前編
*前編、後編の2部構成です。
*世界設定がぼんやりな部分もあります。ご了承ください。
「将来を共に歩んでくれるだろうか」
雲ひとつない美しい空に殿下の声が響き渡る。それはミリアに向けてのプロポーズの言葉だ。
私は四阿で歓談していた二人の元へ向かっていたところだったが、すぐに足を止めてさっと廊下の柱の陰に隠れた。はいっと満面の笑みで答えるミリアの周囲には、まるで花が咲き乱れているかのように温かく、幸せな雰囲気が漂っている。
――そう、私にとっても妹にとっても彼の言葉は幸福を呼ぶものであったのだ。
何せ殿下に一目惚れした妹は彼の妻になるため、血の滲むような努力をしてきた。私もそんな彼女の姿を見続けてきていたため、口約束ではあるが彼女の努力が報われた事が素直に嬉しかったのだ。
彼女は嬉しそうに殿下の手を取り、二人は幸せそうに微笑み合っている。
その美しい景色をずっと見ていたいと思ったのは、私だけではないだろう。
……だが、それから数年経った今。朝からどんよりとした曇り空に辟易していた私たちの元へ殿下が訪れた。
殿下の前に座らされた私は、妹への愛の言葉を囁いた口で、殿下は。
「君との婚約を考えている」
結婚の約束を誓った妹の前で。そう私に告げたのだ。
私はテューレ公爵家のマリアーヌ。
王家に次ぐ四大公爵家のひとつテューレ公爵家の長女で、妹にミリア……ミリアーヌがいる。ちなみに私たちは双子だ。
そんな私たちと目の前にいるセオドリック王太子殿下とは旧知の仲である。
5歳頃から私たちは王子の婚約者候補として王城に上がっていた。まだ私たちも幼かったため、婚約者候補というよりは所謂、遊び相手のようなものだったが。
――妹のミリアは初めて殿下とお会いした時、殿下に恋をした。
とても美しい殿下に目を奪われたのだろう、王城に上がるからと習っていた挨拶ですら忘れ……父に促されるまで、殿下に見惚れていたくらい。
その事に気づいた私は彼女のエスコートを殿下に依頼し、私はその場にいたもう一人……将来彼の側近候補であるラッセンド公爵家の次男ルークと共に彼らの後ろを歩いた。
先を進んでいるミリアは夢見心地な気分なのか、足に羽がついているかのように足取りが軽い。まるで二人の物語が始まったかのように、微笑ましい雰囲気が漂っていた。
そんな出会いから数日後。
二人で淑女教育を受けていた時に、ある家庭教師の先生から「テューレ公爵家の令嬢が王家に嫁ぐ」という事を理由とともに教わった。それを聞いた彼女は、驚きからか目を見開きながらも、彼を思い出したのか頬を赤らめたが、すぐに真剣な表情へと変わる。
その瞳には、決意が滲んでいた。この時に彼女は王子妃を目指すと決めたのだ。
翌日。両親たちに王妃教育を受けたい、と頼んでいたからか、私たちの勉学のレベルが格段に上がったのを感じた。そのため最初は私も妹もついていくのがやっとであった。
私も一生懸命受けていたが、それ以上にミリアは必死に齧り付いた。理解できなければ、とことん理解できるまで先生、両親、執事だけではなく理解していれば私にまでなりふり構わず教えを乞う。先生が理解を促す、と言って本をお勧めすれば、その日の夜には読み終えきちんと授業の内容も理解しており、最終的には基礎書だけではなく専門書すらも読めるようになっていった。
そんな中でも、相変わらず殿下とルークと私たち姉妹のお茶会は続いていた。
そして私は気づいたのだ。殿下が妹に恋をしていると。
殿下とルークと会って三年が経った頃のことだ。その日の事もよく覚えている。
その日は透き通るような真っ青な空だった。日差しも暖かく、庭園の隅に咲いている花々が美しく咲き誇っていた。
ミリアは植物が好きだ。王子妃教育が始まり「頑張っているから気分転換」に、と母に連れ出されてガーデニングをした事がきっかけだったのだろう。今では自分の部屋の窓から見える花壇はミリア専用の花壇となっているくらい、ガーデニングが趣味になっていた。
