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テーマ詩集:筆箱

クレヨン

作者: 歌川 詩季

 そばにいられたら、いいですね。

 そばにいられない週末も

 そばにいられるだけの平日も

 ぬりつぶすクレヨンの色と

 ぎゅうって にぎるのか

 そぉっと つまむのか

 もちかたがちがうだけで

 ぬりつぶすのは けっきょくおなじ

 ちっぽけな四角を

 あしたのマスまではみ出さないように ぬりつぶす

 あたしは なにをやっているんだろう



 色をぬられたマスが増えれば

 それは ぬられていないマスが減ったってこと

 そばにいられない週末と

 そばにいられるだけの平日とは

 もっと ほかの色に

 ぬることが できたかもしれないマスを

 またひとつ 減らしたったことなんだ



 いずれ マスをぜんぶぬりおわり

 ぬられていないマスのならんだ紙きれが 底をついて

 そばにいられなかった週末と

 そばにいられただけの平日の

 ふたつの色にぬられたマスだけがのこされて

 あたしは クレヨンをにぎる手を

 さまよわせることになるかもしれない



 たとえ 色がぬられていないマスが

 いくつかのこされていたって

 そばにいられるだけの平日の

 クレヨンがみじかくなっちゃうことも

 ゆびさきで こすりつけるように

 ぬっていたんだけど もうこれまでだ


 そばにいられない週末のクレヨンで

 そばにいられないの平日のぶんまで

 ぜんぶのマスをおなじ色で

 ぬってかなきゃならないなんて

 あたしにはとうてい たえられっこないよ


 そばにいられない週末と平日の

 りょうほうをぬらなきゃなんなくなったクレヨンを

 へし折るか ほおり投げるかして

 マスがまだのこった紙きれたちを

 びりびりに やぶりすてるかもしれない



 ほんとはね

 ちがう色のクレヨンがほしかったんだってば


 そばにいられるだけじゃない週末と

 そばにいられるだけじゃない平日を

 あしたのマスまで はみ出したくなるのを

 ぐっと がまんして

 きょうのぶんのマスを ぬりのこしのないように

 もういちど クレヨンでなぞる


 使い減りのしないクレヨンで

 使い果たしのない紙きれにならぶ

 ちっぽけな四角をぬるのが あたしの毎日だったら



 ぬりつぶされたマスがならんだ紙きれを

 水色のバインダーに()めて


 これが あたしのほしかった幸せだ って



 水色のバインダーは

 いちばんおおきなやつを えらんでおくつもり

 まだ すかすかで

 銀の()め具が ずいぶんのぞけちゃってるけど

 いまは それでいい


 その すかすかに

 そばにいられるだけじゃない週末と

 そばにいられるだけじゃない平日に

 ぬりつぶされたマスがならんだ紙きれを

 これからも あたらしく()めていくからね


 そのためのすかすかが あたしのほしかった未来だって



 そんなふうに

 いえるときなんて きっとこないから

 バインダーを買いにいくのはやめにするよ

 

 そばにいられない週末と

 そばにいられるだけの平日に

 ぬりつぶしたマスのならぶ紙きれと

 もしかしたら

 そばにいられない週末と平日の

 おなじ色にぬりつぶしたマスのならぶ紙きれを

 段ボールにつめて

 めったに読みかえさないけれど 捨てもしない

 雑誌を何冊か重しにする

 ウォークイン・クローゼットのすみに

 おしこんでおこう



 あたらしいクレヨンはいらないし

 ぬりつぶすための

 マスがならんだ紙きれだってもういらない


 あたしがほしかった幸せや 未来なんて

 いちばんおおきな 水色のバインダーに

 ()めておける それくらいの厚みで

 それが 叶わなかったことだって

 きっと ウォークイン・クローゼットのすみっこに

 おしこんでおける段ボールにおさまるくらい

 ちっぽけなことだったんだってば


 でも ほしかったんだもん

 しかたないじゃん

 でも 悔しいだもん 悲しいんだもん

 しかたないんだってば



 めもとをぬぐったあと ひとさしゆびをみたら

 クレヨンたちが まだ爪のあいだに

 はさまりこんで よごれていた


 ちょっとや そっと

 深爪したくらいじゃ きれいになりそうにない



 あたしは ためいきをひとつだけつくと

 もういちど

 よごれた ひとさしゆびの爪のあいだをにらんで

 ちょっとだけ


 ほんのちょっとだけ わらった

 そばにいられるだけじゃ、足りません。

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― 新着の感想 ―
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