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 私はどうやらデリックに囚われてしまった、と自覚するに至った。

それは先日の、デリック父と兄との面会のさいに言われた『私の婚約者になったこと、絶対に後悔させません。それと…結婚も必ずしますから、逃げられないことも自覚してくださいね』という言葉で改めて感じたことではあった。


 ⁑ ⁑ ⁑ ⁑ ⁑


 デリックの家族と対面して、お父様の言葉を聞いて、ただ思った。もうずっと後悔し続けているんだな、と。

言葉の端々から感じられて、痛々しいなとも思った。そう、私の奥に隠れてるマージェリーと同じだ、と。

多分、マージェリーの抱えるものよりもずっとずっと深く傷があるんだろうと感じた。

 だからだと思う。マージェリーのしてしまった事、マージェリーがずっと想いを募らせてきた人がいたことを話してしまいたくなった。

デリックに気持ちのまま伝えていい話じゃない。だから、やっぱり話すことは出来なかったんだけど。ただ…少しだけ、自分の…前世の自分のことを、話すことに…した。


 デリックと一緒に孤児院へと向かう石畳の小道で。小道の両脇には、この世界ではあまり顧みられていないけど、前世ではハーブとして利用されていたタイムがグランドカバーとして地面を覆っている。それらを踏まないように歩いていく。

 隣を歩くデリックへと視線を移して、様子を窺う。真っ直ぐと前を向いて歩いているデリックは、客観的に見て、整った顔立ちをしていた。でも、私にはただそれだけの感想だった。

前世でも、整った顔を見て「ああ、綺麗だね」と言って終わらせるような人間だったからだろう、と予想がついた。そんな私を思い出して、ふっと笑いがこぼれる。すると、たちまちデリックはこちらに顔を向ける。


「どうしたの?」

「あ、うん。大したことじゃないの。少しだけ、思い出してただけだから」

「何を?」

「うん。デリックの顔を見て、整った綺麗な顔だなって思ったんだけどね。私はいつだってそういう人だったなって。綺麗だから好きになることがない人だって思い出したら、ちょっと不思議で」

「…えーっと」


 私の言葉に戸惑うだけのデリックを見ていたら、もっと笑い声が出てしまう。


「ふふ、おかしい…。あはは」

「な、酷い!」

「ごめんね。デリックの困った顔が面白くて…。整ってるより、崩れてる方が人間ぽくて好きだわ」

「…意味判らないんだけど」


 デリックが拗ね始めたところで、話を始めた。孤児院に着くまでには、終えることが出来るような話じゃないと思いながら。


「私ね、ずーっと遠い場所で生きていた記憶があるの。とは言っても、自分でもそれが本当かどうかなんて証明できないんだけど」

「それって…どういう?」

「信じなくていいよ。信じられるようなことなんて何一つないから。ただ、デリックの秘密ばかり知ってるのに、私の秘密は何一つデリックは知らないから。一つくらい伝えてもいいかなって思ったの」


 私はいつもと変わらない調子で話していく。デリックはやっぱり戸惑いと困惑と、色んな複雑な表情が綯い交ぜになったような顔をしている。

気付けば、いつの間にか私達の足は止まっていた。でも、手は…繋がれたままだ。


「今のマージェリーという人間の前にどういう人間だったのか、はっきりとは覚えてないの。

男だったのか、女だったのか。何歳まで生きたのか、結婚していたのか、していなかったのか、そういうことも覚えてない。自分の名前もはっきりしない。だけど、両親はいて、姉がいたことは覚えてる。

友達は…いたはずなんだけど、どういう人達だったのかはまるで覚えてない。学校に通っていたことは覚えていて、卒業した後には働いていたと思う。多分、子供に関わるような仕事だったはずなの。でも、具体的にどういう仕事をしていたのかは、まるで覚えてない。

ただはっきりと覚えているのは、刺繍を含めた手芸、手工芸、そういったものに興味があって、色んなことを覚えて、たくさん学んだということ。前世の母が手芸作家と呼ばれる仕事をしていて、そういう影響もあったと思う」


 説明出来る範囲で、伝えるだけ伝えた。貴族階級は育った国にはなくて、貧富の差はあっても基本的に皆平等とされる国で生きていたこと、平民だったこと、他にもこの世界()よりも基本的には恵まれた国で育ったことも。デリックは、きっと意味が分からないまま話を聞いていたんだと思う。でも、私の手を離す様子はなくて、私のような意味不明なことを言う人間を拒否することなんて簡単に出来るのに、どうしてしないのだろう? そんな風に私は思っていた。


