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探偵の白猫は推理を語らない  作者: aoi
猫と狸の化かし合い編
30/46

活字佰の正体


 7


 活字佰(かつじつかさ)という少年を俺はなんとなく、どこにでもいるような子供だと思っていた。


 しかし彼の目は、悲しみに満ちていて奥に光が見えない。痩せ細った体に、伸びきった髪。


 まるで──。


「前の自分を見ているようだ、と思っているような顔だね。一輝」伯母はそっと、俺の肩に手を置いた。


 その瞬間、俺の心臓は跳ねた。こんなときまで、見透かしたような口調で話すのはやめてもらいたい。


「そうやって睨まないの。戻ってるわよ」


「何が狙いなんだよ」


「狙うって、物騒な言葉を使わないの。わたしはただ、困っている人を助けたいだけよ」


「だったら──」あんたがやればいいだろ、と喉まで出た言葉を俺は飲み込んだ。


「一輝にお願いした理由は、一輝が一番理解しているはずよ」


「それは、絵本さんがいれば解決に一歩近づくからで──」


「違う」と伯母は遮ってきた。「違うって。今日の午後、活字さんから佰くんの話を訊いたでしょ?」


「うん、狸の置物が残されていて……」


「その前。活字さんは話したはずよ。夫と孫の3人暮らしだって。あの家には両親がいないの。誰かさんの過去にそっくりじゃないかって言ってるのよ。さっきからね」


 痛いところをつかれた感覚に襲われる。やはり伯母に隠し事はできないようだ。心の内に秘めていたものが溢れ出す──。


 あの女性から話を訊いたとき、確かに思った。似た境遇だと。あのときは興味本位だった。同じような経験をしている人物が、一体どんな生活を送っているのだろうと。


 その考えは、帰宅し活字佰を目の当たりにしたとき瓦解した。


 まるで過去の自分を投影したような彼の佇まいに俺の背中は震えた。


「自分を助けると思って、あの子も助けなさい」伯母は言った。「その前に腹ごしらえ。手を洗ってきなさい」


 8


 晩御飯は手巻き寿司だった。


 テーブルの上に並ぶ具材は、色とりどりで新鮮なものばかり──マグロと卵焼き、キュウリにエビ。


「これなら千蔭ちゃんも食べられるでしょ」伯母はパン、と手を叩いた。


 絵本さんは伯母に向かって頭を下げた。俺が通訳をする手間を省く、彼女なりの優しさだった。


 ふと、俺はテーブルを挟んだ向かいに正座する佰くんに視線を走らせた。ここに来てから、いや、俺が帰宅して顔を合わせてから、一度も口を開いていない。


 無理もない、伯母は知っている顔かもしれないが、俺と絵本さんとは初対面なのだ。


 ここは俺から話しかけるべきだろうか──。


「ごめん、自己紹介がまだだったね。俺は網代一輝。高校一年生だ」


「……」佰は俯いたまま話す気配を見せない。


 食卓が凍りつくような、冷たい風が吹いたような気がした。


「さぁ、いただきましょう」伯母はここにいた一同を順に見ながら言った。


 その声に俺は救われた。


 食事の最中も佰は一言も話さなかった。俺は彼をなるべく見ないよう心がけた。見られていると気づけば、警戒されてしまうと思ったからだ。


 いつも美味しいと思う伯母の料理も、この日は味も何も感じなかった。


 

 先に食べ終えた絵本さんは、口の周りや前足を舐めている。すっかり猫の振る舞いが板についてきたようだ。


 そして彼女はおもむろに佰の方へ歩いていった。ヒゲは前の方を向いている。さりげなく彼の背後を通り、ある一点を見つめていた。視線は下、活字佰の素足だった。



 手巻き寿司を食べ終えて、後片付けも済ませると伯母は佰の手を引いてこう言った。


「それじゃ、佰くんを家に送っていくから、あとは若い2人でごゆっくり」


 なんてことを言うんだ。6歳児の前で。


 伯母は子供のような笑みを浮かべると、玄関の引戸を静かに閉めた。大小2つの影が道の向こうに消えたときだった。


 背後からゆっくりと、音も立てず忍び寄ってきた彼女に俺は気がつかなかった。


「網代くん、話したいことがあるんだけど」


「うわっ」案の定、俺は情けない声を上げた。「驚かせるなよ」


「あら、ごめんなさい」絵本さんは言った。「万菜花さんに何て言われたか知らないけど、過去は過去よ。今を見なくちゃ」


「うん、まぁそうなんだけど」俺は前髪を掻いた。


「網代くん、今に集中して。──分かったかもしれないの。この失踪事件の真相が」


 俺は眉間に皺を寄せ、首を傾げた。


「1回目の失踪、覚えてる?」絵本さんは早口で尋ねてきた。


「ああ、佰くんがいきなり血相を変えて体育館の倉庫に走って……それから消えたってやつだったよな?」


「何でいなくなろうと思ってる人間が、わざわざ体育館倉庫みたいな閉鎖された場所に行くの?いなくなるなら普通、体育館の出入り口から出ていこうと思わない?」


「……確かに」俺は口に手を当てた。


「それに、血相を変えるというのは、怒りや恐怖、不安からでるものなの。佰くんは昼休みに何かを見たのよ。それで血相を変え、体育館倉庫に向かって走った」


 絵本さんは更に続けた。


「そして2回目の失踪……最初、わたしは2階から瓦の上を歩いて雨どいをつたって失踪したのだろうと推理をした。それがそもそもの間違いだったの。最初から活字佰は失踪なんてしてなかったのよ」


「いや、待ってくれ。その場から消えたんだぞ?それを失踪と言わずに何て言うんだよ?」


「考えてみて。2回目は玄関に靴があったの。本当に失踪したのなら、彼は一晩中裸足で移動していたということになる。さっき、彼の足の裏を見てみたら傷一つついてなかった。綺麗なものよ。それがなによりの、失踪していない証拠よ」


「それじゃ、佰くんはどこにいたっていうんだ……」


「ずっといたのよ。体育館倉庫に、ベッドの上に。狸の置物は彼が見つかったと同時に消えてる」


 絵本さんの声に動揺の色が見える。


「わたしという前提があるんだから、考慮するべきだったの。あるわけないって無意識に可能性から除外してた……狸の置物の正体は、活字佰よ」


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