閑話 マージェリーの贖罪
私は修道女として、このステラ修道院でそれなりの時間を過ごしてきた。
ステラ修道院に入る切っ掛けとなった事件がある。
まだ前世を思い出す前のことだったから、私がマージェリーを止めることも出来なかった事件だ。
リリェストレーム王国にある貴族学院の卒業式後に行われる卒業パーティーが始まる前のこと。
全寮制の為、卒業生達は寮から会場であるホールへ向かうために一斉に階段を下りていく。マージェリーは、その中の一人ステファニー・メイプル男爵令嬢の背を押した。
故意に。
悪意をもって。
幸い、と言っていいのだろうか。否、そんなわけはない。
男爵令嬢は階段から落ち、足首を捻挫。腕や背中も階段で打撲したため、体に痛みがあったと思われる。きっと貴族令嬢として酷い負傷だったはず。
マージェリーが男爵令嬢を害したことは、すぐに知られ、貴族学院の卒業資格をはく奪された。
その後、修道院に入ることが決まる。
その時マージェリーは、二度と修道院の敷地の外には出ない、と決めて修道院へと向かった。その意思は私のものではなく、間違いなくマージェリーのもの。
前世の記憶が戻ったのは、そんなややこしいというか、面倒臭いというか、精神的にマージェリー自身がかなり大変だった頃。自業自得だけど。
確かに私自身もマージェリーのしてしまった事に関して、他人事でいたかったのは本音。だけど、肉体はマージェリーのもので、精神的にはマージェリーよりも私のほうが圧倒邸に優位な状況で、時間はどんどん進んでいった。
マージェリーと私は記憶、知識、経験、様々なことを共有し、今では二人が一つになれていると思う。
でも、少し私が優位という側面はあるけれど。
そんなマージェリーだけど、もうずっとステファニー男爵令嬢に対し、ちゃんと謝罪出来ていないことが心の奥で引っ掛かったままだ。
彼女とエクルストン次期公爵との結婚式も無事行われたと、母親であるマクニール辺境伯夫人の手紙で知ったこと。
最近、修道院に飾っていただいてる私の刺繍作品を殊の外評価していただいている。だから、御二人のご結婚のお祝いとして刺繍作品を謝罪も兼ねて刺そうかとも考えたことがある。
けれど、せっかくの慶事なのにそこに謝罪を含めるのは…興覚めにもほどがある、と考え直してやめた。
いつ、渡せるのかも分からないけど、叶うなら次期公爵夫人が御子を抱く姿を刺繍に出来ればいいな、と考えた。
考えたけど、よく考えなくても次期公爵夫人の顔とか表情とか、あまり覚えていない。だから、実際問題難しいという現実問題が横たわっている。
えー、つまりあれです。前世の私がほぼほぼ表に立ってる状況で、マージェリーとの記憶の共有が出来ているんだけど、実際問題前世の人格の私が主軸になってる今はマージェリーが次期公爵夫人のことを良く思っていなかったという記憶のフィルターがあるから、客観的な記憶がない、と私は感じている。だから、顔とか表情とか本当にちゃんと覚えてない…というわけです。
「…これは、やっぱりカクラート神様と赤ちゃんの図で刺繍を刺せってことですか?」
気の抜けた声を口に出しながら、でも案外これは良い案だと思えた。
カクラート神は愛も司る神。そして、次期エクルストン公爵夫妻は、互いを慈しみ合い、とても仲の良い御二人だというのは…貴族学院の頃からの話だ。
つまりは、カクラート神がそんな二人を祝福しないわけがない! という、とんでも理論で無理矢理刺繍を刺すのもありだろう、と私は考えた。
まぁ…所詮、加害した側の自己満足でしかないのだけど、それでも誠意は示すべきだと思う。
例えモチーフがカクラート神であっても、彼らが気分を害してしまえば、きっと刺繍作品は破り捨てられてしまう。それでも、私は文句を言える立場ではない。きっとその場にいることすら出来ないし。ある意味当然だとも思うから。
