14.夢の中の男女
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王城に詰めるようになってからしばらくしてからのことだった。久しぶりに自宅に帰ると真っ先に幼馴染みの元を訪れた。
「マキト聞いて!ついに《祝福》が形になりそうなの!」
外で剣を振るその姿を見つけて直ぐに、声をかけながら大きく手を振る。マキトは汗を袖で拭うと剣を鞘に収めた。
「今日帰ってきたのか?」
「ええ。やっと許可が降りたの。家にも帰らせてもらえないなんて想像もしていなかったわ」
私のこの少しだけ特別な力を国に認められたところまでは良かった。けれどそれからあっという間に、国に管理されるようになってしまった。安定的に《祝福》が使えるように朝から晩まで繰り返し実践を重ねていた。
「そうか、良かったな」
久しぶりに対面した幼馴染みはいつの間にか背が伸びて、体格も良くなったような気がする。私を見つめるその青い瞳にむずがゆさを覚えながら、本題を思い出して顔を見上げた。
「またあなたにも試したいわ」
試したい、だなんてただの言い訳だ。誰かの幸せを祈るための力を一番使いたいのは、家族だって差し置いてあなたなのだから。
「俺なんかに力を使わなくても」
「嫌よ。新しいことをするなら一番はマキトがいいわ」
「俺を実験台にしているだけだろう」
「ふふふ!」
呆れながらも本気では嫌がらないのをいいことに、マキトの持ち物を視線だけで物色する。
ふと、左手の人差し指に気づいた。植物の柄の彫刻が施された金属の指輪だ。宝石がついていないから目立たないけれど、その素朴さがマキトに確かに似合っていた。
「それ、見たことない…それにかけてもいい?」
「これか…」
マキトに知らない装飾品がついているのが何となく気に食わなくて、少しでも自分の存在を示したくなってしまったなんて…本当のことを言ったらあなたはどんな顔をするかしら。
返事をするまでの一瞬に何かを逡巡するマキトに気付いて、どうにかして断られない方法を探した。
「…外さなくてもいいから」
「分かった」
半ば無理やりだったかと反省しつつ、承諾してくれたことに安堵してマキトの左手を取った。目を閉じてそっと魔力を通す。ふわりと温かい風が漂う。そして祈ることは……
――あなたが無事でいてくれますように。心身ともに健やかに過ごしていけますように。
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目を覚ますと見慣れた狭い部屋にいる。当たり前だ。私はクユイで、一般家庭に生まれた一般人だ。
しかし夢の中の私は、青い瞳の知らない男の名を呼んでいた。
「なんだこれ…」
まったく知らない登場人物のはずなのに、《祝福》をかけた女の気持ちが胸に残っている。これではまるで──
「私がシュリエだったみたいじゃない……」
寝台の上に寝転んだまま、シーツの上に投げ出された手をぎゅっと握りこんだ。《祝福》をかけたときの温度がまだ残っている。
さらには、青い瞳の男がしていた指輪が、イルード班長のものと酷似していた。模様が彫られただけの金属の指輪。
たかが夢だ。私が信じなければ存在すらしない幻想だ。こんなもの…信じる方がどうかしている。
自分に都合のいい夢を見るなんて、いよいよ頭がおかしくなったと思われかねない。流石にこんなこと、アンルにも話せないだろう。
ずるずると気怠い身体を引き起こす。今日も仕事だからそろそろ起きる時間だ。イルード班長にどんな顔をして会えばいいのだろう。
「いや…普通に会えばいいでしょう。イルード班長はこんな夢知らないんだから」
はーっと深く長い息を吐き出して、寝台から抜け出した。