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変化というものは唐突に起こるもの。それは確実に大きな変化だった。けれど、誰もその変化の前触れに気付くことはない。案外そういうことばかりなのだと思う。私が前世の記憶を取り戻した時も、気付けばそうだった、としか言えないのだから。
聖騎士としてステラ修道院に赴任してきたデリックは、聖騎士の中では一番年下で新人ということもあり、いい意味でも悪い意味でも、聖騎士たちの間では可愛がられる存在だった。もちろん、妬まれることもあるらしいが、それでも思い切りやり合って、気持ちをぶつけ合うと結果的には仲良くなれるよ、と笑ってデリックは話す。彼は彼なりに聖騎士としての日々を謳歌しているようだ。
私は相変わらず孤児院の奉仕を続けている。子供達を健やかに育むために、日々奮闘して…は、ちょっと違うかしら。でも、がんばっているのは嘘ではない。子供達と毎日楽しんでるけど。
そんな私に、また「刺繍のための支援をさせていただけませんか?」というお誘い(?)があった。
当然のように修道院の院長様に呼ばれた私は、修道院の院長様、副院長様のお二人、そして孤児院の院長様も揃っている院長室で、なんだかまたとんでもないことがあったのかと挙動不審になりかけた。
いやだって、慌てるでしょ。普通に院長様や副院長様が揃ってお話するなんてのは…普通有り得ないわけなんだもの、ただの修道女に対して! 更に孤児院の院長様もいらっしゃる。
「あの、皆様がお揃いというのは…また何か面倒なことでもあったのでしょうか?」
私は恐る恐る尋ねてみた。当然のようにその返事が怖い。いやだって、問題は解決したと言っても…私がやらかした訳じゃないけど、私がターゲットにされた案件があったわけだし。
「マージェリー修道女、わざわざここまで来てくれてありがとう。今回は、面倒事ではないから安心してほしい」
「良かったです」
「そう思ってしまっても仕方ないね。とりあえず、座りなさい」
「はい。失礼いたします」
院長様に言われるがままソファへと座る。以前は対面に副院長様のお二人、そして上座に院長様。今回は私の座るソファに孤児院の院長様も一緒に座っている。つまり並んで座ってる。
「今回も、と言ってしまうけど、マージェリー修道女に支援をしたいという申し出があったよ」
「…え?」
「ただね、今回は以前とはちょっと事情が違っていてね。マージェリー修道女の還俗は望まれていないんだ。ステラ修道院にいながら、刺繍のための時間を増やせるように、という申し出だったからね」
「?」
なんだか突拍子もない提案をされたということなのかも、ということは理解出来たんだけど、何故に修道院での立ち位置を他人に左右されなくちゃいけないんだ? とちょっとばかりムッとしかけた。でもそれを顔に出すことはない。代わりに意味が分からないという顔はしておいた。
「やはり疑問だよね。どうして修道院にいてもいいと思うのか、どうして修道院での時間の使い方を指示してくるのか。それから、デリック聖騎士との婚約のことも問題ないと仰られていたよ」
んー? 正直意味が分からない。支援をすると言うけれど、あくまでもそれは私のための、ということみたいだけど…修道院から離れる必要がないとか、婚約もそのままでいい? 刺繍の時間を増やす方向で、ということは明確に伝えられてるみたいだけど、全く意味が分からないんですけど? どういうことでしょうか?