「マージェリー修道女様、その話は…私にしてもいいような、軽い物じゃ…ありませんよね?」

「うーん? 誰にも話したことはないけど、それほど重いものだと思ってないけど」


デリックが慎重に問い掛けて来る。でも、私はあっさりと返す。私の手がデリックの手から自由になるまでは、きっとこんな態度のままなんだろうな、と思いながら。

デリックが私の手を離した。それから、その離したはずの手を改めて繋ぎ直す。エスコートのために繋がれていた手が、今は指と指を絡めるような形で。

ぎゅっと。

互いに向かい合わせで、両手を繋いでいる今、デリックが私の額に彼の額をつけている。静かにデリックが声を震わせて言葉をこぼす。


「マージェリー修道女様」

「何?」

「…その話は、他の人にはしないでください。あなたと私だけの…秘密にさせてください。私があなたをこれからも守っていくためにも、誰にも話さないでください」

「ええ、それは…もちろ、!」


 私がデリックの言葉に返事を言い終える前に一瞬、唇が塞がれた。驚いて目を見開く私をデリックが頬だけでなく耳も赤く染めながらいたずらが成功した子供のような顔で笑っていた。


「あなたがどんな人間だろうと、私にとっては関係ありません。マージェリーという人間ではない人物の記憶があろうとなかろうと、それも関係ありません。だって、あなたはいつだって子供達のためにがんばっている修道女様でしょ?

それは誰も否定できない事実です。かつて生きたあなたがどういう人間だったのか、それは関係ないことだと思います。それに…私が欲しいのは、目の前にいるあなたです。以前と今と二つの生を知っているからこそ、今のあなたがいる。私はそんなあなたを好きになったんだと…そう思います」


 照れ臭そうに、でも私に言葉を重ねてくれるデリックに、涙が落ちる。どうして涙が出たのか分からない。ただ、デリックが頬を伝う涙をキスで拭う。何度も、何度も。

私は慌てて手を離そうとするけど、デリックが離してはくれなくて、結局涙を自分では拭えなくて。


「マージェリー、この秘密は誰にも言わない。だから、心配しないで。マージェリーが…今この場所にいてくれて、救われてるのはきっと俺だけじゃない。孤児院の子供達みんなそうだ。これは間違いなくカクラート神様が俺達孤児のためにあなたを…呼んでくださったんだと思う。

そうじゃなければ、子供達にあれほど好かれるはずがない。俺達は、出会うべくして出会ったんだと思う」


 デリックがそんなことを言う。カクラート神が本当にそういう理由で私を呼んだとは思えない。実際に神様のことなんて…人間が知ることは無理だもの。でも、どうしてなのかデリックの言葉を否定したくなかった。

小さく私が頷くと、デリックがまた私の唇に軽く触れるだけのキスをする。

 私達はしばらくそのまま、ただ向かい合って手を繋いだまま。黙ったまま。

背後で人の声が聞こえてくる。誰かが歩いてきているらしい。

私達は手を離して、改めてデリックはエスコート用の手を差し出した。私が手を置き、二人で孤児院へと歩き始める。


「ありがとう、デリック」

「当然のことだから」

「…でも、突拍子もないことだったでしょ?」

「まぁ…そこは否定しませんけど、どこかで納得した気がします。マージェリー修道女様は貴族らしくない人だから」

「そうね。以前は平民だったもの。だから、今の方が落ち着くの。家族のいるお屋敷にいるよりもね」

「……そうだったんですね。そっか。それなら、俺も同じだ。公爵家の子供だって言われても、今更無理だって思うし」

「そうよね、今更よね」


 私達は笑い合って歩いていく。

孤児院の前まで来ると、どちらからともなく手は離れていった。でも、それが寂しいということはなくて。ただ、ふと思う。また理由なんてなくても、デリックの手を私が取ることは別に問題にならないと。

今は自由になった自分の手は、また彼の手を求めてもいいんだって気付いた。そして、同じように彼も私に手を伸ばしてくれているんだと。


「それじゃ、マージェリー。また」

「ええ、またね」


 去って行くデリックの背中を見送って、私も孤児院の建物の中へと入った。

デリックがくれた気持ちが、私の心をあたためてくれていることに酷く安心している自分に苦笑しながら。

気付かず、前世の記憶があることが私自身の負担だったのだと、この日初めて知ったことだった。

手を繋いでることが印象に残るといいな、な回でした。

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