赤く咲く花
本日は本編から漏れた話をまとめて三話投稿しています。
三話目です。
以前活動報告にアップさせていただいた閑話的な何かの別バージョンです。
青い鳥さん…じゃなくてエックスさん用のお題ネタ…。
この話の為にR15にさせていただきました。
念の為…。ありやクオリティーなのできっと大丈夫。何が?とは聞かないで。
そして長いです。ご了承願います
「ねぇ、マージェリー修道女様。さっきの…あの人、誰です?」
唐突に背中を覆うように婚約者の体温と同時に耳元に聞こえた低音に、一瞬体の芯が震えた。
修道院に来て、孤児院の奉仕をすることが決まって、そこで初めて会ったデリックは、今でも二歳年下のまま。今の私は二十三歳、彼は二十一歳。やっぱり年下のまま。
正直、年齢差なんて一緒にいる分には気にならないんだけど、ふとした拍子に思い出すと、なんだか気になってしまうことがある。
きっと、デリックが聖騎士として優秀で、事情を知らない来たばかりの若い修道女達がデリックのことを噂しているから…なんだろうと思う。きっと、私らしくないけれど…嫉妬というやつなのだろう。
そんな私の気持ちなんて知りもしないデリックは、いつの間にか私を隠すように自身の体で覆ってしまう。そして、誰にも見られないようにと人目につかない場所に連れて行かれる。
何をされるってわけでもないけれど、どうにも他人に私を見せたくないという気持ちがあるらしい。特に修道士がいるような場所では顕著になるよう。
私が基本的には修道士のいてもいい場所にいるとするなら、それは礼拝堂や食堂だけで、後はもうずっと孤児院に籠っているようなものなので、デリックが不安になるようなことは何もない。ハッキリ言う。何もない!
というか、私の隣をデリックが独占しているから、有り得ないと思うのだけど。
でも、ついさっきまで一緒にいた人は、確かに男性だったなと気付く。そうは言っても、修道院の院長様のお知り合いで、他の地区にある修道院の院長様なんだけども。ええ、このステラ修道院の院長様よりは確かにお若い方だけど、それでも私の父よりはずっと年上の方。どこをどう間違えれば、勘違いするようなことがあるのだろう? と私は思う。それに…さっきは確かに二人だけだったけど、それまではずーっと院長様も御一緒だったんだけどな。
似たようなことが何度も繰り返し繰り返しあって、デリックの…束縛に近い嫉妬が酷くて、私もいい加減我慢の限界が近付いてきたので、話し合いをしようと思っていたタイミングでの出来事だった。
ちょうど私の目の前で若い修道女がしゃがみ込んでいた。彼女はまだ修道院そのものに慣れていないために、必死で努力して慣れるようとしている最中の人。真面目で信仰心も篤く、誰もが彼女の努力を認めていたし、手助けもしていた。が、彼女は少々ドジっ子気質だった。その為、皆は認めているものの…呆れることも多く、努力が空回りすることもあるためか、時々見放されるような状況にもなっていた。が、基本的には助けてもらっているから、問題はなかったが。
で、今だ。彼女はどうやら見放されたばかりのようだった。ドジっ子全開で一緒に作業をしていた修道女達の修道服を汚してしまったらしい。ハーブ園で収穫を終えた畑を耕していたようで、鍬を扱っていて…誤って土を放り投げるようにしてしまったようだ。私が見ていたのはその辺りからだけど、その為に一緒に作業していた修道女達は服が汚れ過ぎて作業が出来なくなり、着替えにいったところらしい。で…件の修道女は、落ち込み、頽れ、しゃがみ込んだ、ということらしい。
さて、どうしたものか? と私が思っているタイミングでデリックがあちこちの畑の手伝いで来ていたらしく、ハーブ園のほうへも足を延ばしてきたようだ。しゃがみ込んでる修道女を中心にして私の反対側にいるのが見えた。まぁ、私に気付く距離じゃないか、と私はそのまま二人をスルーしようかと思い直し、一歩足を出そうとしたところで、例の彼女がデリックに気付いたようだった。背後から見ても分かるくらいにデリックに救いを見出した様子の彼女は、ぱーっと明るい空気を醸し出している。でもデリックはそのことに気付いていない様子。デリックの後から追い付いてきた新人の聖騎士と話を始めたくらいだから。
まぁ二人も聖騎士がいれば問題ないか、と私は完全にデリックもスルーすることにして、歩き始めた。要するにハーブ園は厄介事の臭いしかしない、と判断したわけだ。
私がハーブ園から遠ざかるごとに走り寄る人の足音が近づいてくることに気付いた。誰だろう? と思い振り返ると、人目もはばからずデリックに抱き締められた。
「ちょっと! 人目があるところでは嫌だっていつも言ってるじゃない!」
「ダメ。今は人に見せるためにやってるから、諦めて」
