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18.成就

「あなたに愛されれば私はそれだけで十分なんです!それでこの《祝福》は役目を遂げるんです!」

 もう限界だった。これ以上言葉を紡いだら何かが決壊してしまう。体中から熱が込み上げてきて、ぐうと喉が鳴った。

 しかしイルード班長はその限界を見誤ることはなかった。

 私が洟を啜ろうとぎゅっと目を閉じたその瞬間、ぎゅうと縋りつくように温もりが私を包み込んだ。苦しいのに、心地良い、その温もりが、頭上で細く声を上げた。

「本当に、いいのか」

「何がですか」

「俺だって長年拗らせている自覚がある」

「今さらですね」

「どんなにうざったがられようが、離す気はないぞ」

「ひぁっ…絶対に離さないでください…やば、鼻血出そう」

「…」

「えへへ」

 沈黙に耐えきれずに笑いを零すと、イルード班長は腕の力を緩めて私の顔を覗き込み、私の頬を両手で包み込んだ。

 その綺麗なかんばせを見上げると、その青い瞳が柔らかく細められる。咲き誇るネモフィラよりも美しい笑みが至近距離で目に映る。

「本当に俺でいいんだな?」

「しつこいですよ、イルード班長」

 心底弱ったように眉を下げたイルード班長は、なんだか可笑しくて、そして愛しい。わざと不満そうな顔を作れば、少しだけ視線を彷徨わせて、それから再び青い瞳がこちらを捉えた。

「クユイ、君を愛している」

「…はい!私もです」

 心の隙間を埋めるのも、物理的な距離を埋めるのも、イルード班長だ。マキトの魂が生まれ変わったイルード班長でなければダメなのだ。ゆっくりと目を瞑れば、唇にかさついた感触。

 イルード班長ったら綺麗なお顔なのに唇はそんな感じなのね、そんなところも素敵。班長を形作るもの全てが愛おしい。

 唇が離れると、イルード班長はまたその腕の中に私を閉じ込めた。それが、どうしても私を離したくないと言っているようで頬が緩んで仕方がない。

「それで、どうやってこれを終わらせるんだ?」

「えっと…《祝福》って、シュリエの祈りなんですよ。持ち主の願いを聴いて、それが叶いますようにっていう、祈りなんです。それが叶えば自然と消えるものなんです」

 三度転生した結果、シュリエが知らずにやっていた《祝福》について分かったことがある。

「だから全ての《祝福》が残っているわけではありません。持ち主の願いが叶わなかったとき、もしくは願いが別の人に引き継がれたときに《祝福》は残ります。そうして持ち主がいなくなり、願いの行き場がなくなると、不和を起こすみたいです。まさかそんなことになるとは思いませんでしたけど」

 元々は人々の幸せを願ってかけていたものだ。《祝福》の所為でよくないことが起こるのはシュリエの本意ではない。

「私が《祝福》に向き合うとき、伝わってくる感情に応えます。そうするとみんな安心してくれるんです。だから、私の場合…イルード班長が言ってくれた通り、”解除”より”成就”の方が近いかなと思います」

 私以外の人が《祝福》を終わらせようとするとき、シュリエが祈った想いは無視して一方的に魔法を消してしまう。けれど私の場合は、行き場を失ったその感情たちを掬ってあげるという感覚だ。私の力で叶えてあげられるなら、それが一番良い。

「つまりですね、このネモフィラも成就させてあげればいいんですよ。ただし、それは私一人ではできません。一緒に、成就させてくれますか?」

 心地よい腕の中からイルード班長を見上げると、優しく微笑んでいた。そう、想いが通じた今だからこそ、このネモフィラにかけられた《祝福》は終わらせることができる。

「じゃあイルード班長、これ終わらせますね。失敗した練習成果を放置するのは私も気が引けますので…」

「ああ…」

 イルード班長から離れ難くて、抱き締められたまま丘を見遣る。それから目を閉じてネモフィラの祈りに集中する。あのときはマキトを想いながら、またこの青に出会えるようにとお願いした。ネモフィラの株一つ一つに語りかけるように約束を結んだ。