この時も彼女は王宮の庭園の花が咲くのを一番楽しみにしており、来る度に満面の笑みで花壇の花々に声をかけていたくらいだ。そして、その日。蕾であった花々の多くが開花し、その美しい様をミリアに魅せたのだった。
「お姉様!こんな美しい景色、私は初めて見たわ!」
淑女教育が身につき始めた私たちは、子どもらしくはしゃぐ事も大声を出す事もなくなっていた。
だがあまりの美しさに、ミリアは淑女教育を忘れ、目を輝かせて素で私に話しかけた姿がなんとも可愛らしかったのを覚えている。
すぐに舞い上がっていた事に気づいたミリアは、俯いて恥ずかしがっていた。それもそうだろう。ミリアはことある事に、「殿下には淑女である綺麗な私を見せたいの」と意気込んでいたのだから。
そんな彼の前で失敗してしまった事が羞恥につながったのだろう。「申し訳ございませんでした」と謝罪するミリアに、殿下は「大丈夫だよ」と声をかける。
――その時偶然彼の顔を見た私は気づいたのだ。殿下の眼差しが、とても幸せそうな優しいものである事に。
それはミリアが殿下へと向ける眼差しに似ていた。……きっと殿下もミリアに特別な感情を持っているのだろう、勝手にではあるが確信した私は彼らの仲を取り持とうと思い、この日以降色々理由をつけて抜け出すようになった。
二人の元から抜け出した私は、最終的に図書館へと入り浸るようになった。
公爵家の蔵書も他の貴族に比べれば膨大な量があるのだが、王宮の蔵書はそれを遥か上回る量だった。私にとって宝の山なのだ。
殿下の婚約者はきっとミリアになるだろうと思っていた私は、殿下をミリアに任せて嬉々として本を読んでいた。改めて知識は素晴らしい、と感動しながら本を読み耽る私に毎回声を掛けてくるのは彼だった。
「またここですか、マリアーヌ」
「あら、ごきげんよう?」
ルークだ。彼はいつも苦笑いでやってくる。私が途中で抜け出すからだ。
「またお二人が呆れておりましたよ?」
最初の数回は、侍女に言付けて色々な場所に行ったが、ある日王宮図書館を見つけた私は図書館へと入り浸るようになったのだ。
図書館に通い始めて数回ほど。ミリアには「どうしていなくなるの?」と聞かれたのだが、
「ミリアと殿下の仲が深まるように、お邪魔虫は退散するのよ」
と和やかに言えば、ミリアの顔はりんごのように真っ赤になっていた。
それからは心苦しく思っているようではあるが、私が図書館へ行くのを笑顔で見送ってくれるようになったのだ。
そんな可愛いミリアを思い出し、顔がにやけそうになる。だが、淑女である私はそれを見せないよう取り繕った。
「良いの良いの。殿下はミリアに任せましょう。私は読みかけの本が読みたいもの。貴方に負けたくないし」
「……あなたは全く……」
ルークは呆れているが、何故私が殿下と妹を二人にさせているのか、その意図をきちんと理解しているに違いない。私が消えたら毎回探しに来てくれるからだ。
それに何度も王宮図書館に足を運ぶのには理由がある。それは目の前にいる彼、ルークだ。
王宮図書館には、読みかけの本を借りられる仕組みがあるのだが、依頼表には大体ルークの名が書かれていた。私が先に読もうと思って本を取っても、ルークが事前に借りている事が多いのだ。
数度であれば、「読書家なんだな」で終わるのだが、それが十数冊も続けば、なんとなく負けた気になってしまう。勿論、読書に勝ち負けなどない事は理解しているのだが。気持ち的な問題だ。
と、心の中ではルークに闘志を燃やしている私ではあるが、実は彼に声をかけられるこの時間が思いのほか気に入っている。何故なら……。
「ねえ、それよりも!ルークはこの本、読んだのでしょう?分からない箇所があるの。教えてもらえるかしら?」
「……わかりました」
いつもの通り私はルークを引き止め、私の目の前に座った彼と共に本の話に没頭していく。なんだかんだ言って新しい知識や理解が得られる、この時間が好きなのだ。
そして家に帰れば少しだけミリアと殿下の話――半分惚気であるが、をしてから勉学に励む。
そんな時間が私にとっても楽しいと思っていたし、この時はそんな日々が続くと思っていた。
