+ 41 + *side:デリック実父* 1
もうずっと悔いる日々を送り続けてきた。
デリックが死んだと父に聞いたあの日から。
どうしてあれほどあの子を厭わしく思ったのかもう思い出したくもない。
どうしてあの日デリックの双子の兄サイラスだけを特別だと思い込んでしまったのか。
そのせいでサイラスに責められることになった。
そんな言葉を滅多に綴ることのない日記帳へペンを走らせ残す。
自室の文机の前で息を吐く。戻ってこないだろう子供のことを思う。
双子として生まれたサイラスとデリック。二人の髪も瞳も顔立ちもまるで似ていなかった。サイラスは亡き妻に、デリックは私に似ていた。だから、二人が間違いなく私達夫婦の子供だと誰が見ても証明してくれる存在だった。デリックは父と同じ色を受け継いでもいたというのに…。
妻は体の弱い人ではなかったが、身籠ったことで病が分かってしまった。子供が一人だったなら、問題なかったかもしれない。けれど、二人。そのことが妻にとっては負担になってしまった。サイラスが生まれるまでがとても長く、体力を随分消耗してしまっていた。
それでも、妻が子供へ傾ける愛情は自身の身を削ったとしても後悔はないというほどの強い物だった。だから、デリックのことも自身の命と引き換えにしたのだと、今ならちゃんと受け止めることも出来るし、彼女の思いも引き受けることも出来る。
でも、あの時の私には無理だった。最愛の人を目の前で失ったことを信じたくなかったし、その最愛の人が守ろうとした者のせいで彼女が逝ってしまった事実を。今の私ならあの当時の考えや気持ちを絶対に持たないと思う。けれど、あの時は子供よりも妻のことしか考えられなかった。
喜ばしい嫡男の出産までは、妻も生きていられた。だが、予備の次男の出産で妻が命を落とした。この事実はあの当時の私には耐えられるものじゃなかった。
「…どうして、もっと子供達のことを考えてやれなかったのか」
デリックが生まれた直後に、彼女の残した言葉をどうして理解出来なかったのか…。
『もし、私が死んだら、子供達のことお願いね。あなたは父親なの。私が傍にいられなくなるのだからちゃんと育てて、守ってあげて』
彼女はもうずっと前から母として子供達のことを案じていたというのに。私は、子供が生まれても父になりきれなかった。どうしてこれほど愚かだったのか。
しばらくは彼女恋しさに子供達のことを忘れていた。けれど乳母に子供達の様子を見て欲しいと言われ、ベビーベッドに眠る二人を見た。その時に彼女に瓜二つのサイラスがいれば、それでいいと思い込んでしまった。自分そっくりの、彼女を死なせた子供などどうでも良かった。妄執だったと今なら思う。それほどに自身が愚かだったことも理解している。だけど、それでも。妻を失ったことが私には耐えられるものではなかった。だから。
だから、私は自身に嫌と言う程瓜二つの、デリックを遠ざけてしまった。いや、いないものとしてしまった。そして、同時に…デリックを許せなくなってしまった。
私の罪は、デリックを厭うたこと。そして、それを当然だとしてしまったこと。妻が何よりも守って欲しいと最後に伝えていたのに。
彼女の最期の願いだったのに。そして、何よりも私達二人の宝物になるはずだったのに。子供達二人が、二人の成長していく日々が、そして家族としての時間が。
どうして、あれほどデリックを…。
あの日、異国の地で出会った父の側近だったはずの侍従は夫婦で旅行へ来ていると言った。話をしている途中、侍従の妻が少し用があるとその場を離れた。その時間は僅かだった。特に気になることなんてなかった。だから、あの時は侍従だけと話を少しして別れた。
けれど、暫く経って気付いた。あの時夫人の近くに幼い子供がいなかったか、と。次に彼らを見かけたのは領地にいる父と会った時。彼らに子供がいたという話は聞かなかった。ただ、違和感は付き纏ったまま。
一緒に領地へ戻ったサイラスを見る両親の様子から、たった一人残った孫を可愛がる姿があるだけ。デリックのことを感じさせることもない。それなのに父の侍従の様子は何かを思わせる。それが何かは分からない。分からないけれど、それが子供のいないはずの侍従夫妻が他の使用人達の幼い子供の扱いが異様に慣れていることで少し気付いた。
あの日の子供は、彼らの子供じゃない。今一緒にいないのだから。
ではその子供は一体どういう立場にいたのか?
