。


「……分かった。その足で行ってくるよ。正直、ずっとモヤモヤしてたんだ。どうするべきかってね。君のおかげで決心がついたよ」


「ありがとうございます」


 俺と絵本さんは男性を見送った。彼の証言があれば、警察も動くだろう。


 俺は胸を撫で下ろし、その場に座り込んだ。


「網代くん」絵本さんは隣に来て言った。「もうそろそろ時間じゃない?」


「え?」


「花火大会よ。待ち合わせてるんでしょ?坪内さんと」


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