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8.初任務


 ****


「こんにちは。魔法鑑定局の者です」

 到着したのは古ぼけた煉瓦の家だった。その佇まいは壁に蔦が這っているせいで寂れた印象を受ける。一般市民である我が家が三つも四つも入りそうな大きなお屋敷は、一体何人の家族を見守ってきたのだろうか。

 そんな想像をしながら家主が出てくるのを待つ。イルード班長が打ち鳴らした叩き金は簡素なものだったが、その横に飾られた銅板は可愛らしい栗鼠が木の実を食べている意匠だった。立派なお屋敷は飾られている物もなんだか上品だ。

「どうもいらっしゃい」

 中から現れたのは局長より立派な口ひげを蓄えた、白髪交じりの男性だった。可愛らしい装飾からは想像できない風貌で、少しだけ意外だなと思ったのを顔に出さないように笑みを作った。

 依頼人は髪と同じ様な灰色の目を細めて中へ案内してくれるので、イルード班長の後に続いて中に足を踏み入れる。

「改めまして、王立魔法鑑定局解除課二班のイルード・ベリテと申します」

 応接室らしき立派な部屋に通されて、イルード班長は腰を折った。

「同じくクユイ・ガリネと申します」

 イルード班長に続き、教わった通り真似して腰を折る。学校の先生は馬鹿でも挨拶だけはちゃんとしろと有難いお言葉を掛けてくれたので、早速実践した。イルード班長との初対面では失敗したので、挽回せねばならない。

 ソファを勧められて腰を下ろすと、自分の家では有り得ないくらい沈んでうっかり声が漏れそうになった。

 大きなお屋敷に相応しくお手伝いさんらしき人がお茶を出してくれるのをつい目で追ってしまい、そちらはイルード班長に小突かれた。

「わざわざ足を運んでいただきありがとうございます。実は先日妻が亡くなりまして…それ以来オルゴールが鳴りやまなくなってしまったのですよ」

 依頼人は困ったように眉を下げて、ほほと薄く笑った。

「お悔やみ申し上げます」

 イルード班長が率先して話をしてくれるので、私も続けて頭を下げる。

「それで、そのオルゴールというのは?」

「おい、持って来い」

 依頼人がお手伝いさんに声を掛けると、やがて綺麗な音色が近づいてきた。どこかで聞いたことのあるような、不思議と懐かしさを覚える音色だ。そっと卓上に置かれたものは、両手に乗せられるくらいの大きさの、木の箱だった。綺麗な唐草模様に気付き、読み込んだ資料を頭に思い浮かべる。

「これです。生前の妻は嬉しいことも哀しいことも、何かある度にこのオルゴールに話し掛けて音楽を聴いていたんですよ。この音を聴くと心が休まると言って…これは私が親から譲り受けたものでね」

 依頼人は亡くなった奥様を思い浮かべているのか、ご両親を思い浮かべているのか、思い出に浸るように目を細める。

「残念ながら鑑定書が見つからなかったのですが、鑑定してもらったんだという話は聞いていまして」

 局が鑑定した《祝福》は対象物に印を刻むのと同時に鑑定書が発行される。局に保管されているものと、持ち主が所有しているはずの鑑定書が一致すれば話は早いのだが、鑑定書がなくなっていることも少なくはない。

「失礼します」

 イルード班長はそっとオルゴールを持ち上げ、外側を隈なく検分し始めた。下から底面を覗き込み、私にも見せてくれる。底面に鑑定局の魔術紋が押されているのが隣からも見えた。

「鑑定済みで間違いないです。底に鑑定局の印が刻まれています」

 オルゴールを卓上に戻し断定すると、依頼人は少しほっとしたように肩の力を抜いた。

「それでは《祝福》を解いていただければ、音は鳴り止むのですよね?もうこの音楽に気が狂いそうで…」

 依頼人はこめかみを押さえて嘆息した。初めて聴く私には温かな優しい音楽だが、毎日休まず流れ続ければ確かに頭がおかしくなるかもしれない。

「大魔女シュリエがかけた《祝福》であれば、私共で解除をすることはできます。ただし、《祝福》は特別な魔法です。一度解除してしまえば再びかけることは叶いません」

 先輩は依頼人に予め伝えておくべき説明を始めた。私も隣でその口上をよく頭に叩き込む。今日はあくまで研修で、いずれ独り立ちしたときには同じ説明をしなければならないからだ。

