第2話 危機感?そんなものはありません。
作業着エルフと爺さんの掛け合いは続きます。
「ええっと、状況わかんないんですけど……」
困り切った顔になる若者たちに、ナオキと義父がうなずいた。
「安心して、オレらも判ってないから」
「安心材料になんねえだろ、それ」
「お義父さんツッコミストですよね」
「ナオキ君が婿に来てからそうなったんだけどな?」
「お義父さんの修行のお力になれたようで、なによりです?」
ニコニコしながら会話する作業用ジャンパー姿の中年エルフと、長靴に野球帽の日本人高齢男性。
ズレた話と弛緩した空気に、三人の若者から緊張感が消えた。
「っと、話を元に戻すとね、たぶん、あの人らが召喚したんだと思うよ」
「……はあ」
緊張感は消えても、状況を理解できるわけではない。
「召喚って、どこから」
「君ら、日本人だよね?」
「あ、はい」
「たぶん全員、日本から呼ばれたね」
「え?」
若者のうち二人の視線が、ナオキの耳に向けられた。
「エルフのアバター使ってんでしょ」
残る一人は、それで無理やり納得したらしい。
「あ~、これ実物。オレ、異種族だから」
「は?」
「知られないようにしてるけど、日本にもエルフ住んでるからね」
「うそ、マジ?」
「マジ。オレで三代目だし、戸籍もあるよ?」
「え、なにそれ、どうやって移民したの」
「第二次大戦後のどさくさ紛れで祖父母が戸籍作って。それ以降、日本人やってるんだよ」
「はあ……?」
「ま、オレの話は横において。今はこの状況をどうするかが問題だねえ」
そう言いながらナオキがぐるっと周りを見る。
暴風で床に叩きつけられた面々がようやく、ヨロヨロと立ち上がるところだった。
「……何か言ってるけど」
「言葉わかんない」
「こういう時って、翻訳魔法とかあるんじゃないの?」
周りを囲んでいる人間のうち、一番飾りの多い服を着た男が何か捲し立てていた。
「ありゃあ何言ってんのか、さっぱり分かんねえな」
緊張感のかけらもなく、腕を組んで首をかしげている義父の言葉を聞いて、
「あ~、ちょっと待ってくださいね……判る言葉で喋りやがれ、話を聞け、オレの言う事に従え」
ナオキがひらりと片手を振ると、捲し立てていた男の体が光り、喋っていた言葉の音が消えた。
「なんでそこでラテン語なんだ」
義父が突っ込んだ。
「雰囲気です。ちなみにインチキラテン語なんで、雰囲気だけです」
「雰囲気出すだけなら、ご先祖の言葉で良いじゃねえか」
「オレ、そんなに喋れないですよー」
笑顔で誤魔化す中年エルフ。実に日本的な対応である。
「おいおい。ナオキ君が喋んなかったらエルフ語が消えっちまうだろうがよ」
「祖父母の声は録音してあるから大丈夫ですよ」
そしてこのエルフ、やってる事も実に日本的だった。
「孫にはエルフ語も教えてやってくれや、先祖の言葉なんだからよ」
「うちの子、興味ないって言ってましてねー」
「そんで良いんかい」
「まあ良いんじゃないですかね?日本にいる純血エルフはオレの親世代で最後ですし?存在しなかったはずの種族が存在しなくなるだけですよ?」
「あっさりしてんなあ……なんか勿体ねえな」
「拘らない性格が種族特性らしいですよ」
「良いんだか悪いんだか」
「あのー、あの人なんかプルプルしてますけど」
若者の一人が、顔を真っ赤にしてぶるぶる震えている、派手な服の男を指さしてそう言った。
そこでラテン語と分かる義父も相当なもんですな。