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 デリックが修道院のある湖の島から出ていく前に、孤児院の皆がデリックのために贈り物を用意していた。小さな子供達は荷物にならないようにとデリックの絵を描いて、文字を習っている子供達は手紙を、刺繍を覚えた年長の女の子達は刺繍をしたハンカチを。そして院長様や先輩修道女達からは聖騎士になる子供に向けて用意された騎士服の下に着るシャツやズボン等一式を贈られていた。

私は私で用意したものを。皆から贈られた物を一つ一つ受け取るデリックは、この場所から暫くの間離れることに改めて思うところがあるんだろう。何かを噛み締めるように、手にしたそれらに大切に鞄へと仕舞っていた。


「デリック、これ…ハンカチを結んでるこの飾り紐、遠い国の装飾具なんだけどミサンガと言うの。ミサンガに願いを込めて、肌身離さず自然に切れるまで身に着けていると、切れた時にその願い事が叶うと言われてるの。

がんばって、聖騎士になってね。みんなでずっと待ってるからね」

「はい、マージェリー修道女様。…あの、これ…ミサンガを手首に縛って貰ってもいいですか?」

「ええ。それじゃ手を出して頂戴ね」

「はい」


 差し出されたデリックの右手首にミサンガをほどけないようしっかりと縛る。これで大丈夫、と思ったところでデリックが急に動く。差し出されていなかった左腕が向かい合って立つ私の右肩を抱く。そして、ミサンガのある右腕も自由になっていたから、迷うことなく私の左肩へと回される。


「マージェリー修道女様、必ず戻ってきます。だから待っていてください」

「え? ええ。待ってる…」


 戸惑いがちではあったけど、私は答えた。その答えの意味をデリックが満足したとは思わないけど、でもそれ以外の答えは私にはなかったし、デリック自身も理解はしていたんじゃないのかな。

そのままデリックは私をぎゅっと抱き締めたままだったけど、「もう時間ですよ」と院長様に声を掛けられて離れていった。

 私よりも背の高いデリックは、もうずっと体を鍛えていたからなんだろうけど、肩幅も随分広くなってとても男らしいな、と思った。

抱き締められていた時には気付けなかったけど、デリックの体温が自分から遠ざかった時に、何かしら寒さを感じたことを一体どれくらい経って気付くのか。この時の私には全く分かるはずもなかった。


 ⁑ ⁑ ⁑ ⁑ ⁑


「デリック兄ちゃん、行っちゃったね。寂しくなるね…」


 小さな男の子達にとっては兄であり、ある意味父親代わりでもあるデリックの存在は大きかったはずだ。でも、今日からはデリックの一つ下のアレンがデリックの立場を担うことになるのだろう。

アレン、がんばれ! と内心応援したのだけど…。まぁ、そうすぐには上手くいかないよね、性格もそれぞれ違うし。だけど、大丈夫だよ。アレンもお兄ちゃんらしくずっとがんばってきてたんだもの。私はそう思いながら子供達を見守ることになる。

 子供達と私は孤児院に残り、院長様、副院長様、それに先輩修道女の皆は船着場までデリックを送っていった。

残された子供達と一緒に、いつも通りに過ごしている。


「マージェリー修道女様、デリックの言ってた待っていての意味、ちゃんと分かってます?」

「わ、分かってるわよ。当たり前でしょ!」

「本当かなぁ」


 私のことを揶揄うように笑いながら話すのはオーレリアとヴィヴィアンが去った後、一番年上の女の子になったポリーだ。ちょうど恋愛に興味を持つ時期だから、仕方ないのかなと思うけど。


