野々原琴葉「由梨奈の優しさ」
菜乃葉の死後の琴葉視点の話です!
「まだ若いのにねぇ」
「刺されて死んだらしいよ」
「かわいそうに」
みんなが口々に言う。
今は菜乃葉の葬儀前だ。
菜乃葉に向かってかわいそうだと哀れむ人達を見て、どの口がと言いそうになってしまう。
菜乃葉のことを何も知らないくせに。
私はそんな気持ちをグッと堪えた。
「菜乃葉の葬儀はここか」
そんな声が聞こえて、私は振り向いた。
そこには大手企業の社長と社長夫人がいた。
その後ろには切なそうな顔をした綺麗な女性も。
あの人達が菜乃葉を散々蔑ろにしたクソども。
菜乃葉の葬儀を台無しにしなきゃいいけど。
私は嫌な予感がしていた。
「あの親不孝者が。最後まで使えん」
「今まで育ててやった恩を忘れたのかしら。唯斗達みたいに自殺してくれれば、余計な金をかけずに済んだのに」
「全くだ」
周りにいた人達はみんな息を呑んだ。
どうしてそんなことが言えるんだろう。
「勝手に家から出て行って、勝手に死ぬなんて」
「時が来たら葛さんに嫁がせる予定だったと言うのに……!」
悔しそうに菜乃葉の父親は言った。
嫁がせる予定だった?
菜乃葉の同意はもらったの?
疑問ばかりが浮かぶ。
――私の両親は私の気持ちなんて考えたことないんだろうな。道具に気持ちを聞いたって意味なんてないから。
菜乃葉はいつの日かそう言っていた。
「あら、その話は初めて聞いたわ。どうしてすぐにあの子のところに使いを出さなかったの?」
「時が来たら葛さんに菜乃葉の家に行ってもらうことになっていた。既成事実を作ってしまえば、あいつも逃げられないからな」
「お父さん、葛さんって……」
菜乃葉のお姉さんが初めて口を開いた。
「そうだ。家にも何回か来たことのあるあの人だ」
菜乃葉のお姉さんの顔が、どんどん青くなっていく。
どうしたんだろう。
「葛さんは……。齢五十と聞きましたが……」
「あいつにはお似合いだろう?」
「……菜乃葉には」
「言ってないが?」
菜乃葉のお姉さんは俯いてしまった。
伝えていなかったの?
無理やり嫁がせるつもりだったの?
信じられない。
世の中にこんな親がいることに、私は失望した。
「こんな迷惑のかかる死に方をして……。お陰で取材が絶えないわ。ただでさえ忙しいのに」
「最後まで迷惑なやつだ」
「死んで正解よ」
「もっと早く死んでくれていれば」
私は耐えられなかった。
一言言ってやる。
そう思って私が動こうとした時、菜乃葉のお姉さんが先に動いた。
菜乃葉のお姉さんは手を振り上げて、父親を殴った。
その場にいる全員が驚いただろう。
さっきまで大人しかったからだ。
菜乃葉のお姉さんは目に涙をためて、唇を噛み締めている。
「あなた!」
父親を心配した母親は菜乃葉のお姉さんを睨んだ。
「由梨奈!いきなりなにするの!?顔に傷でもできたらどうするのよ!!」
「そうだぞ!私は社長だぞ!」
「道具はどっちよ!私は……!私達があなた達の道具なら、あなた達は社会の道具でしょう!散々私達を道
具呼ばわりしてるくせに、結局あなた達も社会の道具じゃない!」
菜乃葉のお姉さん……。
由梨奈さんはカバンから紙の束を取り出して、両親に投げつけた。
二人は由梨奈さんを睨んでから、紙の束を見始めた。
二人は目を見開いて、由梨奈さんを怒鳴りつけた。
「どういうことだ!」
「どうもこうも、今までお父さん達の会社は、その会社に支えてもらっていたでしょ?その支援がなくなるだけだよ」
「なぜお前がこんな資料を持っている!」
それが何の資料なのかは私達には分からなかった。
でも、何か大事な資料なのは分かる。
