山里菜乃葉「第二章決定の手紙」
「菜乃葉〜!」
「琴葉!?公務はもういいの?」
「琴葉が王宮に来るのって珍しいじゃない?急いで片付けてきちゃった」
なんでもないことのように言う琴葉に、私は驚きを隠せなかった。
公務はかなり量がある上に、かなり難しいと聞いた。
それを「片付けてきちゃった」で済ませる琴葉が若干怖い。
確かに琴葉は前世からYDKだったけど、ここまでできるとか聞いてない。
逆に強すぎる。
「王宮に来るのが珍しくても、あなたいつもうちの屋敷に来てるじゃない」
「応急で会うことはないじゃん?ほら、私の王妃姿はどうよ」
ドヤ顔で私に自分の体を見せてくる琴葉に、王妃という字は似合わない。
「いつもと変わらないよ」
「つれないなぁ」
唇を尖らせていじける琴葉には、王妃よりも子供という言葉のほうが似合う。
口に出せば、親の敵かという目つきで睨まれそうだから言わない。
「どこ行くの?」
「騎士団訓練所」
「あー、愛しのイアンがいるからか〜」
ついに私も琴葉に冷やかされるようになった。
前世は琴葉から散々恋バナを持ちかけられたけど、誰もいなかったからずっとすぐに終わってしまっていた。
それがまさか冷やかされるとは思っても見なかった。
「あっ」
「ん?菜乃葉、どうし……。いだだだだだだだだ」
琴葉の頬を引っ張ったのは柚木だった。
かなりガッツリ引っ張っているから、取れてしまわないか心配だ。
「俺のお妃様は公務をほったらかしにして、どこをほっつき歩いてるのかな?え?」
ドスの利いた声で柚木は琴葉にそう言った。
公務、終わってなかったんだ。
流石の琴葉も公務は難しかったらしい。
柚木は笑顔だけど、明らかに笑っていない。
「いつもいつも俺のことも公務のこともほったらかして、菜乃葉ちゃんのところに行くよな。俺と菜乃葉ちゃん、どっちが大事なの!?」
「急に寸劇始めないでもらっていい?」
「何言ってるのよ!!どっちも大事に決まってるでしょ!!決められないよ!!」
琴葉は柚木の悪ノリに乗ってしまった。
この二人、なんだかんだ仲いいんだよなぁ。
幸せそうで何よりだけど。
私は二人を放っておくことにした。
騎士団訓練所は剣がぶつかる音や歓声が聞こえてくる。
「ユリィ様!こんにちは!」
笑顔で挨拶してきたのはイアンの弟子の男の子、ルイ・エルファーくんだ。
イアンは目覚めて早々に騎士団に入団し、この短期間で団長になった。
「団長はあちらですよ」
笑顔で案内してくれたそこは、剣の音だけが響いていた。
そして……。
「……ねぇ、ルイくん」
「なんですか?」
「壁に大量に突き刺さっている剣は何?」
そう、なぜか訓練所の壁には剣が盛大に突き刺さっているのだ。
壁には亀裂が入り、柄のあたりまでめり込んでいるものも多い。
「イアン様が打ち飛ばした剣ですね。また壁の修理を頼まなくては……」
イアンを怒らせないでおこう。
私は改めて誓った。
これは怒らせてはいけない。
「イアン様〜!ユリィ様がいらっしゃいましたよおぉぉぉぉぉおい!」
ルイくんの顔面の横スレスレを、イアンが丁度吹き飛ばした剣がかすった。
ルイくんはなんでもないような顔をして怒り出した。
「何でこんなに剣が刺さってるんですか!この間直してもらったばかりですよね!?」
「力加減が分からなくて……。それよりもユリィじゃないか。訓練所に来るなんて珍しいな」
「ほら、資料。屋敷に忘れていったでしょう?」
私は手に持っていた資料をイアンに手渡した。
大事な資料だから、届けに来たのだ。
資料を受け取ったイアンは私に抱きついてきた。
普段はめったにないから正直驚いた。
「どうしたの?」
「神様かと思った」
「神様じゃないから」
ちなみに私達はまだ式を挙げていない。
目覚めてからそこまで時間が経っていないし、急ぐこともないから。
なんとなく周りに目をやると、みんなこの世の終わりみたいな顔をしている。
「隊長が……。女性にデレている……」
「今日は隕石が降るかもしれんぞ……」
言い過ぎじゃないかな?
流石にちょっとデレただけで隕石は降らないと思うよ。
イアンは私を離して、資料を他の隊員に預けた。
「あれ?読まないの?」
「ん?読んだほうがいいのか?」
「まぁね。それ、作者から読めってほら」
私はポケットから作者からの手紙を出した。
それは筆で「読め」とだけ書いてある。
若干不気味だ。
「この資料を読めばいいのか」
「何だ?これ」
いっくんがいつの間にかそばに来ていた。
その後ろには柚木と琴葉がいる。
「ここにいるって聞いたから来た。それより、その紙は?」
「作者が読んでほしいって言ってきたらしい」
「じゃあ、みんなで読むか」
いっくんがそう言った。
イアンはみんなから紙が見えるように腕を伸ばした。
「せーの!」
「『幸せを追う悪女達』!第二章投稿決定!」
私達はお見終わってからしばらく黙り込んだ。
「第二章……?」
「まだ私達の話が続くってこと?」
「そうじゃないか?」
「やったぁぁぁぁぁぁぁあ!」
私達は飛んで喜んだ。