だが、そんな楽しい時間も終わりを告げる。
前国王陛下と王太后様が流行病で相次いで亡くなると、王妃様が動き始めたのである。前国王陛下夫妻の手前、大人しくしていた王妃様だったが、彼女の悲願は次期王太子の嫁に彼女の実家である公爵家の娘……姪を迎えることだった。
それは公爵家の悲願でもあったらしい。
元々の輿入れは決まりがあり、代々候爵家以上の縁者(他国も含め)であり、権力の集中を防ぐために同じ家から2代連続で輿入れは禁止されている。
だがその規律を撤廃し、外戚として基盤を盤石にしたいと考えていた公爵家は、先代両陛下の死をきっかけに動き出す。
まず私たち姉妹が以前のように殿下との時間を過ごす事ができなくなってしまった。
婚約者候補として王城に上がると、「殿下は忙しい」と追い返される事が多くなったり、嫌がらせが多発したのだ。幸いな事に、忠誠心の高い護衛や侍女の機転もあって、被害は最小限で済まされているのだが、その嫌がらせは私たちの心を疲弊させていった。
また姉妹の評判を下げたい王妃様の想いを受けてたのか、「出涸らし姉妹」というあだ名がいつの間にか広まっていた。
姉である私は、美しい容姿を妹に奪われた出涸らしの姉。ミリアは姉である私に叡智を奪われた出涸らしの妹、と。
誹謗中傷に心を痛めていた私たちだったが、その原因が王妃様や王妃様の実家のパーシーズ公爵家である事に気づいてからは、諦めて聞き流す事に決めた。この国の最上位の女性が許可しているのだ。火消ししたところで、再度流れるだけ。
この時期があったお陰で、私たち姉妹は精神的にも成長を果たせたが。
何故私たちが狙われたのか、といえば……王太子が姪を好きになるよう、候補だった私たちを貶める策に変えたのだ。殿下が彼女を好きになれば、例外として認められる可能性を考慮してのことだろう。
現在、王家に嫁ぐ事のできる娘がいるのは私たちテューレ公爵家と、王妃様の実家のパーシーズ公爵家のみ。侯爵家の候補もいるが、彼女たちはパーシーズ公爵家の派閥の者だ。選ばれたとしても、辞退する可能性が高い。
なんでも2代連続輿入れの廃止を王妃様は国王に願ったが、その件だけは首を縦に振らなかったらしい。議会でもパーシーズ公爵家と彼らの派閥以外の貴族が反対の意を示したため、多数決もあり廃止することは叶わなかったと父から聞いた。
ちなみに王太子殿下は先代陛下たちの教育の尽力により幸い、公平な判断力の持ち主で、法に則り我が家から婚約者を決めると考えているようだ。
――そしてその時が来た、と我が家に王太子殿下が訪れたのだが、婚約者候補と考えられていたのは私だったのだ。
私は改めて衝撃を受けている妹の隣にいる母へと目配せをする。母も私が言いたい事を理解したのだろう、手を軽く上げて微笑みながら私に背を向けたので、それを見届けた私は重苦しい空気から逃れようと、彼を庭へ誘ってみた。
空は雲が何重にも覆われていた。今にも雨が振り出しそうな雰囲気を醸し出している。
どんよりとした空気と殿下との無言の時間に辟易としていた私の視界に、花壇に咲き乱れている花々が目に入った。ここは妹専用の花壇だ。他の場所と違い、この花壇には背丈が低い可愛らしい花々が植えられている。
確かに先ほどの求婚によってミリアが打撃を与えられたのは事実だ。事前に私が求婚される事を聞いていなかったら、あの場で泣き崩れているに違いない。「この目で見るまで信じない」と言って、あの場に居たのだから。
衝撃を受けながらも泣く事なく、表情を変えずに佇んでいたのは、彼女の教育の賜物だ。
それに彼女は前を向いて進む事ができる。勉学だけではなく、精神的にも成長したのだから。
……殿下はそれに気づいていないのだろう。可愛らしいミリアというだけではない事に。
私は妹の花壇の近くにあるガゼボへと殿下を案内し、侍女にお茶の用意を依頼する。
その間も殿下は口を閉じたまま、一言も喋ることはなかった。
