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僕の恋愛小説作品集

私の退場曲は、ジョン・レノンのスタンド・バイ・ミー

作者: Q輔

「お昼の放送を始めます。水曜日の今日は、ジョン・レノン特集です。一曲目は『イマジン』です」


 放送室のマイクに向かいぎこちない声でそう言うと、彼はCDプレイヤーの再生ボタンを押し、マイクの音量レバーを静かに下げた。ありふれた住宅街に佇む、とある進学高校の、いつもの昼休憩。私は、放送室の機材の前で、浜田君の横に並んで座わり、お昼の放送を開始した。


「お昼の放送」といっても、私たちが、いわゆるラジオのDJのような大それた真似をするわけではない。私たち放送委員は、全校生徒が弁当を食べたり、友達とおしゃべりをしたり、ぐーぐー昼寝をしたりする昼休憩の時間に、月曜から金曜まで、二人ずつが日替わりで、今流行りの音楽や、自分の好みでセレクトした音楽を、淡々と曲紹介のみをしつつ、ダラダラと校内に流し続けるのが仕事だ。


「は~、信じられないよ。うちのクラスの連中ときたら、何でもかんでも僕に押し付けるんだ。聞いてよ、僕ってば今、体育委員と保健委員と生徒会長を兼任しているのだぜ。その挙句、転校したクラスメイトの穴埋めとして、放送委員まで押し付けられちゃってさ。たまんないよ。え~と、君さ、今日から毎週水曜日はヨロシクね。機械の操作とか、不慣れなことばかりだから、色々と教えてね。失礼だけど、君は何組の誰さん?」


「私は、三組の小野です」


「小野さんね。へえ、ジョン・レノンの奥さんと同じ苗字だ。おっと、申し遅れまして、僕は――」


「一組の浜田君でしょう。生徒会長だし、体育祭とか文化祭とかで毎年活躍しているし、何かと校内で目立つ存在だから、知っているよ」


 そういえば、先週まで私と一緒にお昼の放送を担当していた男子生徒は、結局最後まで名前を知らず仕舞いだった。とても無口な男子で、会話らしい会話をしなかったな。へ~、あいつ、転校したんだ。オタク好みのアニメソングばかりをセレクトしては、それを喜々として進学校のお昼の校内に流す、気持ちの悪いやつだったな。


「ねえねえ、小野さん、このボタンは何? ねえねえ、小野さん、このスイッチを上げるとどうなるの?」


 それに比べて、この浜田という男子生徒は、とても賑やかだ。


「ねえねえ、小野さん、君さ、目の横が青くない? それって青タン? それって怪我?」


「うん、転んで怪我をしたの」……うるさい。でも、よく見ると、ややイケメン。でも、うるさい。


「え、大丈夫? どこで転んだの? どうして転んじゃったの?」


 ……うざ。私がどこでどう怪我をしようが、あんたに関係ないでしょうに。ややイケメンだからって調子に乗らないでよね。


「あの~、浜田君、今は黙ってお弁当を食べない? 曲が流れているうちに、急いで食べないと、あっという間に昼休憩が終わって、食べそびれちゃうよ」


――――


「お昼の放送を始めます。水曜日の今日は、ジョン・レノン特集です。一曲目は『マザー』です」


 浜田君は、先週よりはやや手慣れた手付きで、CDプレイヤーの再生ボタンを押し、マイクの音量レバーを下げた。


「あれ、先週もジョン・レノン特集だったよね」


「そうだよ。僕は、ジョン・レノンが大好きなんだ。僕が放送委員である限り、毎週水曜日はジョン・レノン特集さ。あ、ちなみに、何故僕がジョン・レノンが大好きかと言うとね。僕のお父さんが大のビートルズマニアでね。お父さんの部屋は、さながらビートルズ博物館さ。そこで僕はジョン・レノンのソロアルバム『ジョンの魂』と出逢い、それ以来すっかりジョンの虜になって――」


……本当に、よくしゃべる男だわ。


「ねえねえ、小野さん、それより、目の横の怪我が、全然治っていないね。て言うか、先週より悪化していない? あれ、指に包帯を巻いているじゃん? わわわ、どうしたの? 怪我だらけじゃん、大丈夫?」

 

……加えて、デリカシーってやつが、可哀そうなほど欠落している。


「同じところで転んで、同じところを打ったの。指は、その時に突き指をしたの」


「気を付けなよ。特に顔の怪我は良くないよ、女の子なんだからさ。それはそれとして、小野さんは、放送委員なのに、どうして自分の好きな曲を流さないの?」


「家が貧乏だから、CDを買うお金がない」


「そっか、そっか、そうなんだ。ごめんね、悪いことを聞いちゃったね。忘れて忘れて。さあ、曲が流れているうちに、一緒にお弁当を食べよう」


 ふ~ん、でも、一応最低限の気遣いは出来るみたいね。


――――


「イェーイ! オーケーベイベー準備はいいかい! 今日もお昼の放送をゴキゲンに始めちゃうよ! さあ、水曜日の今日は、ジョン・レノン特集だ! 一曲目は『スターティング・オーヴァー』! チェケラ!」


 浜田君は、三週目にして、機材の扱いからアナウンスまでを、見事に習得した。


「小野さん。この『スターティング・オーヴァー』と言う曲はね、1980年にシングル盤として発売されたんだよ。その時のシングルのB面には、ジョンの奥さんのオノ・ヨーコの『キス・キス・キス』という曲が収録されていてね。僕はその曲を『ダブル・ファンタジー』というアルバムではじめて聴いた」


