就職先は、「異世界人専用」転職エージェントでした。
「こちらからの質問は以上です。最後に何か言いたいことはありますか」
手元の資料に視線を落としていた面接官はこちらに顔を向ける。
「はい! とにかく、どんなことでも全力で頑張ります! あ、でも、そう意気込んで前職では身体を壊してしまったのですが。あはは……」
大学を卒業して2年間、営業職として一生懸命働いた。頑張って働いて、他の人の仕事まで割り振られるようになって、会社に寝泊まりする日々が続いて、そして倒れた。
仕事は元々嫌いじゃなかった。だから今度は、仕事をこなす機械みたいになるんじゃなくて、もっと……
「分かりました。もし入社が決まったら、あなたらしく働いてくれることを望みます」
そうだ。私は、私らしく働きたかったんだ。
「はい!」
「本日からお世話になります、新入社員の早川結です。よろしくお願いします」
「所長代理の鬼頭だ」
あの時の面接官、そんなに偉い人だったの!?
歳は30代後半くらいに見えるし、若くして所長代理なんてよっぽど優秀なんだろう。黒スーツに黒シャツ、真っ赤なネクタイにハーフのような端正なお顔が乗っているのを見ると、とてもここが転職エージェント会社のオフィスには思えない。
「俺の顔に何か付いているか?」
「え? いえ! いえいえ!」
まさか、人形のように整ったお顔過ぎて見惚れていた、なんて言えるはずがない。
「そうか。所長は出張中だから、他の職員を紹介する」
そう言うと、鬼頭さんの後ろに控えていた2人が前に進み出た。
「事務員のフェネラ、そして営業担当のサンドだ」
「よろしくね、結ちゃん」
「よろしゅうな!」
事務服の女性は艶やかな金髪から先の尖った長い耳が覗いている。スーツを着た同い年くらいの彼の頭に付いているのは、2本の角!?
「えっと、今日は仮装大会ですか? あ、今月ハロウィンですもんね……?」
私の言葉に沈黙が流れる。あれ、なんか変な空気になってる……?
「鬼頭、まさかちゃんと説明しないで採用したの?」
「フェネラ怒るなよ。説明したって、冗談だと勘違いされて終わりだろ」
「そんなこと言って、前回連れてきた男の子、本当のこと知って気絶してたじゃない」
「あはは、あれは驚いたなぁ」
「後処理も大変だったこと、忘れてないでしょうね?」
「鬼頭さんもフェネラ姐さんも、一旦そのくらいに……」
「あの、どういう事でしょうか……?」
私の言葉に、3人が一斉に振り向く。
「ああ、説明しよう。この会社は、異世界人による異世界人のための転職エージェントだ」
言葉の意味を咀嚼するのに5秒かかった。
「い、異世界人!? そんなの、いるはずが……」
「私はエルフ族よ。歳は聞かないでちょうだい」
「俺は悪魔族! この角もごっついイケてるやろ?」
「見ての通りだ。どうする、入社を取り消しにしてもいいぞ?」
挑発的な笑みを浮かべる。
異世界人なんて、そんなの今まで見たことなかったし、全然受け入れられてはいない。でも、だから辞める? まだ私は異世界人のこともこの会社のことも全然理解していない。もっと知ってからでも遅くはないはずだ。
「いいえ! 辞めたりなんてしません!」
「いい返事だ。早川には俺と一緒にまずは1つ、案件を担当してもらう。それが終わった時に、これからも働くか決めてもらおう」
その時、ガタガタと木の軋む音が聞こえた。音は段々と激しくなる。
「いいタイミングだな。早川、よく見ておけよ」
そう言って、鬼頭さんはオフィスの奥にある古びた木の扉を指さした。
『罪人ラフィーネ! 聖女であると自称し、国を騙していた罪で追放する!』
そんな声と共に勢いよく扉が開き、1人の女性が飛び出してきた。バタン、と扉が閉まる。
「イテテ……そんな乱暴に押し出さなくてもいいじゃないの……」
「なるほど。状況を見るに、偽聖女ってところか」
「ど、ど、どういうことですか!?」
彼女は溜息を吐いて、乱れたワンピースの裾を直している。頭を覆うロングヴェールや翡翠色の瞳は、明らかにこの世界では見ない姿だ。
「うちの会社は、断罪なんかの理由で追放されてきた異世界人に再就職先を紹介するのが仕事なんだ。異世界からすると、こっちは魔法も使えない下等世界という認識らしい」
うん、全然理解できない。
「フェネラ、お客さんを居室に案内してやって。ついでにカツ丼の出前も」
「はぁい。行くわよ、お嬢ちゃん」
フェネラさんの後について行く背中を見送る。たった今、異世界から追放されてきたなんて普通じゃありえない状況だ。いやでも、エルフや悪魔族の人もいるしおかしくはないのか……?
