第3話 現実はわりと残念。
「なんだ、小便でも我慢してるのか」
ぼそっと悪気なく呟いた義父の言葉に、ナオキが遠慮なく笑った。
「儀式前にお茶でも飲み過ぎたんですかね」
「あの体形だと、ビールの飲み過ぎじゃねえの」
あきらかに怒りで顔を染めている派手な服の男は、突き出た腹と、むっちり肉のついた指の持ち主で、首は脂に埋もれて所在が分からなかった。
「かなりキレてるっぽいけど、殴りかかったりしないね」
と、若者の一人が不思議そうに言う。
「NPCならそんなもんじゃない?」
VRがどうこうと騒いでいた一名が、そんな事を言った。
「ああ、俺の命令聞けって言ってあるからだね。話を聞けって命令したから、それ以外はやりたくてもできない」
そしてナオキが説明。
「エルフの魔法すげえ」
疑問を口にした若者が、素直に称賛した。
「でもエルフなのにアバターのファッションセンスがイマイチ」
そしてもう一人も素直にそんなことを言い。
「オレは工事のおっちゃんだから、作業着でいいの」
と、ナオキ。
現代日本に生きるエルフなんてそんなものである。
ちなみに作業着のズボンはニッカボッカではなく、カーゴパンツ型である。
「え、工事の人?」
「電気工事屋さんですよ。休憩時間だったから、道具は身に着けてないけど」
「エルフが普通に工事してるんだ」
「エルフな日本人ですから?」
「いや日本人とか言われてもイメージ合わないよ!?」
「日本国籍なんだから、日本人です」
どやぁ、として見せるナオキ。
ひたすら残念な美エルフがそこにいた。
「うわー、イメージが……」
「現実はいつも斜め下を行く物なのだよ、若者よ」
HAHAHA。
胸を張って笑って見せる残念エルフに、若者三人が微妙な顔になった。
そして
「ナオキ君、それ孫に言って怒られてただろ」
義父のツッコミはどこか容赦がなかった。
「怒ってましたねえ。エルフのイメージを損なったから訴訟だー、なんて喚いてましたよー」
「訴訟もなんもねえだろうがよ。あいつ、なにを夢見てたんだ?」
「ほら、あれもナイスバディな美女で興奮する年じゃないですか?エロフに憧れがあったみたいですよ」
「……なるほどな」
目の前の残念エルフを見る限り、女性エルフとてお察しである。
それでも夢を見てしまうのが、思春期男子であるのだが、しかし。
「現実の女性エルフはお祖母ちゃんと伯母さんたちのわけで」
「あ~、うん、なるほど。サクさんの性格じゃなあ」
「母だけじゃないですよ、姉もご存じのとおりですからね」
「そら、エロ小説みてぇな夢は粉砕されるな」
憧れのファンタジー美人が実は身内、それもノホホンとした父と対照的にしっかり者の伯母や祖母という現実。
夢見ていたい多感なお年頃()の少年にとっては、キツい話である。
「あの、お話し中すみません。あそこの人どうしますか」
中年と年寄の掛け合い漫才を、若者がおずおずと遮った。
「あ~、どうする?話聞いてやる必要、あるんか?」
年寄は全くやる気がない。
「情報だけ吐いてもらえば良いんじゃないですかねー。というわけで真実だけ語れ」
「……なんか、すっごい雑に扱われてるっぽい」
ぼそりと若者の一人が言ったが、魔法をかけられた相手は間違いなく、雑に扱われていた。
エロフに憧れる少年は、スレンダー美人でしっかり者の祖母という現実に涙するしかないのですよ(合掌)