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探偵の白猫は推理を語らない  作者: aoi
猫と狸の化かし合い編
32/46

“めこま橋”で起きたある事件について


 11


 (つかさ)くんを活字家に送り届け、帰宅すると俺は居間で大の字になって横になった。全身の強張った筋肉がゆっくりとほぐれていく。


 そんな俺を、白猫の探偵は蔑んだ目で見下ろしてくる。


「どこに行ってたんだ?朝いくら探してもいないから、ちょっと心配した」


「確かめたいことがあったのよ」


「確かめたいこと?」俺は寝返りを打って、体を絵本さんの方へ向けた。


「体育館倉庫よ。わたしの推理が正しかったのかを証明しに行ったの」絵本さんは言った。「やはり、体育館倉庫に秘密の抜け道はなかった。猫の通る隙間すらなかったわ」


「それじゃ、やっぱり佰くんが狸の置物に化けたってことか」


「そうなるわね」


「あっ、そうだ」俺は彼女に言うべきことを思い出した。「今日さ、佰くんと図書館に行ってきたんだけど、向かう途中にある橋で、佰くんがいきなり走り出したんだ」


「小学生だし、走りたくなったのかも。網代くん歩くの遅いし」


「大きなお世話だ。これは俺の……勘なんだけどさ、走ってるときの佰くん、何かに取り憑かれている感じだったんだよ。表情が強張っていたというか」


 絵本さんは考え込むような間を置いてから、こう答えた。


「明日、その橋に連れてってくれる?」


「ごめん、それは無理だ」


「何でよ?」


「花火大会があるからだ、橋付近には出店とかが並ぶから、落ち着いて橋を見るのは難しいし、それに……」


「何よ?花火大会ぐらいどうってことないわ。行かないと分からないわよ」


「……先約があるんだ。坪内さんと花火大会に行ってくる」


 背後からお盆が落ちる音が聞こえた。振り返るとそこには伯母が立っていた。


「誰?坪内さんって?友達、彼女?」伯母が駆け寄ってきて、俺の両肩を掴んで訊いてきた。


「女友達だよ。急に友達が来れなくなったって困ってたから、一緒に行くことになって」


「ふーん」と言う絵本さんの声が、どこか笑っているような気がした。


「一輝、行ってきなさい。花火大会のときは佰くんのことを忘れて構わないから」


「いや、そういうわけには……」仕事を持ってきた張本人がそれを言うのか。と俺は心の中でツッコミを入れた。


「いいから楽しんでらっしゃい。高校生でいられるのは、今しかないんだから」


「……わかった」俺は渋々、首を縦に振った。


 12


 その日の晩のことだった。


 テーブルに置かれていたスマートフォンから通知音が鳴った。液晶画面には『新着メッセージ1件』と表示されている。


 メッセージアプリをタップすると、坪内さんからだった。


『明日の花火大会の件なんだけど、待ち合わせはどこにする?』


 そういえば、あのときは行くと決めただけで場所は決めてなかった。あまりにも突然の誘いで忘れてた。


 俺は文字を打つ手を止めた。どこがいいだろう、分かりやすい場所は──。


「めこま橋はどうかな?」


 と打ち込んで送信した。佰くんがいきなり走り出した橋だ。


 数分後、返事が来た。


『ごめん、今電話できる?話したいことがあるの。めこま橋について』


 俺は返事をする代わりに、彼女に電話をかけた。


「もしもし、めこま橋がどうかしたのか?」


「その聞き方からして、知らないみたいだね」


「なんだよ。勿体ぶらないで、知ってるなら教えてくれよ」


 坪内十和香は、噂好きの女子高生だ。「皆が知っているのに、わたしだけが知らないのは嫌だ」というのが、彼女のモットーだった。いったい彼女の口から何が語られるのかと、俺は思わず息を呑んだ。


「先週、そこで小学生の男児がひとり亡くなった水難事故が起こってるの」


「先週?」俺は眉間に力を入れた。


 たしか、佰くんの1回目もその頃だ──水曜日だった。橋での彼の挙動。何か、繋がりそうで繋がらない歯がゆさを感じる。


「先週って何曜日のことだ?」俺は尋ねた。


「……月曜日だけど」


「そっか」


 これはすぐに絵本さんに報告しないと。


「ごめんね、せっかく提案してくれたのに水を差すようなこと言って。網代くんが気にならないならいいの」


「いや、こちらこそごめん。事故が起きた場所で見たくないよな。別の場所で待ち合わせよう」


「……うん」


 結局、待ち合わせ場所は図書館の前ということで落ち着いた。そこなら、地元じゃない坪内さんにも場所が分かる。


 電話を切ると、俺は絵本さんを探しに自室を出た。


 13


 水難事故の一報を耳にした白猫の反応は、意外にもあっさりしていた。


「お手柄よ、網代くん」とか「これですべての謎が解けたわ」と絶賛するような反応を期待していたのだけれど。帰ってきた言葉はたった一言。


「やっぱりそうだったの」とだけ。


「やっぱりって、伯母みたいなことを言うんだな」俺は彼女の隣に座りあぐらをかいた。


「あの人と一緒にしないで。わたしはちゃんと推理をしてるんだから」


「それじゃ、その推理を聞かせてくれよ」


「今日、網代くんと佰くんが渡った橋は長かった?」


「長かった。50メートルくらいかな」


「そう……」絵本さんは言った。「まだ、推論の域から出ていないからなんとも言えない。わたしはわたしで、その水難事故について調べてみるわ」


「わかった」


 普段の絵本さんなら、「さぁ、調べに行くわよ」と俺を無理矢理にでも連れ出す気概があったのに。なんか、弱気な態度に見えてこっちの調子が狂ってしまう。


「母の件で学習したの。推論だけじゃなんの解決にもならないって。ちゃんと、物的な証拠を用意しないと意味がないの」


 絵本さんの母親──絵本千沙都は先日、殺害された。犯人は分かってはいるんだけれど、物的な証拠はなく、警察は動けなかった。あったのは絵本さんの推理だけだった。


 彼女の推理は完璧だった。筋も通っていたし、辻褄も合っていた。なのに──。


 俺と電車でここに向かっていたときや、活字佰の失踪した事件のときも、披露した推理には証拠という言葉が入っていた。彼女の中で、証拠という言葉は教訓のように染みついているのかもしれない。


 いや、取り憑かれているのかもしれない。


 俺はポケットからスマートフォンを取り出し、彼女に見せた。


「事件の詳細はこれで調べればいい。実況見分は明日一緒に行こう」


「坪内さんとデートでしょ?いいわよ。わたし一人で行くから」


「デートじゃない」何を言ってるんだこの猫は。「花火大会は夕方からだから、それまで時間はたっぷりある。付き合うよ」


「……ありがとう」


 俺は端末を操作し、事件の詳細が載っているであろう記事のページをタップした。その画面を彼女が見えるよう畳の上に置いた。


 先週の月曜、16時のことだった。


 川で子供が流されていると、消防に通報があったのだ。


 消防が駆けつけた頃には、少年の息はなかったという。そして搬送先の病院で命を落とした。年齢はまだ9歳だった。


 絵本さんは前足の肉球を使って、器用に画面をスクロールした。


「まだ9歳なのに……」


「そうね」絵本さんは俺を見上げて言った。「明日、佰くんに会いに行きましょう。彼はこの事件の全容を見ている。だから、橋を走り抜けたのよ。一刻も早く、あの場から立ち去りたかったに他ならない。彼が証拠よ──」


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