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本日二話投稿で、その一話目です。

「ステラ修道院は国境に接した土地にある。そして、今は各国も落ち着いているしきな臭い状況もない。孤児院のバザーは、接している他国でも話題に上ることがあるくらいには、知られている」

「! そうだったのですか? それは嬉しいです」

「はは、喜んでもらえる話題だったのなら、こちらも嬉しいよ。それから…マージェリー修道女様にはありがたくない話かもしれないが、貴女の刺繍作品を目にした貴族の中で、画家や音楽家などの支援をするのと同じく貴女の作品作りの為に支援を、と考える者がいてね」


 私は「またなの?」と声にはならない声で呟いてしまった。勿論デリックにも聞こえるはずがない。だけど、デリックは繋いだままの手を優しく握ってくれた。

デリックと髪と瞳の色が違うだけで、デリックと同じ顔をしたデリック父は眉尻を少し下げて、そして言葉を続けた。


「それだけ貴女の作品は注目を浴びている。バザーでの刺繍作品は子供達の手によるものだと聞いたが、どれも良いものだったよ。それだけの技術を子供達に教えて、更に自身の作品はどれも素晴らしいと。

確かに刺繍は貴族令嬢にとっては、嗜みだろう。けれど、あれほどの大作になると…もう芸術作品の域だ。だからこそ、分かり易く支援をしている…つまりは後ろ盾になっている存在がいることを示したほうがいいと考えた。他の貴族から搾取されないようにね」


私はデリック父に小さく頭を下げた。


「お気遣いいただき、ありがとうございます」


頭を上げ、改めてデリック父をちゃんと見た。デリック父も気持ちが伝わったのだと理解したようだった。とても安堵した様子だから。

院長様もちょっと安心した、みたいな顔をしてるし。もう! だったら院長様から突っ込んでくれてもいいじゃないですか! 内心頬を膨らませてみたけど、前世の年齢がどれくらいははっきりしないけど、多分そういうのが可愛いお年頃じゃないのは明白だから、羞恥心が先に来たのは内緒。


「私達の婚約のこともお気遣いいただいたようで、誠にありがとうございます。マージェリーのことは、私にとっても気掛かりで…。以前にも同じように援助を申し出てくださった貴族家がありました。

その際には祖父が助けてくださったので、難を逃れることができましたが…」

「デリックにとっての掌中の珠が穢されるところだったね」


 デリック父がデリックの言葉に頷きながら言葉を返す。スルーすることにした私は気付かなかったふりして、デリックの隣に座っている。握られたままの手は少しだけ親指が動いて、私の手の甲を撫でた。


「だから、父上にも伝えたんだ。聖騎士との婚約が成立している修道女なら、たとえ平民同士の婚約だったとしても貴族からの横槍に耐えうるはずだ、と」

「え?」


小さく声を漏らしたのは、デリックだった。私も同じタイミングで、けれど心の内で同じ一文字を漏らしていたけど。


「…貴族家からの援助の話は、父上から聞くよりも先に知っていたよ。ただ…助ける手立てがなくてね。だから、父上にはさり気なくカクラート教の修道士、修道女の話を聞いたから、と話題にしたんだ」

「…婚約は、祖父の提案であり対策なんだと」

「そうだな。ただ…デリックの最愛を、もう奪う者がいないようにと考えただけだ」

「……」


 複雑そうな顔をするデリックに、私は黙ってただ握られた手を少しだけ強く握り返した。

デリックが少しこちらに視線を向けたけど、すぐにデリック父へと顔を向ける。

デリック父は、寂しそうに、でも少し満足げにも見える笑みを浮かべていた。そうなんだな、と私は思う。デリック父の後悔は…ううん、懺悔と言っていいと思うけど、嘘偽りのないものなんだって私は感じた。

デリックから母親を奪ったのは誰もが望まない死だった。そしてそれはきっと、避けようのないもので仕方のないことだった。でも、デリックから家族を奪ったのは…デリック父自身。

