第7話 作業開始。
それの登場は、衝撃波を伴っていた。
床に打ち捨てられていた人間たちが、その衝撃波でさらに壁に押し付けられて、ぐぎゅうと声を上げる。
壁に残っていた飾りが割れ砕けて床に落ちる。
召喚された人間だけを避けた衝撃波をもたらした主は、白い車体を輝かせてその場に鎮座していた。
「……ほんとにハイエースだ」
「仕事には使いやすい車だからね」
前近代的な地下室にハイエース。
なんともシュールな光景である。
「いつものハイエースだな」
と、これは義父。
「そうですよー」
「道具は積みっぱなしなんか?」
「積みっぱなしですねえ。猪と同じで、いつ出くわすか判らないですから」
言いながらナオキは後部座席を開けて、ごそごそと蓋つきボックスを二つ引っ張り出してきた。
「オレとお義父さんは作業するからまだ残ってるけど、そっちの三人はそろそろ帰ろうか」
「は?」
「この骨董品で還るの危ないから、オレのやつ使って送るよ」
そしてまた車の中から取り出してきたのは、金属製のペグだった。
「何に使うんだ、それ」
「骨董品も回路を破損させておこうかなと。その方がオレが持ってるのを使う時に安全なんで」
「ああ、それでぶっ壊すんか。手伝うぞ」
「じゃあお義父さん、そっちの三角っぽい模様の書いてある床石の周り、ちょっと削るんで手伝ってください」
「おう。どうすりゃいい」
「魔法を使って周りを少し掘るんで、石が落ちないように、隙間にこれ突っ込んでくれますか」
「ここは魔法頼みか」
「手で石を割るの、めんどくさいんで。っと、その前に」
また車内をごそごそして取り出したのは、網だった。
「ああ、あいつらに掛けとくわけか」
「逃げられたら面倒ですから」
壁に押し付けられた、というか叩きつけられた上に、壁際にいる者は何人分かの体重が押し付けられて、息をしているかどうかも不明であるが、ナオキはそのへん気にしていない。床を引きずり回された時の傷に呻いている者もいるが、聞こえないことにしたらしい。網をかぶせて絡めて、そのまま戻ってきた。
「あ、粉塵が出るからみんなマスクつけて。使い方は判るかな」
使い捨ての防塵マスクを配り、若者三人が着用したのを確認してから、ナオキは石の隙間に指をあてた。
埃か土かよくわからないものが舞い上がり、あきらかに自然なものではない風に巻かれて部屋の隅っこへと流れて行く。かなりの量が出てきたところで石が傾きかけ、それを義父が足で踏んづけて傾きを正し、隙間にペグを打ち込んだ。
何本かペグを打ち込んだところで、ナオキが作業をやめて立ち上がる。
「で、どうやって割るんだ」
「石の下の土にあるのが本体なんで、石は割らなくていいです。下まで掘ったんで、これでもう大丈夫ですよ」
「なんだ、上に描いてあったのはハッタリかなんかかい?」
「儀式をやるときの目印ですよ。石で埋めちゃったら、どこに中心があったか分からなくなるし」
だから石に全く同じ模様を描いてわかるようにしてあっただけです。と説明したが、若者のうち二人が首をかしげていた。
「石に書いてあるのも、魔法陣ですよね?」
「石と石の間で、線が途切れてるでしょ。あれだと回路がつながってないの」
「回路…なんですか」
「うん」
作業靴の踵で魔法陣の一部をコツコツしながら、
「この、ここに書いてある文字っぽいのはただのハッタリだねー。本体はこの模様と真下にある同じようにつながった線と、ここのごちゃっとした丸い絵がある真下に埋まってる装置」
と、説明するのに、
「装置!?」
と一人が大声を出した。
「そりゃ、魔力流してモゴモゴ呪文唱えただけで時空をどうにかできたりしませんて。魔法って呼んでるけど、別世界の技術だからね?」
「ええええええ……さっきは魔法使ってたのに」
若者の一人が、明らかにがっかりした顔になっていた。
「風を起こすくらいなら、装置は要らないけどねえ。あれも、空気を動かす魔力回路を使ってるんだよ。見えないけど」
「指くるくるしたのって」
「あれで回路描いたんだねー」
「魔法陣じゃないんだ……」
「電気と同じで、見えない何かが流れてるってのが魔力の本質だから。電気と同じやり方で行けるんだよ」
「異世界技術が電気と同じって」
「んで、複雑なパワーエレクトロニクスと同じなのが、この下にある装置ね」
そして今度は丸い模様を踵でたたく。
「なんか今度はSFな話になっとる!?」
「夢があっていいだろ?」
「世界観がバグってますよ!」
力いっぱい言い返してきた若者に、ナオキの耳が少ししょげた。