「し、失礼します……」
鬼頭さんに様子を見て来いと言われたけど、異世界の人と2人きりなんてどうしたらいいの……!?
恐る恐る中に入ると、畳の小さな部屋の中でラフィーネさんはカツ丼をかき込んでいた。
「はむっ……この、かつどんって言うの? はむっ、ほんとおいひい、んぐっ!? ごほごほっ……」
「ああっ! お茶飲んでください!」
慌てて近くに置いてあったお茶のコップを手渡す。
「ぷはぁ、助かったわ。ありがとう」
そう言って微笑む。でもよかった、そんなに落ち込んではいないみたいだ。
「そんなに急いで食べなくても大丈夫だと思いますよ」
「いいえ、食べれる物は食べておかないと。これがきっと、私の最後の晩餐になるのだから」
「最後の、晩餐……」
「この追放は国が自らの手を汚さずに罪人の存在ごと葬るためのもの。ここまで色々頑張ってみたけど、こうなってしまったら後は死を待つのみよ」
「どうして、聖女のふりをしたんですか?」
「私のいた世界では、国のことを決めるために聖女の力が重視されていたの。数年前、大聖女様は死の間際、次期聖女として片田舎の農夫の娘である私の妹を指名した」
「妹さんですか」
その瞬間、ラフィーネさんの表情がふっと柔らかくなった。
「2つ年下で、見た目は似てるんだけど、私と違ってお淑やかでほんと可愛いのよ。妹は国の命令で王都へ行くことになった。ねぇ、聖女の魔力が何を根源としているか知っている? 生命力、つまり命よ」
その言葉の重さに胸が冷たくなる。
「2度と故郷には帰れず、王都で命が尽きるまで魔力を使い潰す。そんなこと耐えられない。幸運なことに見た目が似ていたし、妹ほどじゃないけど少しだけ聖女の魔力が使えたから、成り代わってしまおうと思ったの。先代の聖女様が亡くなった後は魔力量なんて誰も量れないし、上手く立ち回ってきたつもりだったんだけど、ついに式典で魔力が使えないのがバレちゃった」
彼女は私の目を見据えた。
「ねぇ、私はこれからどうなるの。死刑? それとも聖女の魔力が必要かしら」
冷たく張り詰めた空気に呼吸が浅くなる。その時、ドアをノックする音が聞こえた。
「入っていいわよ」
現れたのは鬼頭さんだった。
「落ち着いたか」
「どんなことでも受け入れる覚悟はとっくに出来ているわ。それで、私はどうなるの?」
「この世界で一般人と同じく働いてもらう。あんたは幸い派手な見た目じゃないし、そこまで苦労しないだろう。聖女を騙るなんて並の胆力じゃできないし、営業職なんかが向いているかもしれないな」
「この世界で、働く……?」
ポカンとしていた彼女は、次第に笑い始めた。
「あっははは! 追放されてきた私にこの世界で働けって言うのね! 死刑にするわけでも、魔力を使い潰すわけでもなく。こっちの世界の人間は面白いのね」
「いくつか仕事を紹介する。決まるまではこの部屋を使ってくれ。何か必要なものがあれば、この早川が対応する」
「……ありがとう」
緊張が途切れて、私はふっと胸を撫でおろした。追放されてきた異世界人にこの世界で新しい道を提供する。少しだけ、この仕事のことが分かった気がした。
オフィスに戻って来ると、鬼頭さんは棚から何かを取り出した。
「早川、これ読んでおけ」
「なんですか?」
渡された本の表紙には「転生したら聖女だった話」と書かれていた。
「異世界とこの世界、2度の転生をした者の伝記だ。これで異世界のことを勉強するといい」
ここ数年、本屋で「異世界」のコーナーが広がっているのはそういうことだったのかと、妙に納得した。
それから数日、私は鬼頭さんと一緒にラフィーネさんの就職先探しをした。本人の適性を見ながら会社をピックアップし、本人と相談する。その流れは普通の転職エージェントと変わらなく感じた。
「ラフィーネさんはどんな職場がいいとかありますか?」
「そうね……周りがちゃんと自分の頭で判断して行動できるなら何でもいいわ。聖女やってた頃はほんとポンコツばっかだったのよ」
