おまけ:再開の想い人
折角ブクマをいただいたので、イルード視点のサブストを書いてみました。
前半のイルードをダイジェストでお送りします。
何のために前世の記憶を持って生まれ変わったのか、理由を考えたのは一度や二度ではない。けれども年齢を重ねていくと、確証のない希望に夢見てばかりもいられない。
これまでの人生の失敗を思えば、期待なんてするだけ無駄なのだから。
この人生で恋人を作ろうと思ったのは、そんな期待に踏ん切りをつけるためであり、叶うかどうか分からない望みに縋りつくのがみっともなく思えたからだ。
それは即ち、自分のシュリエに対する想いを見誤っていた、ということだったわけだ。
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他の課員はすっかり帰宅し、薄暗い執務室には上司と二人きりだった。
「そういえば、良いか悪いかは知らないが、情報を持ってきたぞ、イルード」
ザイ課長との付き合いもそれなりに長くなってきた。もっとも、面と向かって話したのはこの人生が初めてであるが。
「今度は何の面倒事ですか」
人が良いのか、この上司は頻繁に局の厄介な業務を拾ってくる。《祝福》なんてものを詳しく分かる者なんておらず、どう方をつけるか上が悩む事件が多発するのだ。今回もまたその類だろうと高を括って冷たく突き放す。
「お?お前いいのかそんな口きいて。ほら」
対して課長は悪戯な笑みを作りながら書類を渡してきた。
「受験者の身上書…?いいんですか?そんなものを見せて」
毎年この”王立魔法鑑定局”には新人が入る。学校からの推薦で試験を受けに来た者たちは、皆身辺を調査される。
「いーんだよ、お前どっかにホイホイ言いふらしたりしないだろう」
「しませんけど」
適当な課長の言葉に呆れつつ、何があるのかと気になってしまい受け取った身上書に目を滑らせた。
クユイ・ガリネ、平民女性。成績は良くない。王立の機関で働く者たちはそれなりに優秀な人材が多いので、ここまで酷い成績など見たことがない。
一体何なんだと思いつつ、更に読み進めていくと、ある記述に目が留まった。
「これ…」
「どう思う?」
「《祝福》しか魔法が使えない…?」
詳細が解明されていない《祝福》を扱える人は少ない。鑑定局には鑑定を専門にする課や、うちのように解除を専門にする課があるが、多くの人は入局してからその方法を学ぶ。
中には局で研修してもコツを掴めずに辞めざるを得なくなったような人の事例もあり、かなり高難度の魔法技術が必要とされる、というのが共通認識だ。
一般的に生活で使うような魔法も扱えない者が《祝福》を扱えるなんて有り得ない。
だというのに、このクユイ・ガリネは《祝福》のみを扱えるらしい。
「その程度の能力で《祝福》だけ使えるなんて、おかしーよなあ?」
課長は独り言つように、小さく零した。
「……」
本当に、ただの偶然なのかもしれない。けれども俺は知っている。《祝福》をかけた張本人が、それほど魔法が得意でなかったことを。
「俺ァ入れるぞ、こいつ」
「まさか…本当に?」
この成績で鑑定局に入った者など、未だかつていただろうか。
「仕事が楽になるならそれに越したことはないからな」
入局前から《祝福》を扱える貴重な人材ならば、採用して然るべきだろう。しかしそれだけの理由で入れてもいいものなのか、自分には分からない。
けれど、シュリエの生まれ変わりの可能性があるというだけで、俺自身にも期待感が生まれてしまっていた。
「なあイルード。新入りが来るなら、教育係をつけなきゃならんよな」
課長はわざとらしく言った。
「……課長」
「なんだ」
「その教育係、私が勤めさせていただいても?」
どうやらシュリエはまだ、俺のことを見放してはいないらしい。
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その日はいつも以上に早く目が覚めた。騎士時代の習慣からか、どの人生でも比較的寝起きは良い方だ。
いつも以上に念入りに身だしなみを整え、いつも以上によく噛んで朝食を平らげる。
なるべくいつも通りの時間にと思っても、着いた時間は明らかにいつもより早かった。
