アレンという少年
本日は本編から漏れた話をまとめて三話投稿しています。
二話目です。
本編の30でデリックと話をしているアレンです。
これはなくてもいい話だと判断したんですが孤児院の子供達一人一人にそれなりな事情があるんだよ、という意味合いも含んだものだと思ってもらえればいいかな、と。
放っておくとこの話が成仏できそうもないので、そっと紛れ込ませてみました。
ステラ修道院の孤児院には、複雑な事情を抱えた孤児達が預けられることが多い。
隣国と接していることや、難民として逃れてきた異国の民が多いこともその一因だろう。そして、アレンという少年もそんな一人だった。
彼自身は、両親の記憶はない。けれど、彼をある程度の年齢まで育ててくれた養父母は存在していた。何故過去形なのかと問えば、養父母は既に亡くなっているからだ。
アレンが八歳になってすぐの頃に、暴れ馬に踏まれ養母が亡くなった。その時アレンを庇ったわけだが、アレンは自身が養父母の実子ではないことを知っていた為、養父に謝り続けた苦い記憶がある。
養父も養母もアレンのことを実の子のように大切に育んでいた。だから、養母が亡くなったことに関して、養父からアレンが責められることはなかった。が、養母がいなくなったことで心が弱くなった瞬間、つい養父が漏らした言葉でアレンは酷く傷付くことになった。
寂しさから酒をいつもより多く飲んでいた養父が、飲んでいるうちに眠り込んだ。机に突っ伏し、涙がこぼれた跡のある頬を見つけたアレンは、風邪をひいてしまうからと、毛布を養父に掛けていた時だ。
『アレンが…いなければ……』
寝言だった。たったそれだけの言葉でもあった。ただ寝言だったから、アレンは酷く傷付いた。きっと本音が漏れ出たのだろうと感じてしまったから。
アレンにとっては自分のせいで養母が亡くなったという事実は否定することが出来ない。けれど養父からは一言も責められることがなかった。その事もアレンを苦しめていた。せめてアレンが養母を巻き込まないように出来ていれば、暴れ馬が走って来た道にいなければ、あの時間もう少し別の場所で時間を過ごしていれば、と何度も何度も考えてしまうくらいには、自分自身を責め続けていた。
そして、その養父の言葉はアレン自身が間違いなく養母が亡くなった直後から繰り返し心に刻むように呟き続けてきた思いでもあった。
だから、養父の言葉はアレンを酷く傷付けると同時に、どこかでアレンが安心したのは本当だった。
『とうさんの迷惑にならないように、家を出よう』
そう決意するのに時間はかからなかった。アレンが家を出たのは養父が眠り込んでしまったその夜のことだった。二度と人と関わらないのがいいのかもしれない、そんな気持ちすら持ってしまうくらいにはアレンにとっては大好きだった二人の幸せそうに笑う姿をもう永遠に見ることが出来なくなった、それが大きかった。
けれど、養父が眠っている間に、家を出ることすらも叶わなくなる。養父が突然吐血したことで、病気に罹っていることが発覚したからだ。
アレンは養母が亡くなったことで、自分しか養父の世話をする人間がいないことに思い当たる。今まで世話になってきたのだから、養父を看病し、最後まで看取ることを決め、なんとか日々を過ごした。けれど、それも長くは続かなかった。
ある冷たい雨が降る日のことだった。アレンが裏庭の畑で育てていた野菜を収穫して、家に戻ってくると、養父がアレンを呼んでいた。
「とうさん、どうしたの?」
「今まで、ありがとうな。ずっと大変だったろう? 本当、ありがとうな」
「そんなこと! それより、野菜採ってきたから温かいスープ作るよ。休んでてよ」
「大事な話がある。だから、座ってくれ」
「でも…」
「お前の本当の親のことだ」
「…うん」
ベッドの上で弱々しい声で話す養父。ベッド脇の椅子に座り、ただ黙って聞くアレン。
「お前の父さんは、母さんの義理の兄さんだった。そしてお前の母さんは母さんの姉さんだった」
「…それって」
「母さんにとって、アレンは甥だ。大事な家族だ。血の繋がったな」
「……俺は、母さんと血がつながって、た?」
「そうだ」
「それじゃ…」
「父さんにとっても大事な甥だ」
「俺…」
「父さん達には子供が出来なかった。でも、アレンが来てくれた」
「本当の父さん達が死んだから」
「そうだ。だから、嬉しかった。家族が増えて…嬉しかった」
「うん、うん…」