どこの、誰の、子供だったのか?
繋がりそうで繋がらない。点は点のまま。線にならない。ただ事実がそこにあるだけで、その事実にどういう意味があるのかは分からない。
でも、違和感がずっとある。
もし、もしも。あの時の子供がデリックだったとしたら、その意味は何だ?
もしも、あの子供がデリックだとしたら、今あの子供はどこにいる?
もし、デリックが死んだという前提が嘘なのだとしたら、その理由は?
気付きたくない事実に気付く一歩手前。
そして、それが己のあやまちのせいなのだとしたら。
両親に嘘を吐かせてしまうほどに、私が愚かだったという事実があって、デリックに不要な苦労をさせてしまったという現実に気付く一歩手前。
嗚呼、そうだ。
あの日の、あの子供はデリックだったのだろう。彼らは愚かな父親からデリックを守る為に、あの地にいたのだろう。
デリックが生きていることを私が気付かないようにするため、彼らの元ではない別の場所へデリックを…。
一体何処へ?
私はただ己の愚かさに悔いる日々を過ごしている。サイラスがデリックの存在を知った時、どれだけ嬉しそうに笑ったか。
家族が私とサイラスの二人だけではないと、そのことに喜んでいた。
そうだ。サイラスにも寂しい思いをさせてきたのだと、初めてそこで気付いた。なんて情けない親なんだろう。
今更、デリックを迎えることは難しいかもしれない。けれど、サイラスのためにも我が家へ迎え入れたいと考えている。
もし、それが叶うのなら…デリックに今までの事を謝りたい。許されることはないと思う。それでも、デリックとちゃんと向き合いたい。
……そう思いはするが、本当にデリックが生きているのかも分からない。ただ、生きているのであれば、今はただ遠くからでもいい、デリックが元気でいることを確かめたい。
本当に、生きているなら。
サイラスが今年十八歳になった。つまりはデリックも。成人してしまっているデリックを、貴族だから、デリックの親だから、そんな一方的な理由で連れ戻すことは出来ないのだから、ただ元気でいると確かめられればそれでいい。
時間がかかってもいい。デリックと話すことが出来れば…。
そんな夢のようなことを願ってしまうのは、あの時の少し視界に入った子供がいたことを思い出してしまったせいだろうか。
「デリック。…情けないこんな父親だが、いつか会える日があるだろうか」
本当は知っている。父がリリェストレーム王国のある修道院に多額の寄付をしていることを。
そして、領地の私設騎士団の若手の団員を数人、聖騎士にしたことも。
父の侍従が毎年夏のある時期になると休みを取っていることも。
それがどういうことなのかを考えてしまえば…答えは容易に導き出せる。けれど、その答えの持つ意味は、全てが己の愚かさに原因があるのだと突き付けてくる。
胸が痛くて仕方ない。けれど、デリックに会えるかもしれない、そういう希望を持つくらいは、許してほしい、と…呟いてしまう。
たとえ、会うことが叶わなくとも…デリックの助けになることがあるのなら、迷うことなく手を伸ばそう。
お読みいただきありがとうございます(*´꒳`*)
明日も投稿予定です。
それから、8月の投稿についてですが、投稿の予約をなんとかし終えました。
と言うことで、8月中に完結という流れになります。
あと一月程お付き合いいただけると嬉しいです( ´͈ ᗨ `͈ )◞♡⃛
その間も推敲は続けますけどね。主に誤字探し中心で…。
ブックマーク登録、評価、いいね、ありがとうございます(*˙˘˙*)ஐ
次回もがんばります( ´ ▽ ` )ノ