「どういうこと?」
「うん、マージェリーに横恋慕してる奴と俺に色目使ってくる奴の両方に牽制するためだから、気にしないで」
「……え?」
「あれ? 知らない? 新人聖騎士達の間でマージェリーは聖女とか呼ばれてて、本気で俺から奪おうとしてる奴もいるよ」
「…は? 私みたいな性格悪い女を? ま、それはどうでもいいんだけど。そもそも年下だから相手にならないし。デリックに色目使うって…え? もしかして、あの新入り修道女の子?」
「そう。あいつ、すごく嫌い。こんなこと言っちゃダメだって分かってるけど、それでも無理。俺の前だけ露骨に態度が変わるから無理。誰にでも同じ態度なら知らんぷりしてスルーもしたけど、もう見せ付けるしかないなってくらいには露骨だから無理」
私はデリックの腕の中で、話を聞いていてげんなりした。正直、疲れた。精神的に。正直なことを言うと、デリックの容姿だから、デリックを見てキャッキャッしてる修道女達がいるのは知っていた。でも、デリックは基本的に塩対応しかしないし、そんな様子も彼女達は楽しんでるのを知っていたから、特に気にも留めていなかった。まさか、新入りちゃんがデリックに懸想してたなんて。
デリックの腕の中から、こっそりと新入りちゃんの様子を見る。確かにこちらを見ている。しかも、かなりギリッと唇を噛んでるのも分かるし、表情も嫉妬を隠すつもりがないのが分かった。
「…あまり、良くないかも。ちょっと副院長様と院長様に相談案件かもしれない。教えてくれてありがとう、デリック。でも…彼女、みんなから可愛がられてるから変わらないかもしれないけど」
「んー、まぁそこは院長様達の判断だから、対策だけさせてくれればこちらは問題ないよ。それじゃ、別件の牽制もしなきゃいけないし、そろそろ行くよ」
「分かった。じゃあね」
「うん、じゃあね」
別れ際にデリックが私の後頭部に手を当てて、顔の位置を故意に変えた。その直後に私の頬にキスをした。これ、私達が唇にキスをしてるって勘違いさせるためにわざとしたよね!? て、私が気付くのはすぐのこと。にこやかに、嬉しそうに笑みを浮かべて去って行くデリックに、私が頬を染めて怒ることも出来ないまま見送ることになるのもデリックの計算のうち。嫌になるー!
私が、人目がある状況で恋人らしい触れ合いをされると、羞恥心が先に立って何も出来なくなることを利用されたことも分かってるものだから、デリックに何も言えずに真っ赤になってれば、何かあったと勘違いさせられるわけで。
本当嫌になる。嫌になる、嫌になる! デリックのばかー!
その後私は副院長様に相談をした。デリックからの話を織り交ぜながら。
すると、その辺りは既に副院長様は把握されていたようで、新入りちゃんに関しては完全に修道院入りした理由が、婚約者のいる貴族令息とのトラブルがいくつも続いたということもあり、修道院でも問題を起こす可能性を最初から想定していたそうだ。
ということで、私を守ることが最優先だと副院長は仰っていて、その後院長様と早々に新入りちゃんの対策をしたらしい。気付いたら新入りちゃんは修道女しかいない修道院へと去って行った。なるほど。
きっと恋愛体質な子だったんだろうな、と察したのだった。
デリックはデリックで、私に懸想しているらしい聖騎士達をビシバシしごいているとかなんとか。
おかげでデリックは私に容易に近付かないようにというパブロフの犬じゃないけど、条件反射的に躾をしたとかなんとか…。デリックの嫉妬怖い。
私達、その後は特に問題もなく…きっと、なかったと思うんだけど、結婚するに至りました。至りましたよー! まぁ私の場合は諦めたというのもありましたけどー。
今、私は目の前の狼に襲われそうになっている子羊状態なんですけど!?
どうしてそんなことになった!? えっと、ちょっと思い出してみる。うん、思い出してみる。
………うーん? わからない。うん、わからないね。何がどうしてこうなった!?
今日の出来事を思い返してみる。今日の出来事……あ!
私は今日、久しぶりに刺繍師として依頼を受けたことを思い出した。もっとも、他地区の、以前お会いした方とは別の、修道院院長の修道司祭様からのそれだったんだけど。
初めてお会いした方というのもあるけど、思ったよりもお若い方だったことも驚きだったし、独身を通すつもりだとも仰ってたし、でも微妙に私との距離感が近かったな、とかツッコミどころ満載の方だったことも思い出した。
……あれ? デリックに司祭様のこと話をしたけど、どういう様子だったかなんてのは省いて話したはずなんだけど。
…もしかして、見てた? それはない、はずだけど。あ、むしろ院長様がデリックに話したとか、デリックが問い質したとか、そっちのほうが納得行くかも。まさか?