「ええ……そうなんですか」
「聖女様、西の荒れ地は開拓を進めたほうがよろしいでしょうかぁ、とか。聖女様、隣国との交易品は何にすればよろしいでしょうかぁ、とか! 挙句の果てに、今日の王子の衣装は何色がいいでしょうかなんてどーでもいいわ! 聖女の力に頼らず少しは自分の頭で考えてみろやぁっ!」
「ラフィーネさん落ち着いてください!」
はぁはぁと肩で息をつく彼女をさすって落ち着かせる。
オフィスに戻ってパソコンを立ち上げると、後ろから声が掛かった。
「もう定時だろ。今日中に必要な仕事なら手伝う」
「あ、もうそんな時間ですか」
定時という概念のない会社に勤めていたから、時計を見る習慣がなかった。
「急ぎの仕事じゃないので大丈夫です」
「そうか。明日は大事な初めての面接だから、早めに休んだほうがいい」
就職活動が進み、ついに明日、ラフィーネさんは初めて面接を受けることになった。今日の模擬面接もしっかり受け答えができていたし、意地悪な質問にも瞬時に対応している様子を見ると、彼女はとても優秀なんだろう。
「そうですね。明日、私は面接会場まで付き添うだけですが」
「面接の緊張をほぐしてやるのも立派な仕事だ。ほら、帰るぞ」
オフィスの建物を出ると、肌寒い風が吹いた。
「仕事は慣れたか?」
「あ、はい。皆さん優しく教えてくれますし、こんな時間に毎日帰れて幸せです」
「どんな酷い会社にいたんだよ……」
「鬼頭さんはどうしてこの会社に入ったんですか?」
異世界人と一緒に働くなんて、普通は想像もしない選択肢のはずだ。だから、鬼頭さんにとって何が入社の決め手になったのか、ずっと聞いてみたいと思っていた。
私の質問に、鬼頭さんは苦笑いを浮かべて視線を逸らした。
「まあ……若い頃はちょっとやんちゃしてて、そんなところを所長に拾ってもらった感じだ」
意外ですねという言葉は不服だろうから飲み込んでおくことにする。
「自分も新しい人生を所長に示してもらった身だから、今の仕事にはやりがいを感じている。実際、自分が担当した異世界人が現代で活躍してる姿を見るのはいいものだ」
「異世界人ってそんなにいるんですか!?」
「例えば、急によく分からないスイーツが大流行することとかあるだろ。ああいうのは大体、異世界人が関係してる」
「本当ですか……」
「まあ話は逸れてしまったが、新しい人生としてうちの会社を選んでくれた早川には、生き生きと自分らしく活躍してほしいと思っている。上司としてはその姿を見るのが何よりも嬉しいことだからな」
そう言って、ふっと微笑む。その姿があまりに綺麗で、気の利いたことの一つも言えなかった。
時計を見ると、面接終了時刻を過ぎたところだった。ビルの入り口に目を向けると、ちょうどラフィーネさんが出てきた。やっぱり、スーツ姿も似合っている。
「お疲れ様です。どうでしたか?」
私の言葉に、彼女はニッと笑う。
「もちろんバッチリよ」
「よかったです。今回の合否を待ちつつ、他の企業の対策も進めていきましょう。選択肢はあったほうがいいでしょうから」
「ええ、そうね」
颯爽と歩く彼女の横顔を見る。彼女は賢い。別の世界に追放されるなんて、自分だったら考えられないし、とても怖い事だと思う。でも彼女は、外の世界に踏み出して次の人生を始めようとしている。それはきっと、誰にでもできることではない。
「私の妹、レミフィーネって言うの。小さい頃はいつも私の後をついてきていてね。何でも私の真似をしようとするのよ。大きくなってからは逆に、私のことを心配し過ぎているみたいだったけど。私、何でもすぐにやっちゃうからさ」
「素敵な関係ですね」
「聖女になってからはもう2年くらい会ってないけどね。元気にしてるといいな……」
そう言って、茜色の空を見上げる。
追放初日以降、妹さんの話は避けているみたいだった。こうして話してくれたのは、打ち解けてくれたという事なのかもしれない。
