22.もしもし?-私、だよ-
全42話予定です
曜日に関係なく毎日1話ずつ18:00にアップ予定です(例外あり)
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その作業はゼロゼロ、いや恵美にとっては至極簡単な事だ。ただ記憶にある番号に[繋げたい]と思考するだけで、あとは生体コンピューターが細かい処理は行ってくれる。そして、実際に至極簡単にそれは繋がった。
「もしもし? 襟坂ですがあなたは誰ですか?」
恵美の父親が電話に出る。
「私、だよ。久しぶり。元気してた?」
恵美がそう言うと、
「め、恵美、なのか!? てっきり死んだものと聞かされていたが」
驚きを隠せないでいるようだ。その父親に、
「今日の騒ぎは知ってる?」
と尋ねる。
「もちろん知ってるさ、母さんと一緒にテレビを見ていたんだ」
そう父親は返す。
「そうか、私、いま日本に来ているの。そうだ。ゴメンね、私のせいで迷惑をかけちゃったよね? 電話に出られるって事は解放されたんだね」
一番聞きずらい事を聞くと、
「いいんだ、いいんだよ。お前さえ生きていてくれれば、それで……」
言葉にならない。最後の方は声が震えていた。
「もしもし?」
女性の声に代わる。
「お母さんもゴメンね、迷惑かけちゃって」
同じ事を繰り返して伝えると、
「大丈夫、軟禁された人たちは普通の生活を送っていたわ。ただ電話とか人と会うとかが出来なかっただけ。何かされた訳じゃあないの」
その声を無意識に声紋解析にかけてしまうのは、それ程には疑ってかかっているという事の表れなのか、それとも純粋に真意を確かめたいのか。
結論は[シロ]と出た。
「そっかぁ、なら良かったんだけど。心配したよ、って私が言うセリフじゃあないよね」
「これから会えないか」
当然そういう質問が来るであろう事は想定していた。
その質問に、
「ゴメンね。想像のとおり、私は今は軍にいるの。そして自由が利かない身なんだ。この回線も隠れて繋げてるの。ただ二人が心配で、何とか協力者と手を尽くして今こうして話してるんだ」
そう言ったあと、
「二人にはどうしてもこれだけは伝えたくて」
恵美はそう置いたあと、
「生んでくれてありがとう。育ててくれてありがとう。そして自由にさせてくれて本当にありがとう。形はどうであれ、今の私は幸せだよ」
偽らざる今の気持ち。発声時間にすればたった十秒ちょっと、だがそれが恵美の偽らざる気持ちなのだろう。
「私たちこそ、生まれてきてくれて、無事に育ってくれてありがとう。お前が幸せならそれでいいんだ、いいんだよ」
途中からスピーカーフォンにしたのだろう、父親がそう語り掛けてくる。
しばしの歓談。だがそれも余り長くはしていられない。次があるのだ。
「お父さん、お母さん、さっきも言ったけど私は今、軍にいるの。そして私がいるセクションは部外秘になってるんだ。だから日本が同盟連合になったとしても会う事は出来ないの。それでも、通信が出来るようになればまた電話くらいかけられるから」
恵美がそう話をくくろうとすると、
「恵美、お願いがあるんだ。音声通話をして来たという事は顔を出せない何か事情なのか、それともさっき言っていた、手を尽くした結果なのかは分からない。だけど一目、お前の姿を見られないだろうか?」
この時代の電話はホログラムの発達もあり、環境が整っていれば立体映像で通話が出来る。それでなくともビデオ通話は昔から日常に深く溶け込んでいる技術だ。
だが、知ってのとおり恵美は、今はゼロゼロだ。そして彼女には写す身体がない。
それでも、
「長くは続けられないけど」
そう言って、恵美は自分が開頭手術を受ける際に撮った記録データから全身をモデリング、それに衣服のモデリングをオーバーライドさせて自画像を作り、適当に作成した背景を合成して、照明の明かりを少し照らして自然な感じを作り、
「これが今の私、だよ」
そう言うと、ロングスカートのすそを両手でピッと横に引っ張って片脚を前に出し、身体を少しひねってポーズを作って見せたのだ。それくらいゼロゼロの演算処理はポテンシャルが高いのである。そのくらいの演算なら苦も無く出来る、そういう事なのだ。
「大人になったな。綺麗だよ」
二人からはそう返って来る。
「ありがとう、それじゃあ、またね」
「ああ、また今度な」
「またかけて来てね」
三人の声がそれぞれ行き来したあと通話は終了した。
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