「ねぇ、マージェリー。俺、実はすごく怒ってるんだけど分かってる?」
「! な、なんで?」
思わずボーっとしてしまったわ。そんな場合じゃないのに! 今、まさに私はデリックにベッドの上で押し倒されてる状況で、両手首ガッツリ掴まれて、自由奪われ中だった! ちょ、顔近い! 顔近いからー! 離れてってば! っていう私の心の声を的確に聞いてるだろうって具合に、嫌がらせよろしく顔がどんどん近付いてきてる。本当いや、やめて! まぁ、だからってデリックが聞いてくれるとは思ってないけど。うん、ちょっとスンってなる。
デリックがその瞬間、私の首に顔を埋めてる。す、少し…安堵してもいいかしら? ドキドキ。
「マージェリー。今日会った他の修道院の院長だけど。露骨にマージェリーに色目使ってたよね? どうして逃げなかったの? まさか、マージェリーはあの院長のこと気に入ったの?」
「は? そんなわけない!」
「だって…少なくとも、俺と違ってマージェリーより年上だよね。マージェリーは年上が好きだって言ったよね」
「そこは否定しない。でも、デリック以外の男性なんて、今の私には興味ない。関心があるのは孤児院の子供達くらいよ!」
「…本当に?」
「当たり前でしょ!」
拗ねたようにずっと私の首元で話をしていたデリックだったけど、私の言葉でやっと安堵したらしく、顔を上げた。後はもう自由にしてもらえるのだと私は思ったんだけど…、自由にはしてもらえなかった。
気付けばデリックは私の胸元に唇を置いてた。あ、これ、…嫌な流れ、かも。
チリッと右胸に痛みが走った。ボタンを留めていなかった開けた私のシャツから自分の胸が見えてる。赤く小さな花が咲いてる。ああ、もう! 誰にも見えないところだからいいけど! 本当嫌になる。
そして、花を咲かせた本人の顔を睨むように見る。すると、少し上気した様子を見せて、でも口元はゆるく笑っている。
「俺のもの。そういう印は付けておかないと。だって…他の男に盗られないように」
「…それこそ有り得ないのに」
「冗談だよ。でも…マージェリー修道女様は、独り身の男にとっては、聖女みたいな存在で、憧れでもあるけど…手に届きそうだと思ってしまうくらいには、親しみ易い人なんですよ」
「…んん?」
意味が分からない。まず聖女って何? 憧れとか何? 親しみ易い…はなんとなく分かるかも。でも、それが何?
「分からないって顔してるけど…自覚してほしいな。貴女は、最高に綺麗な人で親しみ易いんだ。誰だって手にしたくなる人だってことを」
「え? でも、デリックの嫁になったよ? 関係ないでしょ?」
「分かっていても、手を出したくなる相手だってことなんだけど…」
えー? それこそ意味が分からない。私はデリックのものになったのに。や、もちろん前世の記憶があるから、そういう誰かの所有物扱いは嫌だけど、この世界じゃ妻は夫のもの、というのはごく当たり前の感覚。そう考えてのデリックのものという考えなんだけど…。
またデリックが私の胸元にもう一つ赤く花を咲かせた。そして、もう一つまた花を咲かせる。
「これは、マージェリーが俺のものだっていう証。これは冗談じゃなくてね」
鎖骨近くに咲いた小さな花に指を触れながら、デリックは言う。でも…。
「こっちは、誰にも触らせないっていう意味で付けた印。まぁ…誰にも見られるつもりなんてないけど」
あ、うん。私も見せる予定はないし、見られるはずもないと思ってる。
だって…。
「胸の真ん中に付けた証だからね。マージェリーがさらけ出せる相手なんて、俺だけでしょ」
「…そうですね」
思わず棒読みで返しちゃったな。うん、でも事実だ。そして、デリックは嬉しそうに、だけど少しだけ拗ねたようにも見える目を向けてきた。
「だから、ずっと俺だけのマージェリー修道女様でいてください」
そう耳元で囁いて、二ッと笑ってみせた。最後には冗談めかして私の体中にキスの雨を降らせていた。でも、胸元に咲いた赤い花だけは冗談ではなかったのかも、と思う。
デリックが本気で私のことを想ってくれてる、そういう証の赤い花がしばらく胸に咲いたままだった。
お読みいただきありがとうございます(*´꒳`*)
なんとか無事に今作を完結出来たので、しばらくはまたのんびりすると思います。
投稿そのものはしばらくないと思いますが、のんびりした後はずっとあたためてきた作品に手を付けたいな、と思ってます。
悪役令嬢もの書くぞー!って思ってたのに、気が付いたら方向が違ってたっていうオチがある作品ですけど。
あまり寝かせていても良くないし飽きるので(笑)
《生きてるうちにやりたいことやっておかないと後悔する》って思うことがありました。
ということで、書きたい作品に手を付けることにしました!
その他はローカルな児童文学賞向けに書いてると思います。
↑まさかの入院中にネタが投下されて、二日でほぼ基本形が仕上げられると思わなかった…(笑)
いつか機会があれば、またお目にかかれますように。
残暑もまだまだ厳しいので、皆様ご自愛くださいませ。
ブックマーク登録、評価、いいねと本当に嬉しかったですし、大いに励みになりました。
今作品に最後までお付き合いくださった皆様、改めてありがとうございます(*^^)
それでは失礼いたします。




