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11.恋文


 ****


 作業を始めてどのくらいの時間が経っただろうか。解除課は二部屋目に移り黙々と作業を熟していく。時折遠くの部屋で叫び声や破裂音が聞こえてくるのが若干恐いが、今のところ解除課は平和に進んでいた。

「あーダメだ、魔力が足りねえ…」

 先程まで集中していたラグー先輩はそう言って床に倒れ込んだ。気づけば部屋全体に疲労の色が広がっている。

「いい時間だな…そろそろ順番に休憩すっかー」

 課長の声にラグー先輩は顔だけもたげて目を輝かせた。

 窓の外は既に日が沈んでいて、混沌とした部屋はより一層妖しさを増している。昼は運ばれてきたサンドイッチを頬張っただけで、碌な休憩も無くここまでくれば、流石にみんな魔力も足りなくなってくる。

「なんだラグー、修行が足りねえなあ」

「魔力無尽蔵の課長と一緒にしないでくださいよ!これが普通です!」

 ラグー先輩は床に転がったまま両手をバタつかせた。

「新人見てみろ、全然平気そうじゃねえか」

「はあ!?何でお前平然としてんだよ!」

「いやなんか…魔力通さなくても《祝福》が分かるようになったりなんかしちゃったりしちゃって…」

 イルード班長の助言の結果、やはり無意識に《祝福》を感知していたらしいことが発覚した。故に、今日一日私はさほど魔力を使っていない。

「お前まじで何なんだよ!シュリエの子孫か!?」

「シュリエに子はいない」

 硬く否定の声を出したのは、イルード班長だった。その雰囲気がやけに冷たくて、ラグー先輩はそれ以上冗談を言えなくなってしまった。

「ラグーには後で特別な魔力底上げ特訓を考えてやろうな」

 その一瞬の緊張を課長が解いた。にこやかに鬼畜なことを言っている。

「すいませんすいませんすいません大丈夫ですまだやれます僕まだいけます!」

 ラグー先輩は素早く膝をついて平謝りだ。課長の特訓とやらにトラウマでもあるのだろうか。

「近くのやつとじゃんけんして勝ったやつから夕飯な。食堂に準備されてるはずだから」

 それから課長の声掛けで一斉にじゃんけん大会が始まった。皆平等にお腹を空かせているので、このときばかりは上司も部下も関係ない。

「ラグー先輩勝負!」

「よし来た!」

 そしてあっさり負けた私は作業に戻るのだった。ラグー先輩はあっという間に食堂へと消える。正に目にも止まらぬ早さだった。

 魔力は残っているものの、集中力はほとんどない。

「イルード班長…これ今日どこまでやるんですか?」

「危険なものが無いか確認が取れるまでだ…が、粗方片付いてきたから君たちはそろそろ帰せると思う」

 ぐるりと部屋の中を見回してから、イルード班長は額に浮かぶ汗を拭った。少し乱れた前髪に色気が感じられて見惚れてしまう。

「遅くまですまないな」

 困ったように眉を下げた。その表情には撃ち抜かれた。胸が苦しくて吐きそうだ。

「どうした、体調が良くないのか?」

「いえ…むしろ元気になりました…ありがとうございます…」

「は…?」

 部屋全体が疲労で淀んだ空気の中、イルード班長の声にも覇気はない。

 冷静に考えてみれば《祝福》がかけられたものが危険なことになるとは一体どういうことなのだろう。先日のオルゴールのような事例であれば、確かに持ち主に害は起こるだろうけれど、ここに置いておくくらい何てことはない。

 そんなことをぼんやり考えながら作業を続けようとしたとき、部屋の隅の声が耳に入ってきた。

「この箱なんだと思う?」

「開かないの?」

「中身に《祝福》の反応がありそうなんだけど、蓋が開かないんだよね」

 三班の先輩たちは、片手で持ち上げられる大きさの素朴な木の箱を囲んでいる。

 《祝福》は鑑定局にとっても国にとっても貴重な資料だ。可能な限り分析して記録をつけるために、部品一つまで《祝福》がかけられている範囲を特定しなければならない。

 開かない箱なんて大変だなぁと他人事な感想を抱いたところで、違和感を覚えた。

 ──開かない箱を開けてもいいのだろうか。

「引っ張っても開かないし、何か魔法で閉じられてるみたい」

「魔法は無効化できんじゃない…あ、これ鍵穴っぽい」

 先輩たちは鍵穴を覗き込み、それから手を翳す。

 ──どうして()()()()()()のだっけ?

「…だめ」

 何かがダメだと叫んだ。だから私はそれに従って、考える前に走り出した。

「行くぞ」

「ダメ!」

 一目散にその箱へと駆ける。「開けないで」と心の奥底の何かが叫ぶ。絶対に開けてはいけない。

「開けたらダメ!!」

「なっ…何をしている!」

 急に割って入った私を先輩が止めるが、一歩及ばなかった。私の下手くそな魔法と、箱を開けようとした先輩の魔法がぶつかり鍵穴で弾け飛ぶ。眩い閃光と、耳を潰すほどの爆発音が辺りに広がった。

「うわあっ…!」

「何が起こった!?」

 咄嗟に周囲に防御陣を敷こうにも、私の未熟さでは間に合わない。一瞬の出来事で、自分がどう行動したかも理解していなかった。

「クユイ!!」

 遠くで幼馴染が自分の名を叫ぶのが聞こえる。大丈夫だよって、伝えたいのに…身体が動かない。どうして…?

「おい!大丈夫か!?」

 イルード班長は焦っていても格好良いな…そう思ったのを最後に、意識は暗闇に沈んでいった。


 *


 豪華な装飾が施された部屋には書物机があった。飴色の立派な造りが、暗闇の中、ぼんやりと灯りに浮かぶのが好きだ。

 ここで暮らすようになってから数ヶ月経つというのに、どうにも寛ぐということが苦手で、気づけば小ぢんまりとしたこの書物机が私の居場所だった。

 今後のための教育を頭に入れなければならないのに、近頃はどうにも集中できない。理由ははっきりしているのだから、どうにかしなければ。そう思えば思うほどそのことを考えてしまう。

 俯くと腰まで伸ばした黒髪が視界を狭める。

「はぁ…重症だわ。今更こんなことを考えるなんて、陛下にも彼にも失礼よ」

 溜め息を吐きながら机に突っ伏した。分かっているのだ、自分がどうあるべきかなんて。

「そうだ!心に溜めているから行き場をなくすのよ。吐き出してしまえばいいのではないかしら」

 良いことを閃いた。しめしめとしたり顔で机の引き出しから便箋を取り出す。

「彼への思いをここに閉じ込めて、二度と開けなくしたらいいのだわ…そして……忘れてしまいましょう」

 自分勝手な恋心なんて忘れてしまわなければならない。だからこれで最後にしよう。

 剣を振るときに眉を顰めるところ、話す前に瞬きをするところ、私を気遣って差し出す右手、真摯に見つめるその青い瞳。あげたらキリがないけれど、確かに私の心はあなたにあった。

 ペンを置いて便箋を丁寧に折りたたんでから封筒にしまう。封蝋を垂らして閉じてしまえば、もうお終い。

 けれど…彼を想っていた証を完全に捨ててしまうことなんてやっぱりできなくて…。

 いつかこの想いが成就するように《祝福》をかけて箱に閉じ込め、それから誰にも開けられないように秘密の魔法をかけた。

 私以外の誰かが開けようとすると、良くないことが起こるように。


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