 もちろん、デリック父だって奥様を亡くしたわけだから、喪失感を埋めるために、心を守る為に必死だったんだろうとは思う。でも、親なんだから…子供を守る為に頑張るべきだったんじゃないのか、と他人は単純に考えてしまう。実際には、デリック父が感じた喪失感がどれ程のものなのかは、推し量れるものじゃない。だからこれ以上は推測に推測を重ねても意味がないけど…ただ、確実に言えることは、目の前のこのデリックの父親という人物は、デリックのことを本当に考えて、幼い頃守れなかったデリックの代わりに、今を守ろうとしているということ。


「私は、もうずっと君のことを手放してしまったことを…悔いている。もし、あの頃の君を取り戻せるのなら………君をサイラスと二人一緒に、愛してやれたのに…」


 デリックが一瞬、体を強張らせた。すぐにそれはおさまったけれど。

うん、そうだね。やっぱりデリックだって許せない気持ちがあるんだね。実の父親が兄と一緒に訪ねてきた。普通の親子関係じゃない。詳しくは聞いてないけど、お父さんから育児放棄だけじゃなく、もしかしたら…命に関わる危険があったのかもしれないね。育児は幸い乳母がいたから、大丈夫だったと思う。だけど、祖父母が異常に気付くのが比較的直ぐだったわけだから、本当に酷かったんだろうね。

 そして、デリック父は今その当時の自身を悔いていて、酷く憔悴しているように思う。うん、実際そうなんだろうと思う。もうずっと後悔し続けている人なんだと分かる。私の中にあるマージェリーの抱える後悔もそうだから。でも、デリック父のそれは…私の抱えるものよりもずっとずっと暗くて深くて、抱えていることすらキツイものなんだろう。

 デリックはそんなデリック父を理解出来るんだろうか? きっと出来ないだろう。でも…後悔していることは理解出来ると、思う。…でも理解出来るからと言って、デリック父を許せるかは別の話だから。

まぁ、私としては許さなくてもいいと思うけど。

握られた手が、少しだけ緩んだ気がした。それから、デリックがゆっくりと口を開いていく。


「…あなたの事を恨んだことも、多分あったと思います。どうして…親がいるのに、一緒にいられないのか? と考えたことも。ただ、育ての親であるあの方達のおかげで、私は最愛の人と出会えました。だから!

あなたの事を恨むとか、そういう…否定的な気持ちは、あまり考えたくないと思っています」


そこまで言うと、デリックが改めて私の手をぎゅっと握った。


「おじいさまも、おばあさまも、ずっと気遣ってくださっています。ですから、公爵家の皆様との関係は………否応なくあるのも事実です。ですが、私は…私自身は平民ですし、貴族として生きることは考えておりません」


デリックの顔を私が見上げれば、デリックもこちらに顔を向けた。少し口元を緩めて、笑っている。けれど、デリック父と兄に顔を向けた瞬間に、元の表情に戻る。無表情でもなく、厳しいでもなく、ただそこにあるのはただ、拒絶の色のない虚しさに見えた。


「少し…発言をしてもよろしいでしょうか?」


 私は控え目に声を掛けた。親子の会話中に割り込んでもいいのか、少し悩んだのだけれど。それでも、やっぱり伝えた方がいいように思ったから。


「マージェリー?」

「どうぞ」

「ありがとうございます。今お話を聞いていて感じたことです。公爵閣下もデリックもまだお互いに親しい間柄ではないので、一足飛びに距離を詰めるようなことはしなくてもいいのではないでしょうか?」

「……距離を詰める?」

「…」


デリックが訝し気に私の名前を呼ぶ。そして許可をしてくれたのはデリック父。私が感じたままに考えを告げれば、私の言葉を繰り返したのはデリック。黙り込んだのはデリック父。そして少しだけ首を傾げて、一つ頷いたのがデリック兄。