私が修道女でありながら、このステラ修道院で刺繍の技術を高め、私の名前が知られるようにと望む、ということかしら? んー? 支援をする人にとってそれのどこにメリットが? 私自身は生涯修道女でいたいと思ってるわけだから、刺繍を作品として残していくことは問題ないけど、名前を同時に残すつもりもないのに。ただの修道女が刺した刺繍というだけで充分だもの。前世の母のような手芸作家という立ち場を欲してるわけじゃない。もし欲していたなら最初から私はそういうふうに振る舞ってる。でも、そうじゃないんだから刺繍の支援というのも、実はあまり有難い物でもない。というか…辺境伯家が既に色んな物を購入してくれてる時点で支援をしてくれてる状況だから、どうなのかな? って思うでしょ。
「支援と言われても、既に家族から多くの物的支援はしてもらってますし…」
「支援をしたいという方の望まれていることは、マージェリー修道女の刺繍作品の一部を購入する権利、ということだったからね」
「……購入、ですか?」
「そう。その為にマージェリー修道女が刺繍をするための環境を修道院にいても、いなくても、整えて欲しいという意味で支援したいと仰られていてね」
「??? そんなに欲しいと思ってくださるのは有難いことですけど、実感がない…です」
院長様お二人は柔らかく微笑んでらっしゃる。それとは対照的に私は眉を寄せて困惑気味な表情をしているに違いない。
「支援を申し出てくださった方はね、デリック聖騎士のお父上なのだよ」
修道院院長様が口を開く。そして空気を揺らした声はとても穏やかで、いつもと同じ優しい声音だった。けれど、聞こえた言葉の意味は、理解が及ばなかった。
「…デリックのお父様? え? デリックを育てたという方、ですか?」
「いや。デリックの血の繋がっている本当のお父上だよ」
「……ええぇぇぇえ?」
私の今の表情は、確実に前世の私そのままだろう。だって、目は据わっていただろうし、胡乱気な私の表情はお二人の院長様に軽く驚きを与えたんだろうと思う。お二人が少々目を大きく開いてらっしゃる。うん。
まぁ、私もデリックの生まれとか事情とか聞いているから、デリックの実父が私を支援したいという意味がまーったく理解できないわけですね。デリックを厭い疎んじた人が、どうしてデリックの未来の妻になる(あくまで予定。予定は未定)人間の支援をしたがるの? もっと言えばそんな人間の刺繍した作品を欲しがる? お金を出してまで! 意味が分からないんですけど!?
…そして院長様お二人はデリックの出自もやっぱり御存知だったのか、とも思ったけども。そこは触れない。触れないほうがいい。というか知ってて当たり前、かも。
「院長様、デリックのお父様は…デリックのことを嫌っているとお聞きしています。私の支援の条件として修道院から出なくてもいいというのは……デリックを修道院から出さない為、という意味で捉えていいのでしょうか?」
「そこは、どうやら違うようですよ」
答えてくださったのは孤児院院長様。
なんか分からないんですが? 寧ろ私を修道院から出さない対策をして、デリックの将来の嫁に完全に縛り付けてしまえば、デリックの実家は安泰になるから支援って形を取るって言われるほうが…納得いたします。それが違うって…どういう意味があるのか理解しかねるんですけど。
私の顔には、ただ一つ疑問符だけが浮かんでいたのだと思う。孤児院の院長様はそんな私に困りましたね、と言いながら言葉を続けた。
「詳しい事情は分からないんです。ただ、お父上は何か後悔をされているようでした」
「後悔…」
「きっとデリック聖騎士との関係なんでしょう」
「…今頃」
「そう思ってしまうのも仕方ないですね。けれど、何か考えが変わるようなことがあったんだろうと感じましたよ」
「…そう、なんですね」
詳しいことは流石に院長様も御存知じゃないのか。むぅ。私が支援される側で、しかもその相手がデリックを虐げてきた父親。私を支援したいと言うのなら、その理由を知る権利くらいは…ありそうなんだけどな。
とは言っても、この場で知ることは無理のようだから、もし機会があるならその時でいいか。
お読みいただきありがとうございます(*´꒳`*)
暑さにやられて、熱中症ぽい感じに体調がなってしまったので、水分補給と休養を心がけてます。
暑さに弱いので、夏はツライです。
皆さんもくれぐれもお気を付けて〜☆
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次回もがんばります( ´ ▽ ` )ノ