静寂な時間はまだまだ続く。周囲に響くのはティーカップをソーサーに置く音と、たまに弱々しく私たちの周りを吹く風の音のみ。言って終えば暇な時間を、私は殿下の様子を観察する事に努める。
すると僅かながら右眉が下がっている事に気づく。
以前ミリアがこそっと教えてくれたのだ。この仕草は苦悩している時の表情だと。
この男は自分で婚約者を決めておきながら、彼女の顔を見て今更後悔しているのだ、きっと。我が家の教育事情が知らされていないため、彼の判断は仕方のない事かもしれないが……自分だけが悲劇の主人公になっているように見えるその姿が少し腹立たしい。
観察を終えた私は少しだけ目を細めて彼を見つめた後、話しかけた。
「……私との結婚とはどういうことでしょう?婚約者は妹のミリアーヌでも宜しいのでは?」
流石に率直すぎただろうか、とも思ったが……まあいい。
有り体に言えば、私は王子妃に向いていないと思う。確かに知識量なら他の令嬢の誰にも負けないと自負しているが、得意分野と不得意分野の凹凸が大きすぎるのだ。特に貴族同士でよくある腹の探り合いが不得手という欠陥がある。先生たち曰く、私は根っからの研究職向きなのだとか。
個人的にはミリアの方が全ての水準が高く、王子妃として卒なくこなす事ができる。そして、彼女は愛する者のために、頑張れる子だ。私より余程立派な王子妃……いや、王妃となる事ができると思っている。
私たちが王子妃教育を受けていることは、ごく少数の者しか知らない。両親が王妃の圧力のことを考えて、周囲へと知らせないようにしている。ここ数年来、殿下に会う事は数えるほど。しかもその時間もほぼ無かったのに等しい。だから殿下も私たちがほぼ王子妃教育を終えている、という事を知らないのだろう。
だが、それを抜きにしても……事情があるのは理解していても、将来を誓い合った相手に掌返しをする事自体、私は許せない。
無言で、少しだけ眉間に皺を寄せて王子を見つめる私。その視線に気づいた殿下は、私の顔を見ると苦虫を噛んだ表情をする。
「君にもミリアーヌ嬢にも悪い事をしていると思っている。……だが、王妃陛下に対抗できるのは君しかいないと思ったのだ」
彼の瞳がこの曇天の空以上に濁ったものとなる。実の母に向けて良い瞳ではない。もしかしたら、父である国王陛下にも憤怒の感情があるのかもしれない、と思いながら私は言葉を紡いだ。
「……そうですか。ですが……本当にそれだけ、でしょうか?」
「なに?」
外見から見ればミリアは、美人というより可愛らしい見た目だ。その上、母譲りの眉尻が下がっている目をしている事で、打たれ弱く繊細な令嬢であろうと周囲は判断するはず。
一方私はミリアのような花開くような笑みではなく、少し冷たさの残る貼り付けた笑みになってしまう。しかも父譲りの吊り目。見た目からすれば私の方が、我慢強い令嬢だと判断するだろう。
「質問を質問で返す無礼をお許しください。私との婚約は、殿下なりにミリアを守るため……ですよね?」
殿下が愛するミリアと婚約すれば、王妃の悪意は全てミリアに向かう事を理解しているのだ。婚約者とは言え、全ての悪意から彼女を守る事ができるか分からない。
ならば、政略結婚だと周知させて私を婚約者に据えれば、その嫌がらせも多少は軽減されるかもしれない。そのような魂胆か。
彼は私の質問に答えなかった。答えなかったが、変わらず眉が下がっているのを見て、多分想像した通りなのだと思う。
「……だから私を王子妃に、ですか」
独り言のように私は呟いた。
確かに王子妃の責は重い。その上王妃陛下の悪意に晒される。これは膨大な心労がかかるだろう。
だが、それで本当にこの男はミリアが守れると思っているのだろうか。彼女は、この男に守られるだけの弱い女ではない。私はずっと彼女の頑張りを見続けてきたのだ。きっと自らの手で勝利を掴めるはずだ。
テーブルに置かれているティーセットに向けていた視線を殿下へと戻すと、私はある一点に釘付けになる。殿下の後方に佇むミリアに見惚れてしまったのだ。