「そうですね。マージェリー修道女様の仰る通りです。父上、あまり急ぐ必要もないと思います。お二人はずっとこの地にいます。僕達がここへ会いにくればいいだけですよ」


デリック兄は私に視線をくれて、少し微笑んでいた。


「父上、僕達と違ってデリックは戸惑うことのほうが多いと思うから…、とにかく時間をかけましょう? デリックにとっては公爵邸に招くのは、無理矢理連れて行くのと同じですし、そういうことは避けるべきですし」

「あ、ああそうだ、そうだな。デリック、済まなかった。ただこちらの気持ちを…押し付けようとしていた、かもしれない」

「いえ、お気になさらないでください」


 少しだけ、場の空気が軽くなったような気がする。それは、他の人達も感じたようだ。


「そこで、なのですが。今後のことを簡単にでも決めませんか? デリックと公爵家のお二人が交流するためのルールのようなものを」


 私はにこやかに…胡散臭くならないように、令嬢らしく笑ってみせながら、提案してみる。


「マージェリー?」


 デリックが不思議そうにこちらを見るけど、握られた手に緊張感は伝わってこない。大丈夫、きっと大丈夫。そんな気持ちを込めて、少し握り返す。


「ステラ修道院の孤児院で、夏にバザーを毎年開催しています。そこに私の家族が毎年来てくれて、短い時間ですが家族水入らずで時間を過ごしています。

もし、お二人も可能であればですが、同じように来てはいただけませんか? 聖騎士として働くデリックの姿を見ることも出来ますし、何より彼がどういう場所で生きてきたのかも知る機会になると思います。

それ以外でも、今回のように面会することも出来ますから、お時間がある時に来てくだされば、またデリックと会うことも叶うはずです」


 言葉を選びながら、伝えていく。どこまで伝わっているのかは分からないけど、理解出来ないようなことは言ってないはず。

私はデリックに一度視線を投げかけ、デリックもそれに応えてくれた。


「公爵様、小公子様、この場に来てくださるまでに色々と葛藤があったのは、お話をお聞きして理解しました。

ただ、私はお二人とは縁も所縁もない立場だという理解しかございません。ですが、祖父母と、育ての両親からは、本来は公爵様はとても優しい方だとお聞きしています。

今はまだ、お二人と家族になることは、難しいです。そこは…心情的に申し訳なく思っています。ですが、私にマージェリーという最愛の人と出会う切っ掛けをくださったのは、間違いなく公爵様の存在が大きいです。

そこは本当に感謝しているのです。

正直なことを言えば、お二人を受け入れられるのかは分かりません。でも、努力もなく…拒絶はしたくない、と思っています。

…ただ、私を生んでくださった母という人の事を…教えてくださいませんか? どういう人だったのか、知りたいと…」

「父上、僕も母上のことをもっと知りたいです。父上から教えていただけないでしょうか?」

「ああ、分かった。次に会う時には、姿絵も持ってこよう。どんなことが好きで、どんなことで笑う人だったのか教えよう。

君達二人が彼女のお腹にいた時、どれだけ二人を慈しんでいたかも、伝えよう…」


 少しだけ、三人が家族らしい姿になったのかも、と私は思った。私はただの傍観者状態でいいと思っているし、正直まだデリックと結婚するつもりも…実はないし、だからそこは誰にも内緒で、ただこの場にいるのだった。

 家族が家族としていられるのなら、それは当たり前のように尊いことだと思う。でも、そうではない関係というものもある。私は…マージェリーの行いで、壊した側にいる。デリック父も同じだろう。

そして、デリックとデリック兄は…壊された側だ。けれど、その二人の間にも溝はある。きっと生涯埋まることはないと思う。

溝は埋まらなくても、飛び越えていけるはずだ。だって、デリックならそれだけの強さがあるのだもの。きっと大丈夫。許せなくても、許されなくても、きっと…大丈夫。

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