目指せ、強欲の悪女! ①
公爵令嬢として何不自由ない生活を送ってきたエリスには、“強欲”が理解できなかった。
カリプソは、そんな彼女に“まずはパパにおねだりすることから始めてみよう”とアドバイスをした。
「まずさあ、こんな金持ちだと、真っ当な物欲が育たないと思うんだよね」
エバートン公爵家には、およそ公爵令嬢に必要なものは全てが揃っている。
ドレスにしろ装飾品にしろ、全て一流のものが衣装室いっぱいに用意されており、エリスはそこから必要な物を選べばいいだけになっている。
食事や茶菓子も、エリスが何か指示しなくても時間になれば全てがきちんと用意された状態で出てくるのだから、この頃のエリスは何かを欲するということが全くなかった。
「確かに、貴族であった私には欲しいものはなかった、だが、公爵邸を追い出された後の私は、それなりの物欲は持っていたぞ」
エリスが語るところによれば、ここから五年後――17歳の時に、エリスの父親である現エバートン公爵が事故で死ぬのだという。その時の葬儀のゴタゴタに紛れて、エバートン侯爵の爵位はエリスの従兄弟に、そして実権は叔母に奪われた。
つまり、公爵家が叔母に乗っ取られたわけだ。
身の危険を感じたエリスは逃げるようにして、着の身着のままで公爵家から出奔した。叔母はエリスが戻ってこないようにと公爵家の籍からエリスを抹消する届を出し、彼女は庶民へと身を落としたと。
「何も持たずに公爵家を出たんだ、着るものにも食べ物にも困っていたし、いつだってそれらを欲しがるような生活だった、つまり物欲まみれだったわけだな」
「それは……いや、そういうこっちゃないんだよ、これはなかなかに手強いな〜」
だが、いい暇つぶしになる――カリプソは楽しそうに笑った。
「君が今から目指すのは“強欲の悪女”なんだよ、考えてみてよ、悪女がパンだの粗末な洋服だのを欲しがるかな?」
「欲しがら……ないかも?」
「芝居とか物語の中の悪女をモデルにしていいからさ、考えてみなよ、悪女って何を欲しがると思う?」
そう言われてエリスの脳裏に浮かんだのは、自分が処刑の時に着せられた、見てくれだけ豪華だが質の悪い、真っ赤なドレスだった。あれは確かに紛い物の“悪女の衣装”だったが……。
「豪華だったり、派手だったり、キラキラしたものだったり?」
「そう、そういうのを欲しがるのが悪女ってやつだよ!」
「なんだ、思ったより簡単だな」
「本当にそう思ってるなら、悪女としては三流だな」
カリプソは気取って、人差し指をエリスの鼻先の前に突き立てた。
「君が今からパパにおねだりに行くだろ、でも君のパパはお金持ちだから、ドレスでも宝石でも、言えばなんでも買ってくれる、そうだろ?」
その迫力に、エリスはわずかに身を縮める。
「それは、まあ、そうだな」
「ダメなんだよー、それじゃおねだりじゃなくて“申請”じゃんよ〜」
「じゃあ、どうしろというんだ」
「おねだりってのは、基本こうね」
カリプソは地面に身を投げ出し、「やだー、買って、買ってよー」と手足をジタバタさせた。
エリスはドン引きだ。
「うわー……」
「なに冷たい目をしてるのさ、君がこれ、やるんだよ」
「ええ……」
素早く身を起こしたカリプソは、衣服の乱れをパパッと整えながら言う。
「君がこれやるにはさ、パパが絶対買ってくれないようなものをおねだりする必要があるわけよ、ね、なかなか難しくない?」
「確かに……」
この国一番の富豪である父ならば、国丸ごとを買い上げることも可能だろうな、とエリスは考えた。
「ただ高い物を考えなしにねだればいいというわけではないのだな」
「そそ、難しいでしょ、だから今日はいきなりキラキラピカピカした物をねだらなくてもいいから、こっち、やってみて」
「父上が絶対に買ってくれなさそうなもの……鉱山の所有権とか、海運航路の手形とか……いや、買ってくれそうな気がするな……」
「まあ、今日は初回なんだし、クリアできなくてもOKってことで、気軽にチャレンジしちゃいなよ」
エリスは、そんなカリプソに連れられて、父の執務室の前までやってきた。




