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デリックとの婚約を修道院院長様に報告した後、正式に修道院で私達が婚約者であると公表することで、私を還俗させたがっていたマクマホン侯爵家を黙らせることに成功したのは、与えられていた一ヶ月の猶予の少し手前というところだった。
寄付金も問題がなくなり、私に聖騎士という修道院にとって願ってもない相手である婚約者がいるという事実は、ステラ修道院のある湖の島からすら出なくてもいい環境が整ってしまっていて、私が結婚をすることになったとしても修道院の敷地の外に出ることはないことも確定した、という認識になるらしい。
要するに「あなたの寄付金なくてもやってけるし、同じ志を持つ婚約者もいるので、申し出についてはお断りします」ということになる。
私を一番に還俗させたがっていたのは確か侯爵家の嫡男だったはずなのに、実は御当主が執着していたらしいと後に聞いた。なるほど、お母様と同じ顔立ちの私を代用品にしようとしてたのか? と勘ぐるではないか。
両親に今回の件は無事に問題を解決出来たよ、と手紙で伝えたところ、先のことを教えてもらったんだけど。
…お母様『美人過ぎて問題をもしかして他にも作ってないか疑惑』がちょっと私の中で生まれたことは秘密。とばっちりはごめんです。
冗談は置いといて。
問題はそこではなく、別のところにあった。
デリックとの婚約は形ばかりのもの、ということは間違いなく修道院の院長様も副院長様も理解されてる。孤児院の院長様方も。でも、子供達には大人の事情的なことをうまく伝えるのは難しいだろうということで、ただ婚約をしただけ、という表面的な事実だけを伝えるにとどめたのだけれど。
それがダメだった。
「ねぇマージェリー修道女様! デリックのどこが良かったの?」
「やっぱりお金?」
「顔?」
「修道院にいるなら、お金とかあまり関係ないよね? やっぱりずっと好きでいてくれたってのが大きいの?」
子供達に二人の婚約に関して根掘り葉掘り聞かれることになるなんて…。子供だから容赦ないし。遠慮ないし! 大人の事情がなくても、これツライ。
前世で有名人が何かプライベートなことでインタビューされてるのをテレビで見かけたことがあるけど、あれものすごく面倒k…じゃなくて、大変だったんだろうな…。世界違うけど、お疲れ様って伝えたくなった。
そんな現実逃避したくなるくらいに、子供達からガンガン言葉が投げかけられててね、こちらの答えを待つ気がないみたいで、ずーっと子供達から質問されてるのに、他の子供がそれに答えててね。
ああ、こうやって勝手に憶測した意見を聞いた別の誰かが「なるほど~」って納得して、どんどん尾鰭がついて噂が広がるんだなぁなんて遠い目をした私が今ここにいる。
「お姉ちゃん、今度はちゃんと幸せになってね」
私にずっと貼り付いていたジーンが、今ではもう大丈夫になってるんだけどね、その代わりにこんなことを言う。泣きそうになる。まるで今世では幸せになって、と言われた気がしたから。もっと言うなら、マージェリーさんが幸せを掴めるところにいるんだよ、そう言われた気がしたから。
まぁ、結婚するつもりはないんだけど。
でもね。孤児院での奉仕が終わる頃になると、デリックが毎日迎えに来るものだから、子供達の冷やかしが酷い。本当酷い。デリックは嬉しそうにそれを受けてるけど、私はスンってなる。この対照的な私達の表情を見て、子供達はもっと絡んでくるから、本当困る。でも、仕方ないことだから、諦めるしかないのかな。
「子供達のことだけど、デリックは平気で笑ってるけど…大丈夫なの?」
「正直言うと、照れ臭いですよ。だって、ずっと好きだった人と婚約出来て、そのことを突かれるわけですからね。でも…このお役目は誰にも譲れません。完璧な婚約者に徹していないと、後から来た聖騎士に貴女を奪われても困りますから」
「……ないから、大丈夫だから。むしろ、私結婚するつもりないし」
「知ってます。でも、何が起こるか分からないし、いつ貴女が私に振り向いてくれるかなんて分からないでしょう? それなら一番近くにいないと」
「……はぁ。がんばってね」