 だから、答えはこうだ。

 ──ありがとう、私、生まれ変わったマキトに会えたよ。あなたたちのような青い瞳を持った唯一の人と想いが通じたよ。だからもう大丈夫。

 そうして祈りを放てば、ネモフィラ畑は一面光に包まれた。

「きれい…」

 ネモフィラを包んだ光はやがて粒になって上空に消えていく。地面から浮かび上がる光の粒を全て見送ると、青一色だったネモフィラ畑は、枯葉色にすっかり姿を変えた。

「これで、お終いです」

「…ああ」

 とんとんと背中を叩くと、気のない返事だけ寄越してイルード班長は私を抱き締める腕に力を入れた。

「……」

「……」

「……あの、イルード班長?…終わりましたけど」

 何故か私の言うことを無視するイルード班長の腕をぽすぽすと叩くと、頭上からそれはそれは大きい溜め息が聞こえてきた。

「もったいない」

「へ?」

「シュリエの《祝福》をなくしてしまうのがもったいない」

 その声音はまるで迷子になった子どものようで、私の心臓は爆発寸前だった。

 …何それ、何それ何それ何それ!可愛い!イルード班長どうしちゃったの!!私を殺そうとしているんですか!?

「で、でも…これみんな困ってたんですよね」

「………困っていた」

「じゃあ終わらせないとですよね」

「そうだな……」

 口ではそう言いつつ全く動く気配がない。私をどうするつもりなのか。すっかり忘れていたが私は今現在許可なく立ち入り禁止区域に侵入している不審者だ。そろそろ誰かに見つかってもおかしくない。

「君のことが…クユイが好きであることに嘘はない。ただ…俺は、シュリエの気配が減ってしまうことも…嫌なんだ」

 ぎゅうぎゅうと私を抱き締めながら感情を吐露するイルード班長が堪らなく愛しくて、私の顔はまた脂下がってしまう。

「ふふ…ありがとうございます…嬉しいです」

「俺は酷い男だろうか」

 後ろ向きなイルード班長も貴重だけれど、班長を否定する者は本人だろうと私が許さない。

「そんなことあるわけないじゃないですか!班長はいつだって一番素敵で一番いい男です!拗ねているのも可愛いですし、私はもう死んぢゃうかと」

「想いが通じた直後に死ぬんじゃない」

 その言葉が生真面目さから来るものなのか、愛情から来るものなのか、どちらであってもイルード班長らしいなと思う。マキトもそうやって想ってくれていたのかと想像してしまう私も、酷い女なのかもしれない。

「大丈夫です。実は私…多分ですけど、《祝福》と同じこと、できます」

「え…?」

 驚いた拍子に、イルード班長は私の肩を持ってようやく身体を離した。

「《祝福》ってそんなに魔力も要らないですし、シュリエの記憶があればなんとなく、再現はできると思います」

 はっきりとした手順があるわけではない。シュリエの感覚でやっていたことなのだから、クユイにできない理由もない。

 きょろりと周りを見回して、今日も左手の人差し指に嵌っている指輪を見つけた。

「《祝福》、消えてますね」

「本当だ」

 先日鑑定局で気付いたときには確かに主張していた感情が、今はさっぱり消え去っている。

「シュリエはこれに何度か《祝福》をかけていたと思うんだが、最後には何を…祈ったんだ?」

「えっと…確か、『マキトが幸せに笑っていられますように』って…」

「なるほど。これで俺は本当に笑えたってことか」

 落ち着いたはずの顔に、再び熱が集まる。その笑顔は反則だ。心臓がどこかに行ってしまいそうだ。

「…じゃあ今度は、『イルード班長が一生私と笑い合っていけますように』って祈ってもいいですか」

「一生か。情熱的だな」

 声を上げて笑いながら、イルード班長は私の頭を撫でた。

「今世だけで許してあげようってんだから譲歩ですよ」

「確かに。ではそれでお願いしよう」

 さらりと額に口付けを落とされる。やることなすこと全部甘くて、そろそろ立っているのもあやしくなってきた。

 誤魔化すようにイルード班長の左手を掴んで顔の前でぎゅっと握る。一度息を吐き出してから指輪に唇を近づけた。

 ――イルード班長が一生私と笑い合っていけますように!

 指輪は淡く光ったあと、しんと静まり返った。

「ありがとう」

 そう告げてからイルード班長は同じように指輪に口付けた。その色気をもろに食らって、私はついに腰を抜かした。

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