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探偵の白猫は推理を語らない  作者: aoi
絵本千蔭編
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プロローグ


 プロローグ


 化粧品の箱が入った紙袋を提げ、藤堂百花は右手首を見える位置まで上げると、手首を内向きにひねった。時計の針は午後2時を少し過ぎたところだった。


 約束の時間まで1時間を切っている。微かに肩で息をしてから辺りを見回した。


 藤堂百貨店には平日の昼下がりにもかかわらず、多くの客が訪れていた。百花のいる1階は化粧品売り場で、ショーケースの中にある化粧品に女性客たちが目を輝かせていた。華やかで心地よい香りがフロアを覆っていた。客の一人と目が合うと、百花は笑顔を作り「いらっしゃいませ」と言って深く頭を下げた。


 藤堂家は実業家の一族で、百貨店もその事業の1つだった。7階建ての構造で、最上階には夜景が綺麗に見えるレストランがあり、地下1階には新鮮な食材を取り揃えた食品フロアもある。


 今年で百貨店は創業100周年を迎える。歴史の重みを感じながら、百花は藤堂家の一員として百貨店の経営を任されている。その重責に時々焦燥感を覚えていた。


「ありがとうございます。またのご来店をお待ちしております」


 百花は接客を終えた女性スタッフの方を見た。ネームプレートには斎藤と書かれていた。


 ゆっくりとヒールの音を立てながら近づき、百花は声を掛けた。「こんにちは、斎藤さん」


「こんにちは、社長」斎藤は手を前で組んで最敬礼した。


「頭を上げて。お名前は?」


 少し間を置き彼女は頭を上げた。小柄で大きな目がすぐ目に留まった。純粋な子なんだろうなと百花は思った。


「斎藤万理華といいます」万理華は震えた声で言った後にまた頭を下げた。


「万理華ちゃん、あのね、お願いしたいことがあるんだけど頼める?」


「はい」万理華は背筋を伸ばし、勢いよく頭を上げた。「何でも仰ってください。わたし、社長のためなら──」


「これを15時に来るお客様に渡してほしいの」百花は持っていた紙袋を万理華の肩の高さまで上げた。「お得意様だからよろしく頼むわね。男性の方がお越しになるはずだから」


「わかりました」万理華は緊張しながら手を伸ばし紙袋を受け取った。


「それじゃ、よろしく」


「はい!」


 百花は踵を返し、エレベーターに乗った。7階のボタンを押してドアが閉まると、左手の薬指を優しく撫でた。指輪は嵌められていなかった。少し痩せて骨の浮いた自分の手を眺めながら忘れがたい悪夢のような過去を思い出していた。


 20年前、百花にある名家から縁談の声が掛かっていた。相手の家は海運業で財を成した名家で、銀行や不動産にも力を入れている。藤堂家にとって願ってもいない話だった。百花は二つ返事でその話を受けた。


 藤堂家はすでに長男が跡継ぎとして決まっていたので、いつかは家を出ていくのだろうと覚悟していた。それまでに家のためにできることは何かないだろうかと考えていた矢先の縁談に、百花の胸は高ぶった。両親や兄の喜ぶ姿が目に浮かんだ。


 だが数日経ったある日、名家の方から破談を申し出てきたのだ。後になって分かったことだが、相手側の息子が別の女性と恋に落ちて子を授かったというのだ。


 一方的な申し出に百花はその場で膝から崩れ落ちた。受け入れがたい事実にしばらく食事が喉を通らなかった。時間だけが傷を癒してくれた。


 悲しみをごまかすように百花は必死に勉学に勤しんだ。やがて経営学を学び、兄と同じく事業を任されるようになった。


 今日、あの日から止まった時計が動き出す。百花は着ていた上着のボタンを締め、エレベーターを降りた。


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