アクマミーツガール ②
カリプソが巻き戻した時間は15年。
永遠に近い命を持つ悪魔にとっては、ほんの瞬きひとつする程度の時間だ。
だが人間であるエリスにとって15年という年月は長い。27歳の大人の女だったエリスは、12歳の少女になって、天蓋のついたベッドの中で目を覚ました。
どうやら午睡の最中だったらしい、開け放った窓からは傾きかけた柔らかい日差しと初夏の匂いがする風がたっぷりと入り込んで、天蓋にかかった白いレースを柔らかく揺らしている。
「これは……夢か?」
夢なのは一度死んだ処刑の瞬間か、それとも穏やかなこの光景か……そう思いながら身を起こしたエリスは、天蓋の外を透かし見て、これが夢ではないことを思い知った。そこには悪魔の化身であるカリプソが、なぜかきっちりと執事服を着て立っていた。
彼はエリスが目を覚ましたことに気づくと、およそ執事らしからぬ軽薄な笑顔を浮かべ、慇懃に腰を折った。
「お嬢様、おはようございます」
エリスは呆れながら天蓋を開ける。
「なんだ、その格好は」
「いやー、人間っぽくしてみたんだけど、どう?」
「格好はいいが、使用人とはいえど男が女性の寝ている部屋に入るもんじゃない」
「あ、そうなの、ま、そういう人間のルールはおいおい覚えるってことで……」
悪魔がニタリと笑った。
「子供に戻った気分はどうよ」
「不思議な気分だな、大人の時の体の感覚が残っているせいか、少し心許なくもある」
「まあそれはじきに慣れるでしょ、それよりその口調、12歳のお嬢様っぽくないよ、軍人かよって感じ」
「ああ、すまないな、人前では気をつけるようにする」
「ま、いいけど」
カリプソは「さてと」と言いながら部屋の中を見回した。
「いやいや、これ、俺が思ってた以上にお嬢様じゃん」
悪魔は知っている、本物の金持ちほどシンプルなものを好むということを。
部屋に並ぶ調度品は見た目こそシンプルで変哲ないものだが、木目の良いところだけを削り出した分厚い板材を惜しげもなく使った、実用の美を感じる高級品ばかりだった。
天蓋に下げられたカーテンひとつとっても、一見すると白一色のシンプルなものだが、よく見れば細い絹を薄く編んで精緻な意匠を凝らした最高級レースである。
それもそのはず、ここエバートン公爵家は広大で豊かな領地といくつかの鉱山を所有する、この国一番の富豪なのだ。
「足るを知る生活ってやつじゃん、あんた、物欲とかないだろ」
悪魔が言うと、エリスが不服そうにぷくっと頬を膨らませる。
「失礼な、物欲ぐらいあるぞ、革命軍にいた頃はいつでも腹を空かせて、たった一つのパンを盗んだこともある」
「それは生存のための必需品であって、物欲ってやつじゃねえよ」
ここで悪魔は、年振りの悪魔がよこした助言の意味を初めて実感した。
「なるほどね、人間の“本質”を変えるのは難しい……か」
金持ちほど善人が多いというのは、悪魔界の常識だ。
善人だから金が集まってくるのか、金に不自由しないから善人に育つのか――。
「んー、それを確かめるためにこの家を没落させるってやり方もあるけど……」
悪魔の呟きに、エリスが不安そうな顔をする。
「なんだ、なんか物騒なことを言い出したな」
「あー、大丈夫、それはやらないから、金に汚い悪女って安っぽくて、嫌いなんだよね、俺」
だが、悪女になってもらうというのが今回の契約だ。指導までしてやると約束もした。
ならば約束はきっちりと果たす、それが悪魔という生き物なのだ。
「そうだなあ、じゃあ、ルールを決めよう」
カリプソはぱちんと指を鳴らした。
鎧戸がバタンと閉まり、部屋の中が薄暗くなる。
「まずさあ、悪女ってのはさあ、簡単にいうと七つの大罪を犯すものなのよ」
カリプソがもう一つ指を鳴らすと、その手の中にはボロ布をつぎ合わせて作ったような人形が浮かび上がった。
「まずは強欲」
「あとは嫉妬、怒り、怠惰、傲慢、暴食……」
人形はそのたびに怒ったり歯噛みしたりだらりと寝そべったりと、くるりくるりと動く。
「で。最後に色欲だけど……」
子供姿のエリスにちらりと視線をやって、悪魔は「ははん」と鼻先で笑った。
「これは、ま、もっと大人になってからだな」
エリスも、自分のなだらかな胸元を見下ろす。
「そうだな」
「で、ルールはこうね、この七つの大罪を一つずつ犯してもらう、それでどうかな?」
「なるほど、わかりやすいな」
「じゃあ、まずは“強欲の悪女”からいってみようか」
エリスがわずかに戸惑いを含ませてつぶやく。
「強欲とは……」
カリプソはそれに応えて、手の中の人形をちょいちょいと突いた。
「だーいじょぶだって、ちゃんと教えてやるからさあ」
人形の洋服が真っ赤なドレスに変わった。
それは奇しくも、断頭台にあげられたエリスが着ていた、あのドレスに似ていた。




