6.高く買ってくれるのは嬉しいけど……-きみたちの傍にいさせてくれないかな?-
全42話予定です
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「確かに高く買ってくれるのは嬉しいけど……」
千歳も言葉に詰まる。それはそうだ、自分たちの権限で同僚である研究員をも実験に使うなんて。
だが、カズもそうだが[今更どの口がそう言う?]と耳元で囁くのも事実なのだ。だからだろう、千歳の口からはそれ以上続くべきはずの[そんな事できない]とか[かわいそう]の言葉が出てこないのだ。
「実験の件は確かに理解はした。ちなみに所長はあなた方が拘束している、という認識でいいのかな?」
カズが隙間に疑問を刷り込ませると、
「その話は……まぁいいだろう。きみの言う通り、現在、この施設は完全に我が方の手中にあって、制圧しているのも我々なのだ。そしてきみたちがデータの吸い出しを行っている、まさにその作業の権限が誰にあるかを考えてもらえば分かると思う」
男の言う通りだ。
通常、研究データの閲覧はレベルの差こそあれ、自分のセクションのものであれば見る事が出来る。だが、他のセクションのデータとなると許可が必要なのだ。それは、機密保持の観点から徹底されている。そして、機密保持の観点からデータのコピーは余程の事がない限り自分のセクションのものとはいえど不可とされている。
――だわな。でなけりゃこんな作業はまずプロテクトがかかって出来ないはずだし。
そう思いながらもデータの吸い出し、つまり外部メディアへのコピーが出来ている事を考えればセキュリティーが既に機能不全を起こしているのは一目瞭然だ。
そして、機能を停止させることが出来る唯一の人間、それがこの研究所の所長であるのも自明の理だ。
だから現在、自分以外の研究データも吸い出しを行っているのだから。
男たちに監視されながらもそれはほどなくして終わり、
「これからどうするんだ?」
カズが聞くと、
「もちろん、データの改ざんを行ってもらう。データは消去するより改ざんしたほうが、敵の手に渡った時に効果を発揮してくれるからな」
――この人のいう通りだ。データの改ざんほどされてめんどくさい事は無い。事実かどうかの追試に手間を取られるし、
「追試を行うのにまた人の命が供されるのね」
恵美が口を開く。
「ああ、分かってる。でも今のオレたちにはそれしか出来ないんだ」
カズが何とか折れかかっている恵美の心を繋ぐ。
それは直ぐに効果を発揮したようで、
「そう、だよね。私たちはこれから別の国に行くんだもんね」
――そう、今までよりもより自由に研究が出来る。オレにしてみればどの国か、なんていうのは関係ない。この研究を成し遂げたい、ただそれだけなんだ。
カズだって研究者間端くれだ、そんな感情を抱いても仕方のない事だし、
「そうだよね、この道で行くと決めた時にそれは分かってたことだもんね」
と千歳に言わせるほどには研究心が残っているという事なのだ。
「もちろんも、その為のポストだ。存分に発揮してほしい」
男がそう言ったのを覚えている。
――――――――
「まぁ、オレたちはそれでもいい方だと思うよ。優遇もされていたしね。それより……いや、止めとくよ」
カズは思うところがあったのだが、
――傷になってもね。
と思い、ゼロゼロに聞こうとした言葉を飲み込んだ。
「私がサブプロセッサーになった事?」
「しかし、何でこんなにするりと、って分かるか。そう、そうだよ」
カズが苦笑すると、
「前に言ったじゃない[きみたちの傍にいさせてくれないかな?]って。その最善の手段がこれだったってだけだよ。それに、その……」
ゼロゼロ、いや恵美は以前に[脳を摘出したあとの身体を冷凍保存して欲しい]と申し出たのだ。それは、いずれ来ると信じているチトセの解放の時、その時には自分の躰を使って欲しい、と。そうすれば数年は生き延びられるだろう、と。そう言ったのだ。
[自分の躰を使って欲しい]この言葉の真意は、もちろん本人しか分からないが、あの時確かに恵美は[カズ君が好きって言ってくれるのは、私の躰なんだ]と言った。おそらくはそれが真意なのであろう。
「あぁ、きみの申し出は確かに受け取ったよ。ありがとう、その時が来たら使わせてもらうように今は冷凍保存されているよ」
と言ったあと、
「おしゃべりはここまでみたいだね」
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