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さて、本題にそろそろ入るべきだろうか。
一体どんな本題があるのか? そんなの分かり切ってるでしょう。バザーの件だってば!
今年のバザーの売上は非常に驚くべき結果が待ってた。
「今年のバザーは、多くの方に来ていただいて、そのお一人お一人がいくつも買い求めてくださいました。そのおかげで、今年は準備していた品物を全て売り尽くすことになりました。
子供達も、修道女の皆さんも、本当にありがとう。孤児院の院長として今まで関わってきた中でも、本当にすごいことです。これほど注目されたことも初めてでしたから。
準備の段階でもたくさん頑張ってくれていたけれど、改めてお疲れ様。これでこの冬もまた安心して過ごせるでしょう。本当に本当に、ありがとう」
院長様の言葉に子供達も先輩修道女達もにこにこだ。
何より冬に備えるためのバザーでもある。そうなのだ、夏が涼しい土地であるステラ修道院のある地域は冬が長く厳しい土地ということにもなる。つまりは冬に備えるために充分なお金が必要になるということだ。
修道院に寄付をしてくれる貴族もそれなりにいるし、修道院でも自ら修道院というブランドを作り上げて、チーズやアロマオイルなどを売ってはいる。が、それで余裕が持てるかどうかは別の話。蓄えも必要なのだし、いざという時に街にいる人々へも炊き出しなども行っているため、決してゆとりがあるとは言えない。だからこそ、孤児院でも備えが出来るようバザーを行っている。
それに孤児院にいつ子供が増えるのかも分からない。そのためにも、必要最低限度の備えだけではいけないのだと院長様は考えているようだ。少なくとも子供達の成長のためにも、子供達が増えることになっても大丈夫なように、ということなのだろう。
だから、私の「刺繍」という奉仕も少しはいい意味で手伝えてたなら嬉しいな、と思っている。
さて、その「刺繍」なんだけど。今年は新しいものは仕上げられなかった。間に合わなかったというよりは、バザーを優先させることで問題ない、と修道院の院長様、副院長様も仰ってくださったからなんだけど。
おかげで、と言うべきなのか。去年仕上げた孤児院をモチーフにした作品一点だけを、孤児院の皆が集まる一番広い部屋、子供達にとっての居間とも言える部屋に展示している。
バザーのさいには孤児院内の様子も見てもらえるようにしているため、私の刺繍作品も見てもらっていた。
でも一点だけだから、来年にはもう少し見てもらえるものが増えたらいいな、という野望が湧いたことは内緒の話。
今は院長様方のお言葉に甘えさせてもらって刺繍させていただいてる。もう少し孤児院の奉仕と刺繍の奉仕の両立に慣れてきたら、ペースも変えていけると思ってるけど。
…ある意味刺繍は趣味だから、現実逃避のために刺すことも多かったのを思い出してしまうと、夜更かししそうになりそうで、それはダメダメ、と自重することを覚えたわ。もっと言えば、同室のジュディが止めてくれるんだけど。
「マージェリー修道女、それ以上刺繍に時間を取られると……明日の朝寝坊するわよ。遅刻しても大丈夫なのかしら?」
「ハッ! ジュディ修道女、ありがとう!! すっかり夢中になっていたわ。本当助かったわ。もう寝ます!」
「ええ、それじゃ私はもう寝ますね。おやすみなさい」
「私もすぐに横になりますね。おやすみなさい」
なんて会話を一体どれくらい繰り返したのか…。だいたいはバザー用のハンカチに刺す刺繍の為だったんだけど。
ジュディ修道女のおかげでとってもとっても助かりました。バザーも無事終わったから、改めて感謝の品を添えてお礼を伝えなくちゃ!
