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目指せ、強欲の悪女! ③

 火は傾きかけているが、執務室の中はまだ明るかった。

 鉛桟で組んだ窓からは柔らかい光が差し込み、その前に置かれた執務机の上を明るく照らしている。

 執務机に向かうアルフレッド公爵は顔を上げ、入ってきた娘に柔らかい微笑みを向けた。

「どうしたんだい、怖い夢でもみたのかな?」

 アルフレッドは娘であるエリスによく似ている。容姿が瓜二つというわけではなく、鷹揚とした佇まいや前世が滲み出た笑顔などの、全体的な雰囲気が似ているのだ。

 容姿で似ているのは目尻がわずかに下がった優しそうなタレ目だけ。

 窓から差し込む滲んだ光に照らされたアルフレッドは、どこか儚くも見えた。

 それをみたエリスは父親に飛びついて、その存在をこの世に止めようかとするようにギュウッっとしがみついた。

「お父様!」

 言葉を取り繕う必要すらなかった。

 懐かしい父のぬくもりに抱きつきながら。エリスはすっかり子供のような気持ちに戻っていた。

「お父様、あのね、あのね」

「うん、なんだい?」

 不意に、悪魔の声が聞こえた。

「おい、チャンスだ、チャンス、おねだりチャーンス!」

 どうやら彼は姿を消してこの様子を眺めているらしい、声だけが聞こえた。

 それでエリスは、自分がここへきた目的を思い出したのだ。

(え、おねだり、お父様が買ってくれないようなもの……)

 どれだけ考えても、何も思い浮かばない。今エリスにとって何よりも価値があり、そして欲しいものは、自分を抱き止めてくれている父の温もりだけなのだから。

「おねだり、はよはよ、キラキラピカピカしてなくっても合格にしてあげるからさあ」

 悪魔に急かされて、エリスはポロリと本音をこぼした。

「お父様、もういなくならないで!」

 それがあまりにも唐突だったものだから、アルフレッドは驚いた様子だった。

「よほど怖い夢を見たんだね」

「違う、違うの、お父様は、馬車の事故に遭って、いなくなっちゃうの、だから……」

「うんうん、本当に怖い夢だったんだね、よしよし、もう大丈夫だよ」

「だから、夢じゃなくて……」

 だんだんエリスは追い詰められてゆく。

「えっと、お願い、馬車に乗らないで、お父様」

「そのお願いは聞いてあげられないなあ、お仕事に行くにも、領地へ行くにも、馬車に乗らないわけにはいかないだろ?」

「ヤダヤダヤダぁ、馬車に乗らないで!」

「困ったなあ」

 エリスはこの拒絶をチャンスと捉えた。悪魔が見本を見せてくれた通りに床に身を投げ出し、手足をジタバタさせる。

「やーだー、ヤダヤダヤダ、絶対に馬車に乗っちゃダメェ!」

 悪魔はこれを面白がった。

「お、いいじゃん、想定してたおねだりとは違うけど、パパが困ってていい感じじゃん」

 エリスはさらにジタバタジタバタと床を転げ回る。ただし中身は大人なのだから、父に対する譲歩も忘れない。

「無理なら1日だけ、五年後の七の月の視察の時だけ、馬車に乗っちゃヤダァ!」

 父アルフレッドは、少し面くらった様子であった。

「ずいぶん具体的な日にちが出てきたね、一体どんな夢を見たんだ……」

 だが、夢で見ただけの不幸を恐れるのも、子供らしさのうちだと思ったらしい。

「わかったよ、その日は馬車に乗らない、それでいいかな、お嬢様?」

 アルフレッドは床に転がったエリスを抱き上げ、その額にキスをした。

「他には? 何かあるかい?」

 エリスは父の首に手を回してしがみつき、その肩口にグスグスとベソを描いた顔を擦り付けた。

「あのね、ご本、読んでほしい」

「おや、エリスはもうお姉さんなのに、かい?」

「でも、もっと、構って欲しいの!」

 アルフレッドは執務室の上に積み上がっている書類を見た。仕事はまだ終わっていないし、暇ではないけれど、目の前でベソを描いているこの娘をどう扱うべきか。

 ――思えば、エリスは小さい頃から察しがよく、手のかからない子供だった。

 エリスには母性を感じるような、穏やかで年嵩の女性使用人ばかりをつけてある。そんな彼女たちですら、自分の子供や孫と比べて「お嬢様は本当に手がかからない子で」とエリスを誉めそやす。

 聞けば、大人が忙しく動いている時などは状況を察して、大人の手が空くまで一人でおとなしく遊んでいるような、そんなことがよくあるのだという。

 そういえばアルフレッドに対しても、ドアの陰からひょこりと顔を出して中を覗くけれど、父親が仕事中なのを見るとひょっこりと顔を引っ込めてしまう、そんな子供だった。

 そんな大人しさに甘えずに、もっと手をかけてやるべきだったのでは……

 そう考えたアルフレッドは、幼い子供にするように、エリスの頭をわしゃわしゃと撫で散らかしてやった。

「休憩時間にしようと思っていたんだが、エリス、一緒に甘いものでも食べようか」

「食べる〜」

「ははっ、ほら、もう泣くのはおやめ」

 この日から、午後のひと時――お茶の時間を共に過ごすことが、アルフレッドとエリスの日課となった。

 ちなみにカリプソは、この結果について「まあ、わがままの第一段階としてはいいんじゃね?」と、ギリギリの合格点をくれた。


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