「恐らくこのオルゴールには家族の平穏を祈る類の《祝福》がかけられています」

「ああ。分かっておる。他に何か、解除をすると起こるのか?」

 依頼人はこめかみを揉みほぐしながら訊ねた。

「物が壊れてしまうと《祝福》も消えますが、《祝福》がかけられた物は、長持ちするんですよ。だから、消してしまうともう動かなくなってしまうかと…」

 そこで言葉を挟んだのはイルード班長ではなく私だった。突然発言した私に、依頼人ではなく班長が息を呑んだ。

「ああ、分かった。もう妻との思い出は私の中に刻まれている。それで十分だ…」

 依頼人は遠くを見るように呟いた。奥様の心を癒した音楽に苛まれるのは、きっと何重にも辛いことだろう。

「承知いたしました。それではまずこちらに署名をいただきたく」

 解除が決まればあとは鑑定局の規定に則り進めていくだけだ。班長は契約書を取り出して内容を簡単に説明し、依頼人は書面に目を通してから署名した。

 事前の手続きが済むと、いよいよオルゴールにかけられた《祝福》を解除する。

「いけるか?」

 イルード班長は私を心配そうな顔で窺った。

「やってみます」

 オルゴールを膝に乗せ、両手を翳す。魔力を手に集めるように意識を向けると、程なくして掌が温かくなる。やんわりとした光を帯びたオルゴールから、様々な感情が伝わってくる。長い間この家族を見守り続けたのは屋敷だけではない。

 ――嫁いで来たときの不安、子どもが生まれたときに幸せを願ったこと、家族の健康…幸せが訪れるように、幸せを呼び込むように、オルゴールは音楽を奏でた。主人が変わっても、家族はいたから。ありがとう、見守ってくれて。

「オルゴールは最後まで、あなたの幸せも願っていますよ」

 光の粒が宙に溶けていくのに従って、だんだんと光が弱まっていく。

「奥様だけでなく、ご主人にも幸せを届けたかったみたいです」

 依頼人に笑顔を向けると、納得したように頷いた。


 ****


 解除課は様々な場所に赴き調査や解除を担当する。必然、移動のためには足が必要になるため、最新式の機械を導入している。

 帰りの移動車で運転するイルード班長に見惚れないよう、必死に流れていく景色を観察していた。行きは資料と戦っていたのでそんな余裕はなかったが、改めて乗ってみて、かなり移動が楽で感動した。

「今回はどんな感情が伝わってきたんだ」

 最近開発された魔石を使って動く車はけたたましい動力の音に包まれているが、イルード班長の声はすんなり私の耳まで届いた。

「ええと…たぶんですけど、オルゴールは家族全員の幸せを願っていて、奥様だけでなく依頼人も助けたいと思っていることを主張したかったのかなって思いました」

 伝わってきた感情は、切実さとか焦りとか、そんなものも含まれていた。

「鳴りやまなくなったのは存在を主張していた所為、ということか」

「そうですね。そんなところだと思います」

 運転している真剣な表情も格好良い…イルード班長は何をしても様になる。顔がにやけそうになったところで我に返る。

「今回は随分はっきりしているんだな。前回はあんなに支離滅裂だったのに」

 練習として渡されたガラスペンの《祝福》を解除したときは、そもそも感覚を言語化するという経験が無かったのだ。

「イルード班長のお陰で!」

 元気良く返事をすると、イルード班長の雰囲気が少しだけ緩んだ。それが珍しくて班長に顔を向けたまま呆けていると、ちらりと訝しげな視線を向けてからイルード班長は生真面目さを発揮した。

「帰ったら直ぐに報告書を作成するからその感覚を忘れるなよ」

「はいっ」

 釘を刺され、慌てて解除したときのことを脳に刻み込む。

「あ、そういえば、事前に資料を見たのも言語化しやすい理由かもしれません」

 今回の案件は結局、事前に渡された資料の中で一番に目を引いたものが該当していた。

「…君は記憶力がいい方か?」

「記憶力ですか…?悪くはないと思いますが」

 流石に仕事のために渡されたものを頭に入れるくらいはできる。どれだけ私に対する信用がないのか…やさぐれてやろうかと考える。

 しかしながらあの資料を鮮明に覚えていたのは、また違う理由である気が、少しだけしている。

「私、夢を見るんですけど」

「…夢?」

 突然の話題にも関わらず、イルード班長は真剣に返事をしてくれた。

「起きたら内容はほとんど覚えていないんですけど、『夢を見た』ということだけははっきり覚えているんです」

 あまりにもぼんやりしているので、アンルと家族以外にこの話をしたことはないのに、何故かイルード班長には話したくなってしまった。

 イルード班長は、きっと部下の話を馬鹿にしたりなどしないだろう。

「あの資料を見たときに、夢で抱くのと同じ感情を抱いた…と言ったら信じてくれますか…?」

 私の中に僅かに残る違和感。他人にしてみれば荒唐無稽で、何の意味も持たないだろうこの感覚を、どう受け止めてくれるだろうか。

「信じるも何も、そもそもが分からない感覚だからな…否定のしようもないが」

 その何ともイルード班長らしい返答に、私はとても安堵した。


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