「気合入ってんな、イルード」
「気の所為です」
浮かれるな、浮かれるな。万が一新人がシュリエの生まれ変わりであったとしても、本人がそれを自覚しているかは分からない。
ましてや今の恋人とは関係を深めているところだ。直ぐに心変わりするような男に思われたくはない。
いつもと違う心持ちは課長以外の課員には気づかれていないはずだ。大丈夫、上手くやれる。
そう意気込んで迎えた新人は、予想外の行動に出た。
「…好きです」
目眩がした。
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「どうだ、シュリエ…じゃなかった、新人は」
「あんなに知性のないシュリエは知りません。恐らく何かの間違いでしょう」
どこの世に出会って間もない異性に告白する女がいるというのか。せめてもう少し情緒というものがあったはずだろう。
おまけに本人に前世の記憶はないらしい。
「たまたま《祝福》を判別出来て、たまたま月色の瞳をしていただけの他人です」
「シュリエも書類仕事は苦手じゃなかったか?」
ばっさりと言い捨てる俺の横で、ザイ課長は首を傾げた。
「まあなんだかんだ言いながら、面倒見はいいよな、お前」
課長の言葉にふと手を止めた。気づけば机の上は大量の資料と自分のメモで溢れかえっている。
「《祝福》に関する事柄はできる限り文書に残すべき…でしょう…!」
唇を噛み締めながら頭を抱えると、課長はガッハッハと豪快に笑った。
分かっているのだ。自分が如何にシュリエに執着していたかなんて。新人が期待外れだったとしても、シュリエに近づける機会があるなら手を伸ばしてしまう。
しかしながらこの作業の所為で減ってしまった恋人との時間は、後でどうにかして埋め合わせる必要がある。
シュリエの手掛かりを知れるかもしれない希望と、諦めの悪さに絶望する気持ちの狭間で揺れている。
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強い衝撃を左頬に受けて、俺は目を覚ました。
「フィエロとか、クレアとか…どこの女の名前なんですか!」
目の前の恋人は眦を吊り上げて激昂している。
「前からどこか距離を感じていましたけど、本当は私なんか遊びだったんでしょう!?」
寝起きで彼女の発言の意図が分からず、呆然とその姿を見た。
「すまない…一体何の話だろうか」
「惚けないでください!これで何回目だと思っているのですか!?心に私以外の女がいても、普段は口に出さないと思って我慢していましたけど…もう限界です!」
全く、惚けているつもりは欠片もなかった。要領を得ないが、俺はもしかして寝ている間にフィエロやクレアの名前でも呼んでいるのか?そうでなければ彼女がその名を知っていることなど有り得ない。
これまでシュリエに関わることは殊更慎重に話題に出すことを避けていた。自分が墓穴を掘る可能性はいつも考えていたし、この人生で出会っていなかったとしても他の女の影をチラつかせるのは当然、失礼だからだ。
「その…自覚が全くないのだが、俺は寝ている間に誰かの名前を呼んだのか…?」
「そうよ!もう他の女の影に怯えるなんて耐えられない!シュリエだけなら仕事のことかと思えたのに…さようなら!」
そう言い残して、恋人は出ていった。
まさか夢につられて現実で寝言を零していただなんて。あの月色の瞳の新人と出会ってからというもの、シュリエの記憶が鮮明に蘇ってきている。
これまで朧気だったことまで上書きされているのは、間違いなく新人の…クユイの言動に起因している。
本人に記憶がなければ意味がないと、見ないようにしていても、シュリエやフィエロと似たようなことを言われれば嫌でも意識してしまう。
今回も初任務であの発言があったからこそだろう。
「機嫌を損ねた女性を宥めるのは、どうすればいいんだったか」
寝台に仰向けに転がり、天井の目地を見つめる。
…そもそも自分は彼女と関係を修復したとして、その先二度と同じ過ちを繰り返さないと言えるのだろうか。
そんな取り留めもないことを考えて頬を冷やすのを忘れたのは、本当に大誤算だった。