「でも、マージェリー修道女様は分かってるけど、とぼけそうよね」

「本当ね。デリックかなりがんばらないと、厳しいんじゃないかしら?」

「…あなた達、本人を前に平気でそういう話をしないの!」

「本人の前だから話すんです! だって、デリックの気持ち知ってて見ない振りしてるじゃないですか」

「それは、大人の事情があるのよ。誰だって人に知られたくない秘密くらいあるでしょ?」

「えー。知りたいなー。マージェリー修道女様のこと知りたいですー!」


 仲良くなったからこその遠慮のなさは分かってるんだけど、ちょっと困ることもあるのよね。でも、笑って私もかわしていくの。ポリーとケイトが二人でこちらをチラチラと見ながら話をするのだもの。脅すこともありかしら? なんて思うわよね。


「ふふふ、じゃあ私がどうして修道院に来たのか教えてあげましょうか。すごいわよー。聞いたら後悔しかなくなるわよー。きっとこの先、私のことが怖くなって何も言えなくなるわよー」

「え? ええ? どういう…こと、ですか?」


 私はとてもいい笑顔で二人を見る。二人は一瞬ビックリしたような顔をする。

きっと私の笑顔は今まで子供達に向けてきた素の笑顔じゃない。貴族なら誰もが出来る仮面を被った状態の笑顔。孤児院にいる子供達はそういうことに敏感だから、気付いたんだと思う。私の…マージェリーのだけど、触れちゃいけない部分に彼女達が触れたがっているってことに。


「内緒。孤児院を出て、立派にみんなのお手本になれたら教えてあげるね」

「はーい」


素直に返事をしてくれるから、私もいつもの笑顔になる。二人から安堵したことが伝わってくる。私自身は貴族令嬢だという自覚はもうずっとないけど、体はマージェリーとして生きてきている分、まだまだ貴族として身に付いたものがなくなってないんだと思った出来事でもあった。

…いつか、話すことがあるんだろうか。マージェリーという女の子が幼い頃から想い続けてきた、幼くて稚い想いを。

私自身の想いなんて忘れてしまったものの中に紛れ込んでいるみたいだから、分からないしね。


「デリック、ちゃんと戻って来れるといいね。むしろ戻ってこれないと恥ずかしいかもね」


そんなことを少しふざけ気味に私が言えば、皆笑っていた。


「大丈夫だよ! デリック兄ちゃんはマージェリー修道女様のこと大好きだから、絶対に戻ってくるよ!」

「そ、…そうね」


 藪蛇だった。そう内心思いながら、引き攣った笑顔で返事した私。私の隣で女の子達が笑っていた。

一人一人がきっとこの先誰かを特別に想う日が来るだろうけど、皆が皆、必ず想いが叶うわけじゃないことも知ると思う。

そんな時にマージェリーの気持ちは、彼、彼女らの励ましになるだろうか。

アーヴィン様へ向けていた想いは、彼、彼女らの助けになれば…少しは報われるだろうか。

そうであればいいと私は思う。マージェリーだって、自分の抱いた想いが少しでも優しい思い出になればいい。それが報われなかったのは事実だけど、決して全てが最悪な形になったわけじゃない、と。


「デリック、マージェリー修道女様のこと絶対に諦めないですよ。大変だと思うけど、ちゃんと向き合ってくださいね」

「…ポリー、本気でそう思ってる? もし私がデリックとどうかなって、結婚ってなったら…私孤児院から離れるかもしれないのよ?」

「え!?」

「…だって、修道女じゃいられなくなるでしょ?」

「あ、本当だ!!」

「というわけだから、あまりデリックを応援しないでもらえると嬉しいな」

「あー…うー。はい」

「いい子ねぇ」


という具合に私はポリーを味方につけたのだった。デリック、本当諦めてちょうだいね! という念を送るのも忘れなかった。

お読みいただきありがとうございます(*´꒳`*)


デリックが孤児院からいなくなりました。多分マージェリーさんの心の平安は保たれるでしょう。

でも、デリックが帰ってくるまでの期間限定ですけども。


ブックマーク登録、評価、いいね、ありがとうございます(*˙˘˙*)ஐ

次回もがんばります( ´ ▽ ` )ノ

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