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12.男の葛藤


 ****


 ああ…あのときの想いは…まだここに残っていたのね…。

 遠い記憶の中で隠した箱は、あの後どうしたのだっけ。

「シュリエ…」

 暗闇で藻掻くように手を伸ばしても何も掴めなくて、耳に届いた声で私はふいに目を開けた。

「あ、れ…?」

 見慣れない白い天井に自分の手が伸びる。呆然とその手を見つめていると、見慣れた青い瞳のその人が視界に飛び込んできた。

 ──今も変わらずあなたはそんな目で…

「マキ…ト…」

 私がその名を口にした瞬間、その人は青い瞳を見開いた。

「……って誰」

 私は一体誰の名を呼んだのだろうか。そこにいるのは間違いなくイルード班長だ。

「あ、おはようございます、イルード班長」

 挨拶は大事だ。どことなく声を出し辛いが挨拶はしなければならない。

「君は一体何をしているんだ…」

 イルード班長は顔を手で覆って私が横たわる寝台の横に座り込んでしまった。

「私は一体何をしたんでしょうか…そしてここはどこですか?…いてて」

 起き上がろうと身体に力を入れたらあちこちが痛む。よく見れば両腕には包帯が巻かれていた。

「おや…凄い怪我」

「何故そんなに他人事に…ここは医療院だ。館から押収された大量の遺物の鑑定をしていたのは覚えているか?」

 イルード班長はゆるゆると顔を上げた。

 そうだった、ジョルア伯爵とかいう人が溜め込んだ色んなものが鑑定局に運び込まれ、急いでその鑑定をしていたんだった。

「あ、そうだ、箱!箱はどうなりましたか!?いててて」

 飛び上がろうとしたところで再び身体が悲鳴を上げて固まる。痛いところが多すぎてもはやどこを怪我しているのかもよく分からない。

 こんなことになってしまったのも、鑑定の作業中、開けてはいけないという直感に従って先輩たちの作業に突っ込み、爆発のようなものに巻き込まれた所為だ。

「動かなくていい。あのとき、光とともに魔力が弾け飛んだ。その影響で君を含めて三人怪我を負ったが、君が守ろうとした箱は無事だった」

「そうですか…良かった」

 理由は分からない。だけど、とにかく開けられなくて良かった、そう思った。

「君はあれが何だか知っているのか?」

「いいえ、全く。ただ、箱が開けられたくなさそうだったので」

 多分、《祝福》とは違う力だ。けれど、何某(なにがし)かの魔法がかけられていた。その意志が伝わってきた、のだろうか。

「そうか…」

 また適当なことを言ってとか、客観的な事実を言語化しろとか、小言を吐かれるのかと構えたのに、イルード班長はそれだけ言って目を伏せた。

「イルード班長…?」

 私が呼びかけると軽く頭を振って立ち上がった。

「なんでもない。知らないのであれば問題ない…今はとにかく身体を治せ。君を守れなくてすまなかった」

 イルード班長は誠実だ。直角に腰を折って謝罪の意を示す。

「やめてください。私の意思で動いただけです。むしろ迷惑をかけて申し訳ありません」

 本当に、何が起こったなんて分からない。ただ、イルード班長が謝ることではないことくらい、私にも分かる。

「現場の監督責任だ。私が十分に目を配っておくべきだった」

「……」

「班員も見舞いに来ると言っていた。今後のことは、また後で伝えに来る。今は怪我を治すことに専念してくれ」

「はい」

 思い詰めたようなイルード班長が気になる。けれども、何も訊けない雰囲気のまま、イルード班長は帰ってしまった。


 ****


「じゃあお前の予想通りってわけか」

「ええ。高確率で彼女は()()だと思います」

 課員が帰った後の解除課で、ザイ課長の執務机の前に立ち、報告を済ませた。

 《祝福》への向き合い方も、類似した発言も、無意識で出たものにしては出来すぎている。曖昧さを残してはいるが、これはほとんど確信を持った報告だ。

「で?お前はどうしたいって?」

「私は…異動を希望します」

 悩んで出した結論を伝えると、課長はじっとこちらに視線を定めた。

「お前さんほど《祝福》に理解のあるやつもいないと思ったんだがな」

()()には敵いませんよ」

 課長の言葉を嬉しく思いながらも、彼女の顔を思い浮かべて自嘲した。いつまでたっても彼女に振り回される星のもとに生まれてしまった。

 理由を探るその視線から逃れたくて、自分から言葉を重ねる。

「…このままだと私の所為で迷惑をかけることになるかもしれないと…そう思います」

 自然と顔が俯いた。

 彼女は自分といれば間違いなく思い出すだろう。そのときに自分がどうあるべきか、分からないのだ。

 もう俺に縛られる必要はないのに、その記憶があるために想いを信じこまされ続けるなんて、あまりに可哀想ではないか。

 こんな想いを抱くのは、いつだって自分だけでいい。俺から開放されていいんだ、シュリエ…──

 きつく奥歯を噛み締めて改めて顔を上げた。

「…お前は頑固だからなぁ。ただ、直ぐに受理することはできない。考えてはやるよ」

「よろしくお願いします」

 腕を組んで溜め息を吐く課長に直角の礼をして、その日は職場を後にした。


 *


 あれはシュリエが《祝福》という力を自覚し始めた頃のことだ。

 シュリエが「お(まじな)い」をすると良いことが起こったと感謝されることが急に増え、その「お呪い」が何かに影響していると考え始めたらしい。

「だからね、マキト。試しにあなたの幸せも祈らせてほしいのだけれど」

「だからと言われても…どうしたらいいんだ?」

 幼馴染の突飛なお願いに、俺は首を傾げた。

「うーん…何か大事にしているものはある?」

「大事にしているもの…剣とかでもいいのか?」

「もちろん!…マキトは努力家さんだから、無理して怪我をしないように祈るわ」

 剣帯から鞘ごと剣を外して差し出した。シュリエは剣に手を触れて、そっと目を瞑る。

 ──マキトが無理をして大きな怪我を負うことがありませんように。

 そうシュリエが口にした瞬間に、剣が一瞬、ふわりとした光を帯びた。剣に触れているところから温かい何かが伝わってくる。

 それは、確かに「お呪い」と表現するには魔法に近すぎる。剣に残るシュリエの気配がしばらく持続すると考えると、心強い。

「じゃあシュリエのことは、俺が守る」

「ありがとう」

 勢いで口をついた俺のお礼に、シュリエは透き通った黄色い瞳を細めて笑んだ。

 それは、まだ幼さを残した、約束。まだ、幼馴染という距離が許された日の、約束だった。


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