第12話 きれいにしてから帰りましょう
水を探してみた結果は、というと。
「……こりゃあちょっと、なあ」
魔法で試験的に呼び込んだ結果、なんだか濁った水が、バケツにたまっていた。
「やめたほうが良さそうですねえ」
ナオキも眉を寄せて首を横に振っていた。
「井戸水がこれか。よく腹壊さねえな」
「壊してるんじゃないですかね?下水が井戸水に染み出してるみたいですし」
「そこまで判るんか」
「水を追跡してみたら、トイレっぽいところから井戸につながってましたんで」
「魔法ってのは便利だなあ」
感心している義父の前でナオキが指を振り、水を消した。
「水、どこやったんだ」
「元の井戸に戻しました」
「バケツ、消毒してからしまったほうが良さそうだな」
「漂白剤のスプレーあるから、それ使いますかねー。機械には使えないですけど」
言いながらナオキはハイエースのドアを開け、中に据え付けたスチールラックから霧吹きを持ってくると、手際よくシュッシュとスプレーし始めた。
「そういや、いつもはどうやって消毒してんだ?汚え場所にも行くんだろ」
「魔法薬があるんですよ。高いんで、できれば使いたくないですけど」
「売ってるんか」
「はい、同族集会で買えるんで」
「同族集会?」
「エルフって、あっちこっちの世界に散らばって住んでるじゃないですか。そのままだとそれぞれ孤立しちゃうんで、定期的に大集会があるんですよ」
「へえ、祭りみてえなもんか」
「だいたいそんな感じですねー。今年はトモを連れて行こうかなと」
「ヒロはどうすんだ?」
「行きたいって言ったら連れて行きますよ。トモはオレの副業を継ぐ気があるみたいなんで、そろそろ同族と顔合わせさせとくほうが良さそうで」
話しながらも手際よく消毒し、風を起こして乾燥させ、畳んでハイエースに積んでいく作業の手は止まっていない。
ベテランらしい手際の良さが光っていた。
「なるほどなあ。機材や材料もそこで仕入れられるってことか」
「そーなんです」
「金は?日本円使えるのか」
「換金は可能ですねえ。あと、ちょっとした土産を売ったりしてます。トモの手芸もけっこう売れまして」
「ああ、編み物とか好きだもんな」
「器用ですからね。今年は自分で売らせてみようかと」
「お、いい経験になりそうだな?」
「売れ筋が分からないー、って頭抱えてゴロゴロ転がってましたけどね」
HAHAHA。
能天気に笑う中年エルフは、どこにでもいるオヤジそのものだった。
「さてと、あとはお義父さんの機械だけですね。……水が調達できないし、使うしかないかー」
ぼやくように言いながらツールボックスから取り出したのは、植物を棒状に圧縮したものだった。
「スモークウッドか?」
「あたりです」
「燻蒸か、時間かかりそうだな?」
「そこは魔法で短縮です。お義父さんが土は落としてくれてるから、そんなにかからないですよ」
喋りながら義父も作業を終えていたので、ナオキは風を起こして機械に残っていた埃を吹き飛ばし、ごみの混じった風は地下室入り口に向かって排気。人間を通さなかった防壁の向こうで、風に煽られた連中がコケたりぶつかったりしていたが、もちろん、残念エルフは気にしていなかった。
そしてスモークウッドに火をつけて、もくもくと煙が上がったところで、風を起こす。煙でバックホーを包み込むように風を操ったところで、
「あとはしばらく、放置です」
と、伸びをしながら言った。
「どのくらい保つんだ、これ」
「十五分くらいは大丈夫です。なんか飲みます?お茶ならありますけど」
「おう、貰おうかな。そういやあ、ここの連中は茶も出さなかったなあ」
「人を呼んで何かして貰おうって態度じゃあないですよねえ、あれ」
「失礼な奴らだよなあ」
「オレらが礼儀を守る必要って」
「ねぇだろ、そんなもん」
「ですよねー」
ペットボトルのお茶を飲みながら、待つこと十数分。
「煙の色が変わったな?」
白っぽかった普通の煙が、いきなりピンク色に染まっていた。
「ああ、燻蒸終了すると色が変わるんです。判りやすいでしょ」
「便利だな。いくら位するんだ」
「日本円で五千円くらいかなあ?今はもうちょっと高いかも、これ、少し前のやつなんで」
「エルフにとっての少し前って、どのくらい前だよ」
「やだなあ、オレの寿命よりは短いですよ?」
喋りながら片手を振って、煙を散らす。
「じゃ、戻りますか。車ごと戻るんで、お義父さん助手席に乗ってください」
「おう」
「まずバックホーを先に戻しますねー」
ポケットから取り出した紙をバックホーにぺたりと貼り、その場から消す。
「じゃあ戻りますよー」
緊張感とは全く縁のない声で残念エルフがそう言った直後。
地下室からハイエースが消え、そこに生じた真空に向かって空気がなだれ込み、地下室に突風が吹き荒れた。