オフィスでラフィーネさんの報告書をまとめていると、上から声が掛かった。
「今日の面接、どうだった?」
「ばっちりだって言っていました。予定通り、他の企業の対策も並行して進めて行こうと思います」
「ああ、そうだな」
その時、外から低い破裂音が聞こえた。
「あれ、花火ですか? 秋なのに珍しいですね」
「おい! ついてこい!」
血相を変えてオフィスを飛び出した鬼頭さんの後を追う。外に出ると花火のような音がよりはっきりと聞こえた。
「やめろ!」
鬼頭さんが足を止めた建物の裏では、ラフィーネさんが空に向かって祈りをささげていた。祈る手から光の筋が夜空に伸びて、煌めく花を咲かせる。
「そんなに魔力を使ったら本当に死ぬぞ!」
その光が、聖女の魔力? それなら、その源は……
「ラフィーネさん! やめてください!」
「もういいの!」
初めて聞いた大声に、ビクッと身がすくむ。
「この世界で生きていたって、妹のためにならない。今頃、妹が王都に連れていかれて魔力を使われているんじゃないかって考えたら、生きた心地がしないの。もう苦しい……」
その時、彼女の体がぐらりと揺れた。
「ラフィーネさん!」
倒れる直前、鬼頭さんが彼女の体を抱きとめた。
「一時的な魔力の使い過ぎだ。息はある。ただ、これ以上魔力を使うのは危険だ」
そう言って、ゆっくりと彼女の体を持ち上げる。
「彼女を居室に寝かせてくる。その後、彼女のこれからについて相談できるか?」
「もちろんです!」
……
………
…………
そしてやっと、全ての準備が整った。
数日ぶりに彼女の部屋を訪れると、初めて会った時より痩せこけた顔をしていた。彼女と向かい合うように座る。
「私から、あなたにぴったりなお仕事をご提案します」
そう言って、二つ折りにした紙を差し出す。
「仕事は、もういいのよ」
「受けるかどうかはお好きににしてもらって構いません。まずは見てもらえませんか」
私の言葉に彼女は渋々紙を受け取った。
「は……あははっ! 『偽大聖女様』って何よこれ!」
「妹さんを幸せにすることがあなたの願い。だからその願い、今度は私達と一緒に叶えてみませんか」
「……本当に言っているの?」
「はい。大まじめです」
彼女はふっと微笑むと、指で目元を拭った。
「そう。本当に、面白い人達ね」
クリーニングに出しておいた聖女服に再び袖を通す。スーツも似合っていたけど、やっぱりこの格好が一番彼女に似合っている。
「それで、どうするつもり? 元の世界に戻ったらさすがに殺されると思うけど」
「はい。そこで、聖女の力を大々的にアピールします。もう疑いようのないくらいに」
「でも私、もうほとんど魔力がないのよ」
「大丈夫です。聖女の魔力っぽいものはこちらが用意します。だからあなたは、堂々と聖女を演じてください」
私の言葉に彼女はニヤッと笑う。
「そう言うことなら大得意ね」
オフィスに戻ると、古びた扉の前で鬼頭さんが待っていた。
「覚悟は出来たか?」
「最初に言ったでしょ。覚悟はとっくにできているって」
「よし……じゃあ、行くぞ」
そう言って、扉を開けた。
生暖かい風が頬を撫でる。満天の星空と、そこに吸い込まれるように突き出た崖。恐る恐る崖の下を覗くと、オレンジ色の明かりと人々の姿が見えた。
「崖の先端に立つと下の広場から姿が見える。俺達は準備があるから、場を盛り上げておいてくれ。合図は早川が出す」
「分かったわ」
そう言うと、彼女は崖の先端へ足を進める。
『おい! 上を見ろ!』
『偽物がどうしてここにいる!』
そんな声がわずかに聞こえた。その声は次第に勢いを増していく。
「静まりなさい!」
凛としたその声に、群集は口をつぐんだ。そのたった一人で立つ背中に視線を釘付けにされる。
「早川、準備を始めるぞ」
「あ……はい!」
私は慌ててバッグから荷物を取り出す。
