9.神崎所長-上田君-
全42話予定です
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――そう言えば、いくら相当数を引き抜いたとはいえ、警備の人間以外の研究者が一人もいないなんて。
「ここですか」
隊員がカズに聞くそれまで、誰にも会わなかったのだ。
カズは頷くと、自分が所持していた九ミリのオートマチックの軍用拳銃を構えて弾を装填する。
「みんなはここで少し待っていて欲しい。これはオレと所長との話だ。もし、研究者がいたら捕縛しておいて」
と指示を出してドアをノックする。
「入りたまえ、空いている」
くぐもった、しかししっかりとした声で中の住人が返事をする。
「失礼します」
そう言って銃を構えてドアを開ける。
そこには見知った人間の顔があった。
「神崎所長」
「上田君」
確かに二人とも覚えていた。
「研究者の人たちは何処ですか?」
との質問に、
「ここには私以外いないよ」
と答える神崎の顔色、声質ともにカズが覚えているそれと同じものだ。とても理知的で怒鳴ったりせず、ただ淡々と会話を続けるその姿はまさに記憶の中にいる神崎そのものである。その表情にはいつものよう微笑みがにある。
「それは移送された、とう事ですか?」
あくまで銃は下げずに尋ねると、
「きみたちの作戦はね、半月ほど遅かったのだよ。もちろん私だって事前に知っていた訳ではない。だが、敵襲の報を私は一人で聞いていたのだよ。そう、ちょうど半月前になるか[研究を統合する]と言われてね。残っていた研究者はみな渡航していったよ。そしてこの施設は取り壊しが決まっていた」
――そんな話は聞いてないぞ。日本のどのあたりがその情報を持っていたんだ?
カズが顔色を変えたのを察したのか、
「きみたちが日本政府を恨んでも仕方のない事だ。ここは現在、帝国領だ。当然その秘密は帝国の中枢が握っている。移送の話も、直接帝国の人間が連れて行ったよ。そして、私に[あとの施設は取り壊すように伝えろ]とだけ言い残して去っていった」
と言ったあと一呼吸置いて、
「きみたちがこの地に来たという事は、今はもう帝国領ではなくなったのかな。だが、きみがここで何かをするには余りにも遅すぎだよ」
と告げた。
「ではこの施設には……」
「ああ、何も残っていない」
――それは、まぁ何というタイミングの悪さだろうか。何処とは言わないが、同盟連合の中枢の国がもう少し早く縦に首を振っていてくれていれば。まぁ、でもその可能性も想定はしていたけれどさ。でもね……。
カズにそう思わせる程にはこの作戦は遅かったのだ。そういう意味では、今回の作戦の成果としてはイーブンと言えるだろう。日本という[国]は取り返せたが[研究]は全て持っていかれた。
カズが渡航する際にある程度のデータは持ってきたし、置いてきたデータに細工もした。だが、データとしてはどんな形であれ、ある程度は残してきたのだ。
それが帝国の手に渡ったとなれば、それは追試を行えばある程度のあぶり出しが出来る。それが出来るし、出来るだけの研究施設がある、というのも想像に難くない。何といっても国土では陸上の約半分を占有する帝国である。そして人口も、ほぼそれに匹敵するだけの人間がいる。
そしてその政治体系、背景故に人体実験が同盟連合よりも容易であるのも想像がつくというものである。
「では、貴方は何故ここに残っているんですか?」
カズの素朴な疑問だ。
――確か、所長も研究者だったはず。
「もちろん、ここの後処理というのが一番大きいよ。何せ解体、もしくは破壊するよう言われていたからね。数日後には解体業者がやってくるだろう。だが、今日ここで同盟連合の侵攻という報を受けたんだよ、上田君」
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