私が何を言っても無駄なんだろうなって思っていたけれど、やっぱりそう。結局デリックが私のことを諦めるつもりがないってことだけが分かってしまうから、暫くは婚約者として過ごすしかないけど、いつかは婚約解消をしなくちゃって思ってる。
デリックが簡単に婚約解消してくれるとは思えないけど。
今だってそう。私をエスコートしてくれている様は本当に紳士。実際に最低限度の触れ合いしかしてこない。それは教会の信徒としては当たり前の教義に則ったもの。でも、言葉や視線、表情はとても熱量がすごい。それを向けられている私はとても居た堪れない。
私だけに向ける視線、私だけに向ける笑顔、私だけに向ける…。胃が痛い…。こちらにはそれに返すものが何もない。本当、胃が痛い。
子供達も分かってると思う。私だけに向けるデリックの態度が、本当に特別なものなんだって。ただ…私がそれに対して同じ熱量で返せていないことも。まぁ…その辺りは子供達は私がツンデレだと思ってるらしくて、人前じゃ照れてるだけで、二人だけの時はきっと仲が良いと…推測してるらしい。
それはそれで困った推測ですよ! 私がとっても困りますよ! 私はツンデレじゃないのに。…いや、それ以前に自分がどういうタイプか知らない。うん、ちょっと分からないからそこは全力でスルーしましょう。
私が間違いなくデリックに一方的に守られてる状況なのが、居た堪れないの。私がデリックに返せるものがないのも居た堪れないの。
ただ庇護される立場だというのなら、それこそマクマホン侯爵家の申し出の一つの『還俗』だけを問うというのなら、私はすぐに修道院から出て辺境伯家へ逃げこめば済むと思う。だけど、私は今はもう辺境伯家の籍にない。平民となった私をお父様達が守ることに限界もあるんじゃないか、と思う。平民だからこそ誤魔化せる部分もあるとは思うけど。まぁ…そこはね、面倒なことこの上ないし、もっと言えばステラ修道院から出るつもりもないのだから、現状が最善策だったと思うのよ。
……カクラート神は、互いに結び付きを求めて婚約をした者同士を他者が引き離すようなことを許さない神だ。まぁ、平たく言えば修道院にいる者が結婚することを良しとされるような神様なのだから、ちょっと考えれば分かるだろうけど愛も司る神なので、どの神よりも結婚、家庭、家族というものを尊重するように、と教えている。まぁその半面、破壊も司る神でもあるから、現在ある円満な関係を築いている夫婦や家族を壊すようなことをする者を赦さないという側面もあって、案外苛烈な神様らしい。うん、顕現されるような神様ではなくて良かった、と私は思う。
マージェリーがステファニー様にした行為は…カクラート神様的にはアウトよね…。愛し合う婚約者達を引き離すような、傷付けてしまう行為なんて。
だから今、私はこの場所で奉仕をすることでお二人の幸せを祈るという意味もあるの。まぁほぼほぼいつも忘れてるけど。でも、祈りの時間にはちゃんとお二人のことを守って頂くように神様に願ってるけど。
それはそれとして。
私の立場が、同じカクラート教の信徒でもある聖騎士が婚約者である限り、誰も横槍を入れることが出来なくなった。
私自身に価値が…なければ問題ないのになぁ。というか、無理矢理価値を見つけなくていいのに。
と考えて、私に価値を見つける人が現れたからデリックに迷惑かけちゃったな、とため息が出てしまうのだった。
お読みいただきありがとうございます(*´꒳`*)
この作品ですが、なんとか終わりに辿り着けそうです。まだ文章の直しが入るので、完結という形には出来ません。
でも、終わりが見えて、エンドマークまで行ける一歩手前の状況になったので、なんとかなったー! な気分です。
終わりじゃないですけど。推敲はいつ終わるんだろうか。
色々とすることが多い7月なので、自分の時間もゆっくりは取れなくなってますが、なんとかがんばってるところです。
現時点で残りの話は執筆中に放り込めたので、直しを繰り返して投稿予約出来るようにすることになるんですけど、その作業がいつ終わるのかは分かりません。
早く終わらせたいです。叶うなら8月中に完結させられるといいんですが。
なんとかなるといいな、と思ってます。
次回もがんばります( ´ ▽ ` )ノ