「私は罪人としてこの世界から追放されました。そのことはご存じでしょう。それはどんな罪だったでしょうか」
問いかけに、群集は水を得た魚のように叫び出す。
「ええ、そうですね。聖女であると偽り、国を騙していた罪。私が聖女の力を使えなかったから? いいえ、使えなかったのではなく、使わなかったのです」
どよめきや怒号が入り混じった声が聞こえる。
「着る服の色や今日の夕食まで聖女の力で決めてもらおうとする。その上、隣国と戦争を始めるから指示を出せ? こんなのちゃんちゃらおかしいですわ。私は少しも自分の頭で考えず、聖女の力に頼り切りなこの国に嫌気が差して、自ら追放されるように仕向けたのです。それでいかがでしょうか。私がいなくなってからのこの国は」
その言葉に思い当たるところがあるのか、辺りは静かになった。
「ですが、このままでは私の愛する国民が不憫でなりません。だから私は一度だけチャンスを与えに戻ってきました。豊かな未来を目指す覚悟のあるものだけ、私と共に先を行きましょう」
私は姿勢を低くして、彼女の背中に近づく。
「準備終わりました……!」
彼女は大きく息を吸い込んだ。
「私は! 大聖女ラフィーネ様だ!」
ひゅうっと空に伸びた光の筋は、大輪の花を咲かせる。次々に咲き誇る花たちは、彼女を美しく照らしていた。
誰からともなく始まった拍手は段々と広まっていき、一帯は大きな歓声に包まれる。どうしようもなく胸が熱くなって、彼女の背中が滲んで見えた。
「早川」
鬼頭さんの声に、ふっと意識が戻される。
「もう彼女は大丈夫だ。急いで片付けて、元の世界に戻るぞ」
「そうですね」
花火の燃えカスを丁寧にかき集める。現代のものを持ちこむ責任として、残骸を一つも残してはいけないと鬼頭さんが言っていた。
「追放された異世界人をまた戻すなんて、普通じゃ絶対にやらない。殺されるリスクが高すぎるからな。今回が特別だって分かっておけよ」
「はい、もちろんです」
今回の計画を立てた時、鬼頭さんに何度も念を押されたことだ。それでも、ラフィーネさんにとってこの選択が1番だって、鬼頭さんもそう思ったことが心強かった。
「それにしても、打ち上げ花火っていうのはいいアイデアだったな」
「聖女の魔力を使っているところを実際に見てみて、花火に似ていましたから。この先は、魔力を使わずとも上手く立ち回ってもらえればいいんですけど」
「そのために十分な後押しは出来た。上出来だな」
そう言って、私の頭をぐしゃっと撫でる。こんな風に褒めてもらったのなんて学生ぶりかもしれない。心がふわふわして、気を抜くとにやけてしまいそうだ。
「あ……急いで片付けないとですもんね! 残骸が残らないように、痛っ」
「大丈夫か?」
「すいません。葉っぱで少し指を切ったみたいで……」
言い終わる前に、鬼頭さんは私の手を取ると、指を舐めた。温かい感触に、かぁっと顔が熱くなる。
「な、なにしてるんですかっ!?」
手元から顔を上げた鬼頭さんの瞳は赤く光り、口元からは鋭い牙が覗いていた。まるで、吸血鬼……
「無防備に血を見せるからいけない」
「その目……どうして……!」
「どうしてって、吸血鬼の末裔だからな」
「えっ!?」
てっきり鬼頭さんは私と同じ一般人だと思っていた。
「俺は吸血鬼の末裔、フェネラはエルフ、サンドは悪魔、所長は元魔王。純粋な現地人は早川だけだ」
「ええ!?」
私の動揺をよそに、鬼頭さんは立ち上がった。
「さて、これで初めての仕事が終わった訳だが、これからどうする? 辞めるか続けるかは、好きに決めるといい。俺は優秀な部下の活躍をこれからも隣で見れた嬉しいけどな」
そう言って、私に手を差し出す。そんなことを言うのは、ズルい。
「よろしくお願いします」
その手を取るのに迷いはなかった。
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