「お父さん達が薬物に手を出していたこと、唯斗達を自殺を装って殺したこと、その他にも調べは付いてるよ」
「なぜ……。なぜお前がそんなことをする!?」
「本当は菜乃葉が生きているときにするつもりだった。でも、間に合わなかった」
由梨奈さんが切なそうな顔をしていた理由が分かった。
菜乃葉がいなくなったことが悲しかったんだ。
たとえ会話ができなくても、由梨奈さんは菜乃葉を思っていた。
気にしていたんだ。
「由梨奈……。嘘だと言ってちょうだい。あなたがこんなことをする理由なんて……」
震えた声で由梨奈さんに聞く母親は、由梨奈さんを完全に信用していたらしい。
だから、信じられないらしい。
「十分理由はあるでしょう?あなた達は、私の家族を三人も悲しませたんだから。ずっと我慢していたけど、もう限界」
由梨奈さんは軽蔑の目を二人に向けた。
二人は体を震わせて、由梨奈さんを見つめた。
「警察を呼んでいます。金輪際私にかかわらないでください」
入口から警察がやってきた。
サイレンを鳴らさずに呼んだのか。
二人は連れて行かれた。
由梨奈さんは私のところに来た。
「あなたは……」
「野々原琴葉です」
「菜乃葉の友達の……」
由梨奈さんは私を見つめてから、頭を下げた。
「何してるんですか!?」
いきなり頭を下げられて、私は混乱してしまった。
何か謝られるようなことをされたっけ?
何で由梨奈さんは私に頭を下げているの!?
「妹と一緒にいてくれてありがとう。妹をここまで生かしてくれてありがとう」
「生かしてくれてとは……」
「あの子はいつも人生を諦めたような顔をしていたの。いつか本当に死んじゃうんじゃないかと思うほどに」
確かにそうかも。
私が初めて話しかけたときもそんな顔をしていた。
――何で私なの?他に話しかける人居たでしょ?
――同情ってことね。そんなのは要らないわ。私に必要ない。
冷たい目と冷たい声でそう言われたときに、絶対に一人にしないと決めた。
「私はもう帰るわ。騒ぎを起こしてごめんなさいね」
由梨奈さんは私に背を向けてあるき出した。
「待ってください!」
私は咄嗟に叫んだ。
由梨奈さんは足を止めて私の方を見た。
「あの……。菜乃葉の顔だけでも見ていきませんか……?」
由梨奈さんは笑って頷いた。
「そうね、妹の顔くらい見て帰ろうかしら」
由梨奈さんは棺桶のそばに歩いて行った。
それを咎める人は誰もいなかった。
由梨奈さんは棺桶の窓に手をおいて、菜乃葉に話しかけた。
「会いに来るのが遅くなってごめんね、菜乃葉。あなたはきっと気づいてなかったと思うけど、私はあなたのことが好きだったわ。あんな家族さえいなければと何度思ったかしら。あなたが家を出た時、心配で仕方なかった。一人で抱え込む癖があるから。でも、あなたの最後が穏やかだったみたいで良かった。幸せだったのね」
由梨奈さんは涙ぐんで言った。
私はカバンから小説を取り出した。
「由梨奈さん、これ差し上げます」
「これは……?」
「楓夏菜、菜乃葉のイラストレーターのときの名前です。どうか、見てあげてください」
由梨奈さんは私に微笑んだ。
「ありがとう」
そう言うと、自分のカバンに本をしまって、葬儀場から出て行った。
菜乃葉、あなたは愛されていないんじゃなかったよ。
ちゃんとあなたを見てくれる人はいる。
だから、心配しないで。
みなさんこんにちは春咲菜花です!番外編第一話です!今回は菜乃葉の死後の琴葉を書きました!由梨奈が本当は菜乃葉を好いていたことも明かされました!次回は番外編第二話です!それでは第二話でお会いしましょう!