「だから、母さんが死んでしまって、もし…アレンがいなかったら、と思ったら、父さんは生きていられないと思った」
「…!」
アレンはそこで自身の思い違いに気付く。あの日、養父が言っていた『アレンが…いなければ……』という言葉の意味がまるで違っていることに。
「こんなふうに病気になってしまって、アレンに負担をかけてしまった。すまない」
「ううん、ずっと育ててくれたのは父さんと母さんだよ。その恩を返したいと…思って」
「優しい子だ。きっとそういうところは、お前の本当の母さんと似てるんだろう。母さんもよくそう言っていた」
アレンは自身の思い違いに気付けたことに感謝をしたけれど、それでも養母を死なせたという思いは変わらなかった。
「父さん、早く元気になって。それで母さんのお墓に一緒に花を持っていこう」
「そうだな…」
「…大事な話、聞かせてくれてありがとう。食事の用意してくるよ。ゆっくり寝てて」
「そうするよ」
なんとか笑って養父に声を掛けて、急いで足元に置いた野菜の入った籠を手に、台所へと急ぐ。養父の部屋の扉を閉め、台所へ入った瞬間に壁に背を預け、そのままずるずると座り込む。
「父さんは俺のこと…嫌ったわけじゃ…なかった……。う、うぅ」
暫くはそうしていたアレンも、気持ちを切り替えて野菜を時間をかけて煮込み、食べ易くなったスープを作る。それからパン粥も作り、パン粥にチーズを細かく刻んだものもパラリとかける。
食の細くなっている養父のために、アレンも必死だった。
食事を養父の分を皿に盛り付け、水の入った木のカップも用意し、トレイに木のスプーンを載せると養父の部屋へと向かう。
扉を叩いて返事を待つが、返事はない。眠ってしまったか、と確かめるために扉を開ける。
ベッドの上で養父は目を閉じ、眠っているようだ。仕方ないか、と扉を閉じトレイをテーブルへ置く。ただ、水分がないと困るだろうと木のカップを片手に、養父の部屋へ。今度は扉を叩くことはなく、開ける。ベッド脇のサイドボードにカップを置く。
よく眠っているな、と思いながらアレンは養父を見る。ふと視界に入った、養父の枕の下に隠すように置かれた封筒に気付く。でも、養父が眠っているから、触るのもダメだろうとすぐ他のことに注意を向けた。
「…ご飯食べてないけど、大丈夫かな」
つい声が漏れてしまっていた。でも、養父は起きることはない。なんだかおかしい、とアレンは思う。何がおかしいのか分からない。でも、おかしいと思う。
養父の手を握ってみる。温かい。大丈夫、と思う。でも、異様に胸騒ぎがする。時間を置けば置くほど酷くなる。今度は口元に手を持っていく。呼吸をしているなら、空気の動きがあるはず。でも…。
「とう、さん?」
今度は肩に手を置いて、軽く揺すってみる。ただアレンの小さな手で大人を大きく動かせるわけじゃない。でも、眠っている人間を起こすのなら、可能なはず。だけど、養父が起きることはない。
「とうさん!!」
何度も何度もアレンは養父の体を揺する。けれど、その優しい人は目を開けることはない。
アレンは、隣の家の人に助けを求める。養父はもう既に息はなく、旅立った後だった。
その後の葬儀や、後始末はアレン達の暮らした集落の人達が担ってくれた。幼いアレンでは、どうしようもなかったからだ。
やがて、一人きり残されたアレンは、養父母と過ごした家から離れ、ステラ修道院の孤児院の門を叩く。それはアレンにとってたった一つ選ぶことが出来たことだった。
貧しい集落で、アレンを家族に迎えられる家はなかったし、何よりアレンの実の両親が過ごした場所だと分かったから。
「本当のとうさん達のためにも、とうさんとかあさんのためにも、カクラート神様のもとへ行く」
アレンの養父の枕の下にあった封筒は、アレンの母親からの手紙だった。ちょうど、アレンが生まれて三歳になった頃に届いたものだ。手紙には養父母宛に両親とアレンが元気に過ごしている様子が書かれていて、養父母の家に遊びに行くことを伝えるものだった。
その旅の途中で、一家が乗った馬車が事故に遭い、アレンだけが生き延びた。そして、養父母がアレンを引き取ることになった。
アレンはその手紙の中で、両親がステラ修道院で修道士、修道女として奉仕をしていたことを知った。だから、アレンは養父母の弔いのためもあったし、両親の暮らした場所を知るという意味も込めて、ステラ修道院の孤児院に入ることを選んだ。
孤児院を出る年齢になったら、そのまま修道士になるかもしれない未来も考えながら。