そう思いながら、以前一度同じモチーフで刺繍をしているため、二度目の今回は少しだけ楽に作業に入っている。
クロスステッチ刺繍のため3㎜単位の方眼紙(刺繍の刺す位置と色を指定するためのもの)に既に、カクラート神と赤ちゃんのモチーフは記されているから、その準備がないのは時間短縮が出来てありがたいですよ。
このクロスステッチ用の下絵とも設計図とも言える図案は、ステラ修道院の物として扱われるので、今回の刺繍に関して言えば、修道院の院長様に許可を貰ってから刺し始めている。
だから、修道院に飾られているものとは別のものであることを示すために、刺繍糸を少し変えているし、最終的にいつもはマーガレットの花を隅に小さく刺繍して完成としているけど、今回はそれをしないつもりだ。誰が刺した物か分からないようにするために。
ステラ修道院へ来る貴族は、夏のバザーに合わせて来ることが普通だから、彼らがわざわざこの辺境の地へ来ることはないだろう。例え来る機会があったとしても、修道院に来ることは絶対にない。
エクルストン公爵領は、ステラ修道院のあるマクニール辺境伯領とは王都を挟んで反対側にある。目的を持って来ると決めない限りは、会うこともないだろうと私は思っている。
きっと彼らと会うことは本当にないのだと理解しているし、私が会っても意味がないような気もしている。マージェリーの気持ちを代弁するだけでしかないから。
でも、マージェリーの償いたいと思っている気持ちや、彼らがこの先幸せであって欲しいと願っている気持ちを伝えるくらいなら、私でも出来ると思う。
ちゃんと謝罪がしたいと私ではなくマージェリーが強く願っていることも理解しているから、もしもその機会が得られるのなら、私は彼女に代わって彼らに気持ちを伝えるつもり。
ただその機会がないことも重々承知しているけれど。
そんなことを考えながら、二度目のカクラート神様と赤ちゃんの刺繍をクロスステッチで刺している。前回とは違う、少しだけ淡い色合いになるよう、母親ならきっとこんなふうに柔らかく子供を包み込むのだろうと思いながら、刺繍糸を変えながら。
一目一目、色を確かめながら刺していく。
お二人が幸せな家族となりますように。
お二人が幸せな時間を築けますように。
お二人が誰より一つでありますように。
お二人が…素敵な、
少しだけ胸がきしんだ。ほんの少しだけ。でも、それは私のものじゃない。
私の気持ちがどこにあるのか、もう知ってるから。
そうして、ずっとこの先も同じ気持ちを抱えて、私は一目一目刺していく。
誰にも知られることのない彼女の気持ちが癒えるのを待ちながら。
私がマージェリーとして生きていくしかないように、マージェリーが私としているしかないように。
私がマージェリーとして、贖罪を考えない日は、ない。
多くの時間を子供達に費やしていても。
奉仕のために気持ちが向いてしまっていても。
そこに私自身の気持ちしかなくても。
マージェリーは、いつだってあの日を後悔していることを、知ってる。
修道院に入った理由を、忘れることはやっぱり無理なのだろう。
贖罪の日々は、きっと終わらない。
お読みいただきありがとうございます(*´꒳`*)
マージェリーさんの刺繍を受け取って、クロスステッチだけで刺された作品を見たステファニーさんは「…もしや、転生者?」と疑問を、持つのかな?とふと思いました。
この世界、一種類のステッチだけで刺繍を刺すことがありません。
ステファニーさんが前世で興味ないものだと気付けないから、どうだろう? もし気付いたなら、どう思うだろう?
この辺りの作者自身の素朴な疑問は、ほぼほぼ終わりに判明したので現時点で満足してるところです。
最終話辺りなので、気になった方はしばらくお待ちくださいませ。
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次回もがんばります( ´ ▽ ` )ノ




