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昼食の時間になり、子供達と一緒に食事を摂る。デリックには二人で食べよう、みたいな感じに言ってみたけど…考えれば二人では無理だった。だから、並んで食べる格好になってる。少しは話も出来るし。
子供達もみんなちゃんと食事を終えて、片付けは他の先輩修道女が今日は担当だから、私はデリックと二人で談話室へと向かった。子供達が元気に走り回る庭でするような話でもないし、人に聞かれたいとも思わないし。
「午前中にね、修道院の院長様とお話をしていたの。そのお話の中でデリックのことが話題にのぼったのだけど、まさかデリック何かしたってことは…ないわよね?」
「どんなお話をされたのです?」
「…まぁ、もう解決したから話してもいいかな。実はね私の刺繍の腕を買ってくださった方がいらして、刺繍で活躍出来るように支援したい、というような申し出をしてくださったの」
「…へぇ」
ん? 表情が一瞬硬くなった? デリックの様子がちょっと変ね? どうしたのかしら?
「それで、私は孤児院の子供達のこともあるし、それはお断りしたいなぁって思っていて、院長様や副院長様にはそうお話したの。院長様も私の答えに満足してくださってたの。
でもね、私が還俗しないという答えだった時には、その申し出をしてくれた人の家が修道院へしている多額の寄付がなくなる、ということも言われていたの。
だから、院長様も副院長様も私を還俗させるのは絶対ダメだって余計に思ってくださっていて、でも修道院の運営に関わる話になるから、私も正直悩んでて…。まぁ子供達のおかげで基本的には笑っていられたんだけどね…。でも流石に今のままじゃ修道院に迷惑をかける原因なのかしら? って…」
「……それで“身売り”ですか」
デリックの声が少し硬いような、冷たい…ような?
「え? あ、そうね。正直そういう意味で考えてたわね。申し出をしてくださった人が、どうも良くない噂がある人だったらしくて。だから…申し出を受け入れることになるなら、私は愛人みたいに扱われるのかなって…」
「!?」
「でもね、お名前を出すことが出来ないけど、修道院に寄付を、しかも私の支援を申し出てくれた人の家の寄付よりもより多くの金額を寄付すると仰ってくださる方がいらっしゃって、私への支援の話は断っても問題がない状態になったの」
「…良かった」
んー。さっきのデリックの、なんだか凄味が増したような顔つきから穏やかな、いつもの顔に戻ってる。落ち着いた…のかしら。
デリックには経緯を伝えて、問題は解決してることで今は安心していいと話した。デリックも安堵していた。だけど、私がデリックに頼ろうとしなかったことは、かなりご立腹のようで…。
「マージェリー修道女様、私は言いましたよね。頼ってほしい、と。どうして困っていた時に私に頼ってはくれなかったのですか!」
「え…だって、デリックだってやっと一人立ちしたばかりで、私の状況に巻き込むのは違うって…、あ! そうだったわ。デリック、もう一つ肝心な話が残ってたわ。そちらはデリックを巻き込む格好になるから、申し訳ないけど…頼らせてくれる? それで本当におしまいになるから…。ダメ、かしら?」
そうそう、すっかり話をしていなかったことに気付いた。聖騎士との婚約。その相手がデリックしかないという事実も。
その時のデリックが、少し頬を染めていたことに私は気付いてもいなくて、よくよく見れば口元も緩んでいたことも気付いてはいなかった。
「あのね…。とっても迷惑をかけることになるんだけど、形だけの…婚約者に、なって…ほしいの」
「……どういうことでしょう?」
デリックからの答えが遅くて、ダメだという返事が来るかと思ったけど、そうではなかったからちょっと安堵したの。でも、デリックがこの時何を思っていたかなんて、私が知るわけもなかった。
「実はね、今回の私の支援の話だけど、相手からもうこれ以上突っ込まれないようにするための手段というか…相手を拒絶するための手段というか…」
「なるほど、風除けですね」
「…ええ、まぁ、そういう…感じです」
「なんだ、いいですよ。そんなことくらいお安い御用ですから」
「本当ごめんなさい! 婚約者なんて…デリックの気持ちを知ってるのに、私にとっては助かることだけど…本当に結婚をするわけでもないのに…」
私は項垂れつつ、デリックへの申し訳なさにしおしおと萎れそうな気持ちのまま言葉を口にしていた。でも、デリックの声はとても嬉しそうに響いてくる。
「気にしないでください。婚約者という立場は私にとって利しかないです。ですから、何も問題はありませんよ」
「え? だって…私はただデリックを利用したいって言ってるのよ? そんなの…」
私はやっぱりしおしおだ。でもデリックはにこやかに笑ってる。そして私の手をそっと取った。
お読みいただきありがとうございます(*´꒳`*)
それから、評価といいね、ありがとうございます(*˙˘˙*)ஐ
次回もがんばります( ´ ▽ ` )ノ
下にデリックがちょっとマージェリーさんに見惚れた辺りのこぼれ話を置いておきます。
後日この辺りの話を一話にまとめるとか、きっとしないと思うので…。
⁑ ⁑ ⁑ ⁑ ⁑
「あ! そうだったわ。デリック、もう一つ肝心な話が残ってたわ。そちらはデリックを巻き込む格好になるから、申し訳ないけど…頼らせてくれる? それで本当におしまいになるから…。ダメ、かしら?」
そんなことを言い出したマージェリー修道女様は、上目遣いにこちらを見ている。少し困ったような、でもどうしても叶えなくてはいけないことがあると、その瞳が伝えてくる。
瞳以外にも、こちらを見上げる顔は形のいい小さ目な唇は半開きで、今にも愛らしい声が聞こえてきそうだと、自身の耳が期待をしてしまう。それだけで、もうこの人を自分の腕の中に囲い込みたくなるには充分だった。
マージェリー修道女様を見ていると、そのまま何も理由を聞かずに頷きたくなってしまう。だから、自分の感情を優先することがないように律していた。
でも、どうしたって彼女から頼られることが嬉しくて、だからその気持ちが口元にも出てしまったかもしれないし、なんだったら少し頬に熱が集まるのも感じてしまった。
「あのね…。とっても迷惑をかけることになるんだけど、形だけの…婚約者に、なって…ほしいの」
そう言われた瞬間、口にしなかっただけ努力したな、と自分を誉めたくなった。だって…『そんな顔をしておいて、そんなことを言うなんて』と、上目遣いのままの彼女に気持ちを鷲掴みされてしまっていたから。
なんとか返事をしたのはいいけど、間が空いてしまったのは許してほしい、と思ってしまう。
もし…何も考えずに行動していいと言われていたら、間違いなく彼女を抱き締めていただろうし、なんだったら全てを欲しただろうな、と思うくらいには…色々暴走するには充分な材料を彼女が提供してくれていたから。
(はー…可愛い。この人、これで本当に俺より年上か? 異様に可愛いんだが! はー、たまらねー。全部欲しい、というか、婚約者になってくれって言ったよな? 言ったな! よし、外堀埋める作業で一番厄介な部分が埋まったよな。よっしゃー!)
なんてことを、ぶっちゃけるわけにはいかないけど、マージェリー修道女様の為なら何でもする。だから、今以上にこれからは守っていこう。
彼女の笑顔を守れるのは、俺だけだって言えるように。




