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ステラ修道院に併設されている孤児院には、子供達から慕われるおばあちゃん…と言うには少し若い…の院長様がいる。そして、今は聖騎士を引退した元聖騎士様もいる。
二人は子供達の祖父母という立場で、子供達と毎日時間を過ごしている。
二人の老人は、この修道院と孤児院から離れることはない。孤児院を巣立っていった孤児達から、今も慕われ続けている。かつては兄、姉、父、母として、今は祖父、祖母として。
他にも院長様は、刺繍師としても活躍しているようだ。カクラート教の修道院や教会堂で、院長様の刺繍を求める声が多くなり、今では他国のカクラート教でも刺繍作品を飾っている教会堂や修道院があるらしい。
そして、カクラート教とは関係のない人々の間でも、彼女との伝手がある場合に限り、刺繍の依頼を受けることもあるようだ。そうして、彼女の刺繍作品は決して多くの人々の目に触れることはないけれど、見る人の心に寄り添うように、優しく、心を和ませている。
かつて彼女が若かった頃に、一度きりの間違いを犯し、修道院へと自ら赴いた時と何も変わらず、彼女の中にある贖罪は消えないまま。そう思っている。けれど、彼女のかつての罪を赦す人がいる。それでも、彼女は修道院から出ることがないように、贖罪を死ぬまで抱えていくつもりのよう。
そして、そんな彼女を側で見守り寄り添うのは、元聖騎士の夫。
かつて彼女が刺していた刺繍は、とある高貴な御家族の肖像画。
貴族学院で見ていた頃よりも落ち着いていて凛々しい姿の当主となった公爵様と、あの頃から変わらず美しくも愛らしいままの公爵夫人、そして二人とよく似た愛らしい子供達。
無事に仕上げて、届けたのはもう随分昔の事だった。
その公爵夫妻から、何年かに一度、家族の肖像を刺繍にしてほしいと依頼をされる。その時々で依頼を受けられないこともあったが、可能な限りは依頼を受けていた。
今回も依頼があった。当主夫妻は御嫡男に家督を譲り、領地へと住むことになったという連絡と共に、御嫡男一家の肖像画を刺繍にしてほしいという依頼だった。
『やっと肩の荷が下すことが出来たので、領地ではのんびりと暮らしたい』という言葉が綴られていた。
公爵様は御嫡男へ家督を譲りたくて仕方なかったのだと手紙から読み取れたことで、彼女は笑っていた。元聖騎士の夫にそれを伝えれば、彼も笑う。
「私達はもう少しがんばりましょうか。次に任せてもいいと思う院長候補はたくさんいるから、問題もないけど…皆嫌がるのよね」
「それは、君の後を継ぐわけだから…大変そうだしね」
「そうかしら? 今のままでいいのに」
そんなふうに笑い合う二人は、仲睦まじく寄り添う。
⁑ ⁑ ⁑ ⁑ ⁑
二人は互いの事情から、子供を作ることはないままに二人の時間を過ごした。
孤児院の、親を、家族を失った子供達のために二人で子供達の親としていようと決めたから。孤児達の家族として過ごすために。
ステラ修道院の孤児院は、以前よりも孤児達が集まって来ることはない。国境に接する辺境の地であったことと、隣国での争いが絶えない状況があったため、他国から避難してくる民が多かったことも原因だった。が、それも今は落ち着き、余程の理由がない限りは他国から来た孤児が預けられることもなくなっている。
国が落ち着けば、難民もいなくなる。そして、親を失う子供も少なくなっていく。そういうこともあり、ここ何年も孤児院の子供達の数は、少ないままだった。
それでも、親を事故や病気などで失う子供はいるし、親に捨てられるように預けられる子供もいる。けれど、孤児院では院長をはじめとし、子供達のお世話をする修道女達も、また年嵩の孤児達も、誰も彼もが新たな子供を大切に扱った。
それが、孤児となってしまった子供達をどれほど慰めただろうか。それは子供自身にしか分からない。それでも、孤独に耐え、周囲の人間すら信じられなくなることの多い孤児にとっては、自身が尊い存在であり、幸せになる権利があるのだと言われているように感じるようで、徐々に笑顔を見せることが増えていくことになる。それと同時に、彼らも次にやって来るであろう孤児達に寄り添う立場にもなっていく。
そんな風に孤児院の院長となった元修道女は、孤児達に寄り添うことで贖罪を続けている。
彼女の贖罪は、彼女が自身を赦すことがない限り終わらない。ただ、孤児達のために日々奉仕することが彼女の贖罪の一つだとも思っている。だから、きっと彼女が自身を赦したとしても、贖罪そのものから解放されないのかもしれない。
けれど、それでも彼女は幸せな日々を送っていると、感じている。伴侶との関係も、孤児院のことも、何もかもが彼女を救ってくれる存在でもあるのだから。
「マージェリー」
「なぁに? デリック」
「これから先もずっと一緒にいよう。愛してるよ」
「ええ、ずっと一緒よ。私も愛してる」
二人きりの時でないと、彼女は夫からの愛の言葉にも返すことがない。それでも、二人きりで過ごしていると、普段は見せないほどの柔らかな瞳と声を夫に返す。それが嬉しいのだと彼は思う。
湖上の島にある修道院には、孤児院が併設されている。
その孤児院の院長として奉仕をしている元修道女は、今日も子供達に囲まれながら笑顔で過ごしている。
そんな彼女が作り上げる刺繍作品は、多くの人々に求められることが増えたが、多くの人々が彼女の手によって刺されたものだということを知らなかった。
代わりにサインのように小さなマーガレットが刺繍されているものを確かめていく。
誰もが『マーガレット入り』の刺繍作品が素晴らしいと知っていたから。そして、マーガレットの刺繍を仕上げに入れるのが彼女の習慣だった。
刺繍をただ布などに刺した装飾品の一部として扱われてきたものが、彼女の手によって作品として扱われるようになった。そのことすら、彼女は知らないまま過ごしている。
けれど、それで彼女は充分だった。子供達に囲まれ、好きな刺繍を好きなように刺し、大切な家族と満たされた日々を過ごす。
彼女の咎は、親を、家族を失った子供達の笑顔を守ることで、既に神には赦されている。
それを知らないままこの先も彼女は迷うことなく子供達を守っていくのだろう。
そうして、日々は穏やかに、緩やかに、流れていくことだろう。
元聖騎士の夫と共に、子供達が無事に巣立っていく様を見届けながら。
end.
お読みいただきありがとうございます(*´꒳`*)
今回の話で本編は終わりですが、書いたものの投稿するタイミングを逃しちゃったり、どこで放り込めばいいんだろう? と投稿できなかった三話をお送りします。
ということで、明日投稿予定なので、読んでいただけると嬉しいです|ω・)
今作はかなりのんびり投稿をしておりました。
最後までお付き合いくださった皆様、ありがとうございます(*˙˘˙*)ஐ
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改めてありがとうございます<(_ _*)>




