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17.告白

「馬鹿なことを言うんじゃない。局長にも分からないものが、新人の君に分かるはずがないだろう」

 イルード班長はそう言いながら私から目を逸らした。その行動に私は思わず笑ってしまう。

 班長、あなたはやましいことでもないのに、部下から目を逸らして話したりなどしないでしょう?隠していることなんてバレバレですよ。

「ただの新人には分からないでしょうね。でも、私には分かります」

 にっこりと微笑んで言い返すと、何かを悟ったらしいイルード班長はそのネモフィラと同じ青い瞳を大きく瞠った。

「練習…だったんです。これ。自分でも成功するなんて思えなかったから…生きているものに《祝福》をかけるなんて」

「……」

 あの時、シュリエ自身も完全に《祝福》を理解していたわけではなかった。だからこっそりと、身の回りのもので練習することがあった。

「大好きな人と同じ青が枯れなければいいのになって、そうすればいつでも好きな青を見つめることができるなって…そんな下心もあったんですけど」

「…っ」

 照れながら告げるとイルード班長が息を吞んだのが分かった。あのときのシュリエの気持ちに、マキトは気付いていただろうか。

「たまたま見つけたネモフィラ畑が枯れてしまうのが寂しくて…だから、ずっとこの地に、何回でも咲いてくれたらいいのになって…そう思っていたんです」

 好きな人に関連づいたものをとっておきたいだなんて、シュリエもただの一人の女だったのだ。大魔女である前に、一人の人間だったのだ。

「そうしたら…枯れなくなっちゃいました。だからこれは失敗なんです。でもあのときは…この青が見られるなら何でもいいかと思って。まさかこんなに長い間ずっと咲いていただなんて」

 苦く笑いながら頬をかくと、イルード班長は苦しそうに俯いた。

「だから、私が終わらせます、これ」

 それからゆっくりと私を見据えて、恐る恐るその名を口にした。

「シュ、リエ…」

「はい…マキト?」

 目を細めて微笑むと、ふわり、ネモフィラ畑の上を一陣の風が通り抜けた。

「やっと、会えましたね」

「ほん、とうに…?」

「本当、です。どうしても……あなたを、諦められなくて…っ…」

 どうして今まで忘れていられたのだろう。こんな想い、忘れられるはずなんてないのに。胸がじんと熱くなる。

「今までも、これからも、私はあなたのことが好きです。自分自身に、《祝福》をかけてしまうくらい」

 溢れる想いを堪えきれずに息を詰まらせながら告げれば、イルード班長はぐっと眉間の皺を深くして瞳を揺らした。

「自分自身に…?」

「ええ、そうです。どうしても、マキトだったあなたに愛されたくて、愛される夢を捨てきれなくて」

 頬を熱いものが伝っていく。

 シュリエはずっと、幼い頃からずっとマキトのことを愛していた。しかし自分が誰かを救おうとする度、その気持ちは表に出せなくなって、ついには叶わなかった。《祝福》の力で民への求心力を高めようとした国によって、当時の国王陛下に嫁ぐことになってしまったから。