今までにない程美しい笑みを湛え、雲ひとつない真っ青な空のような瞳には意思の強さを宿している。それはきっと自らの手で王子妃の座を掴もうという決意の表れなのだろう。
――それなら、私は彼女の背中を押すだけだ。
ティーカップを持ち上げて一口こくん、と紅茶を飲む。少し温くなった紅茶は私の喉をすんなりと通っていく。まるでこれから私が殿下に話すことを、後押してくれているかのように。
「殿下。幼馴染としての私から、一言宜しいでしょうか?」
「構わない」
「妹を……ミリアを見くびらないでいただけますか?彼女は私よりも王子妃としての資質がありますわ」
その言葉に殿下は目を見開いた。彼からすれば信じられないのだろう。だが事実だ。
「そうですわね……今まで意図的に隠しておりましたが、私共姉妹は既に王子妃教育を受けております。ランキン伯爵夫人、ガターリッジ卿、シンプソン卿――と言えば、お分かりでしょうが」
そう、先に挙げた人物は王子妃教育を担当した先生方の名前である。ランキン伯爵夫人は礼儀やマナー、ガターリッジ卿は言語学を、シンプソン卿は政治経済学を教えてくださった方だ。
王家と同じ講師を公爵家でも呼ぶことは多い。そもそも淑女教育でもある程度の知識習得のため、彼らを教師として公爵家に呼ぶことは何ら不思議ではない。
だが、淑女教育は数年もあれば終わるもの。もし長期間彼らが出入りしていると知られれば、よっぽど本人たちの能力が低いか、もしくは王子妃教育を受けている、と考えられてしまう。だから王子妃教育を受けている事を露呈させないようにするためには、淑女教育期間内で王子妃教育も詰め込まなくてはならなかったからこそ、必死な思いで私たちは食らいついてきたのである。
全力で取り組んではいたが、やはり淑女教育と王子妃教育は格段にレベルが違う。当時終了予定が数ヶ月伸びてしまった事もあり、パーシーズ公爵家は嬉々として「出涸らしの妹は淑女教育すら時間が掛かるのか」と噂を流していた事もある。
殿下がこの噂を信じているとは思わないが、きちんと彼らから聞いて判断してもらいたいと思う。
「……なるほどな。私も彼らが二人の教育係だと耳に入れた時、マリアーヌ嬢とミリアーヌ嬢の教育の状況を尋ねた事があるのだが、詳細が確認できなかったのは、このためだったか」
「はい。ですから、殿下。昔の可愛らしいミリアではなく、王子妃教育を終えた今のミリアを見てあげてください……利いた風な口を叩き、大変申し訳ございません」
「……いいや、気にしていない。むしろ進言、感謝する」
私は椅子から立ち上がり、礼を執った。もう私の時間はお終いだ。
「では、改めて妹のミリアーヌから挨拶させていただきたく存じます……ミリアーヌ」
「はい、お姉様」
私は殿下の後ろに佇んでいたミリアに声をかける。
私の視線に釣られて彼もミリアへと振り返った瞬間、彼女の美しさに魅了されたのだろうか、殿下は微動だにしない。
静かにこちらへと向かってくるミリア。
彼女が殿下との距離を半分ほど詰めた時、ミリアは足を止めると同時に、彼へと微笑んだ。その瞬間、彼女に陽の光が降り注ぐ。
空を見上げれば、雲で覆われていた空の一部から青空が見えた。その隙間から光が差し込んでおり、その一つが丁度ミリアのいる場所だったようだ。
まるで空から降臨した女神のようなミリアの輝きに、流石の殿下も表情を繕えないらしく、口が半開きになっている。
「セオドリック殿下、ご挨拶が遅れて申し訳ございませんでした。お久しぶりでございます」
「ミリ……ミリアーヌ嬢……」
「不躾ではありますがお願いがございます。私の話を聞いていただけますか?」
彼女は笑みを湛え、殿下に頭を下げる。その姿を見て、私はミリアが勝ったと思った。
その笑みには有無を言わせない凄まじさがあり、事実殿下は彼女の雰囲気に飲まれていた。勿論惚れた弱みも幾ばくかあるだろうが、それ以上にミリアの場の空気の変え方が上回ったのだろう。
その空気に引きづられている殿下は、きっとミリアを王子妃に選ぶだろう。そう確信した私は彼女に目配せをし、その場を後にした。