そうそう、刺繍の奉仕のことだけど、私って基本的にクロスステッチが好きなんだと思う。シンプルに色を一つ一つ積み重ねるように絵を完成させていくような感覚がね、とても楽しい。
前世でもクロスステッチでたくさん刺繍してたから、よく母にも笑われてたもの。
『あなた、本当クロスステッチばかりよね。他の技法もあるのに、おかしいのよ』
そう言いながら笑う母も、手元でクロスステッチの刺繍をしてたりしてね。二人でよく笑ってたな。
だから、そんな母を思い出しちゃったこともあって、前世の母をさすがにモチーフには出来ないから、ステラ修道院と言えば、やっぱりカクラート神。カクラート神は女性の神様だから、神様が赤ちゃんを抱っこしてる絵を刺繍にしてみようって考えたの。
というわけで、図書室。もちろん、副院長様に許可を頂いて、宗教画を閲覧するため。宗教画自体は基本的に教会堂や礼拝堂で見ることが出来るんだけど、私が模写したい神様と赤ちゃんの図というのは、ステラ修道院には壁画でもなかったし、天井画にも当然なかった。というかもともとこの修道院はあまりそういう宗教画も少ない。だから、図書室に他地区の教会堂や修道院にある宗教画の模写されたものが何点か置かれているというのを教えてもらったから、それを見るために来ている。
そして、目的の絵を無事発見した私は、紙にその絵を模写した。ただ…模写は出来るけど、色合いまでは無理だから、何度か図書室に通うことにはなると思うけど。
とりあえず…ざっくりと刺繍糸の色の確認をするために、使われている色の確認まで終えて、この日は図書室を出た…んだけど。
当然のようにバザーの準備と並行して、少しずつ進めていく恰好だったから、なかなか進まなかったの。でも締め切りが設定されてるものじゃないから、丁寧に刺繍していけるのは助かったかも。
とりあえずは、今は奉仕とは別の刺繍をがんばってますよ。ええ。だって、デリックが近々この修道院のある孤児院から出ていくのだから。
「せめて、聖騎士として立派に成長してほしいもの。だから…剣に付けるお守りみたいなものを準備したいのよね」
なんて思い付いてしまったら、もう作るしかないじゃない? というわけで、さくっと作りました。ええ、作りましたとも!
刺繍糸は六本で一纏めにされていて、刺繍するデザインなどで一本、二本と刺繍糸を引き出して針に糸を通して刺していくのだけど、今回しようと思っているのは組紐のようにそのまま編むこと。選んだ色は濃い紫と淡い紫。それから手持ちのウッドビーズと小さな水晶の結晶も組み合わせることにした。
刺繍糸を組み合わせて組紐の要領で編んでいく。しっかりと丈夫なものになったのを確かめる。
房飾りも作れば楽しいけど、剣には邪魔かもと思いやめた。編んだ組紐にウッドビーズと水晶を通して、仕上げをして出来上がり。剣以外に付けることもできるし、好きなところに飾ってもらおう。
「…他の物も作れそうね」
なんて呟きつつ気楽に作ったそれは、よく見ると色々と次回のバザーにも使えるかも、と思ってしまう。そんな自分に笑いそうになりつつ、デリックに渡すために仕上がったそれを刺繍をしたハンカチに包む。そこではたっと気付いて、急いでミサンガも編み始める。
手元の刺繍糸を眺めて、色ごとに意味があったはずだけど…覚えてないから別にいいか、とたった一つだけ覚えていたのが、ピンクが恋愛とか結婚とか、そんな意味だったことくらいで他は全く記憶になかった。
さすがに成人男性のデリックにその色を渡す選択肢は皆無。でも、最近グラデーションの刺繍糸を開発したから使ってほしいとお父様から送られていたのを思い出して、黒から紫、そして青と変化していくそれを使ってミサンガをさくっと作った。
「ミサンガをリボン代わりにして渡せばいいかも。ついでに、ミサンガを手首に結んであげればいいしね」
私はいつもそうだけど、自分の為に作るのはあまり楽しめない。でも、誰かに贈るためだと、異様に楽しくなってテンションが上がる傾向がある。ちょっとおかしいかも、と思わないでもないけれど。
というわけで、デリックのために準備したものは特別なことは何もしてないけど、私がただ楽しかっただけの物になったことは…私だけの秘密にしておく。というか、前世でも常にそうだったことは秘密の話だ。
…だからデリックがそのことに気付く事もないとは分かっていても、気付かないといいな、と思うのは仕方のないことだと自分で思った。
お読みいただきありがとうございます(*^^)
物を作るのは楽しいですが、誰かに贈るために作るのはもっと楽しいと思うのは、私だけでしょうか?
喜んでもらえたら嬉しいってだけなのかもですが(笑)
さて。投稿を同日二話というのを続けた格好になりましたが、通常稼働の一話の投稿に戻ります。
でも文字数とか話のキリの良さとか、そういう面で複数話続けて投稿することはあると思います。
…自分でも分からないですけども!
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次回もがんばります(*^^)