 だから…だからシュリエとしての生を終える間際、ひとつだけ悪足掻きをしたの。

「まさか、二度転生しても叶わないとは、思いませんでしたけど」

 泣きながら笑うと、イルード班長は苦しそうに顔を歪める。

 一度目の転生は生まれるのが遅すぎて、二度目の転生は早すぎた。どちらの人生でもマキトの生まれ変わりに出会ってはいるのに、その願いは叶わなかった。

「イルード班長…今、恋人さん…いらっしゃらないんですよね」

 こんな訊き方、不謹慎だ。そんなことは分かっていても、全て思い出した私は形振り構ってなんていられなかった。もう二度と、あなた以外と結ばれたくなんてない。

「…いない、が」

 苦しそうにしながらも馬鹿正直に返事をするのがあなただ。紛れもない、マキトの魂を持って生まれ変わったあなただ。

「じゃあ…私と、お付き合い、してください」

 クユイ史上では一世一代の大告白だ。これまでの人生だってはっきり告げたことはないのだから、シュリエの魂史上で四世一代の大告白かもしれない。

「あなたのことが大好きなんです。あなたに、愛されたいんです」

 傍から聞けばなんて自分勝手な告白だろうか。でも、マキトも、マキトの魂が転生したジョルアもナナイも…私のことを気にかけていたのを知っている。

 だから、だからきっとあなたも…。

「君の…その気持ちは、シュリエのものだろう…?」

 そんな私の考えとは裏腹に、イルード班長は顔を歪めたまま冷たく言った。

「…え?」

 予想外の返しに思考が追いつかない。流れ続ける涙をそのままに呆然と瞬きを繰り返していると、イルード班長はなおも冷たく言った。

「シュリエは確かに、マキトを愛してくれていたのかもしれない。何度生まれ変わってもシュリエの魂に辿り着くことへの疑問も、ようやく晴れた。だが、その気持ちは本当に君のものなのか?」

「何、を…」

「シュリエの《祝福》によって強制的に植え付けられているものでないと、どうして言える」

 その時、イルード班長は再び私から目を逸らした。その態度を許せるはずがなかった。

「はあ!?私の気持ちを疑うんですか!?」

 少しばかり言葉が汚くなっても仕方がない。そんなことを言われる筋合いはないのだから。

 イルード班長は顔を背けたまま言い募る。

「疑うも何も!シュリエの記憶を受け継いでいるから勘違いしているだけだ。俺が、どうすることもできなかったから…何の力もなくシュリエを救えなかったから」

「付け上がらないでくださいよ!」

「な、なんだと?」

 強めに言葉を挟んだ私に面食らってイルード班長は顔を上げた。

「ほぼ平民だったマキトに何ができたっていうんですか。それを承知で力を使うことを止めなかったシュリエもどうかとは思いますが、あのときマキトにできることなんて何にもなかったんですよ!だからシュリエが自分に《祝福》をかけたんです!」

 シュリエもマキトも平民の生まれだった。だから国からの命令に逆らえず、お互いの気持ちを隠しておくしかなかったのだ。

「だからこそだろう!それで君のその気持ちが植え付けでない証明になるとでも!?」

 イルード班長がこんなに大きな声をだしているのを初めて聞いた。

「マキトは!こんな言い訳じみたことをうだうだ言いません!そんなマキトを見たらシュリエも幻滅していたかもしれませんね!」

 鼻に皺を寄せて言い放てば、イルード班長は少しだけたじろいだ。

「な…!」

「でも!私はそんなイルード班長も普段透かしている癖にちょっと可愛いところがあるなって思って好きは募るばかりですし!」

「おま…そん…はあ!?」

「そうやって涼しい顔が崩れる瞬間もめっちゃ好きです!これは紛れもない私の気持ちです!」

 この気持ちを疑うというのであれば、正直に伝えるだけだ。今のイルード班長をどれだけ好きか、分かってもらわねばなるまい。

「イルード班長だって、私のこと好きですよね!」

 何てことを断言しているのだろうか。自分でも自分がよく分からないが口は止まらない。ここにいる「イルード」が「クユイ」のことを好きだなんて全く自信もないのに、私はそう口走っていた。

 ああ顔が熱い。脳が沸騰して溶けてしまいそうだ。

 でもそれと同じくらい、イルード班長も顔を真っ赤にしていた。この世界でこの人のこんな表情を引き出せるのは私くらいなものだろう。それだけは自信を持って断言できる。

 けれど返事を聞くのは恐くて、私はそのまま言葉を続けた。

「もう御託とかそういうの、どうでもいいんです!」

 何度生まれ変わったって、この想いが報われないと《祝福》は繰り返す。

「私もあなたもシュリエとマキトの願いがあって今ここにいるんです。お互いにその気持ちを無視するなんてできないんですよ。あのときの二人の想いから逃れるなんて、できないんです」

 それほどに強く願ってしまったのだから。だからもう、今の私たちには理由なんて必要ない。本能のまま、愛し合いたい。

 ぎっとその青い瞳を見上げて、大きく息を吸った。

「何でもいいから溺愛してもらってもいいですか!?」

「でき…!?」

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