「へ~、奥さんのオノ・ヨーコが、ジョン・レノンのアルバムで歌っているの?」


「うん、これがなかなか衝撃的な曲でさ。オノ・ヨーコがのっけから身悶えるような声で『ねえ、あなた、抱いて、ねえ、抱いて』って囁く。曲中も、ずっと『抱いて、抱いて』って妖艶な喘ぎ声を連発する」


「ふ~ん、エッチね」


「僕、聴いてはいけないものを聴いてしまったような気がしたよ。その夜は、興奮して眠れなかった」


「……浜田君は、女の子と『オノ・ヨーコの喘ぎ声』的な行為をしたことがないの?」


「ないよ! だって、僕たち、まだ高校三年生だぜ! ……え、小野さんはあるの?」


「……ないに決まってんじゃん」


 それから、私と浜田君は、気まずい空気が漂う放送室で、ジョン・レノンの曲を流しながら、黙々とお弁当を食べた。やがて昼休憩が終わり、機材のスイッチを切り、午後の授業に向かう為に放送室から退出をしようとすると、浜田君がいつになく真剣な眼差しでこう言った。


「小野さん。今日の放課後、またこの放送室で逢えないかな。来週の放送のミィーティングをしよう。いや、今日の放課後だけじゃない。明日の放課後も、明後日の放課後も、僕は君とミィーティングがしたい。どうやら水曜日のお昼に、ここで君とお弁当を食べるだけでは、僕は耐えられそうにないよ」


 あちゃ~、妙な具合になってしまったわ。私はそう思いつつ、結局押し切られるように浜田君の要望に応じた。この日から私と浜田君は、毎日放課後になると放送委員のミィーティングと称して、放送室に籠っておしゃべりをした。浜田君は、好きな洋楽のこと、最近読んだ漫画のこと、面白い友人のこと、腹の立つ教師のこと、家族のこと、進路のこと、将来の夢などを、止めどなく話した。私はいつだって浜田君の聞き役だった。


 浜田君が私に好意を抱いていることは、さすがに気が付いていた。そして、徐々に彼に惹かれ始めている自分にも気が付いていた。ヤバいなあ。私ったら、このままだと浜田君のこと好きになっちゃう。参ったなあ、浜田君に隠していることが沢山あるんだよなあ。でも、隠しているというか、はじめはあえて言う必要のない関係だったし。でも、それがいつしかこんなに仲良しになっちゃって、つい言いそびれてしまったというか。でも、現段階で浜田君は私の彼氏でも何でもないし。


――――


 浜田君とお昼の放送の水曜日を担当するようになり、半年が過ぎた頃、私の体に異変があった。


 幼い頃から、致命的に優柔不断で、破壊的に場の勢いに流されやすい性格の私だが、この時ばかりは、否応なしに自ら幾つかの重大な決断をした。


 そして、ある日の放課後、その重大な報告を浜田君にする為に、私は放送室を訪れた。するとドアの向こうで、彼が誰かと会話をしている。


「なあ、浜田。お前、うちのクラスの小野と付き合っているのか? 二人がラブラブだって、学校中の噂だぜ?」


「べ、別に付き合っていないよ」


 私は放送室のドアの前で聞き耳を立てた。聞き覚えのある声。そうだ、声の主は、私と同じクラスの落合君だ。落合君は私と地元が一緒で、幼い頃から特に仲が良いという訳ではないのだが、たまたま小中高と同じ学校に通っている男子だ。


「ほっ。それが本当ならこれ幸い。なあ、浜田。俺はお前を無二の親友だと思っている。だから忠告しておく。今後、小野には一切関わるな。あの女は、ヤバい」


「ヤバいって、どういうこと?」


「俺、小野とは、小学校から一緒だから、何かと詳しいんだ。実は、小野には、中学一年から付き合っている彼氏がいる。しかもその彼氏ってのが、手に負えないワルで、地元ではそっち方面の有名人だ。小野は勉強が出来たから、この学校に特待生として進学をしたけれど、彼氏は中卒で、今はなんと反社会勢力の構成員をしている」


「嘘だろう。そんな話、今日まで一言も聞いていないよ」


「驚くのはまだ早い。小野は、その彼氏に金を貢いでいる。小野の彼氏は、遊ぶ金欲しさに高校生の自分の彼女を働かせるクズ野郎なのさ」


「え、え、え、働くってどうやって? 深夜のコンビニのバイトとか?」


「落ち着いて聞け。小野は、恐らく売春をしている。インターネットの援助交際サイトで知り合う中年のおっさんとやりまくっている。売春で稼いだ金を、彼氏に貢いでいる」


「俄かには信じられないよ。僕の見る限り、小野さんは、親の保護下にある普通の高校生だよ」


「ちなみに、あいつの父親も、地元ではなかなか有名でな。とにかく変わっているんだ。言っちゃあ悪いけど、やや常軌を逸している感じ? たぶん小野は虐待されているよ。……以上、という、あくまで噂だ」


「悪い噂だよ。本当に噂って怖いね」


「そうだ、噂は怖い。だから気を付けろ。なあ、浜田、もし、お前と小野が付き合っているという噂が、半グレ彼氏やクレイジーパパの耳に入ってみろ。お前、ただじゃ済まされないぜ。ボコボコにされるとか、そんなほのぼのしたレベルの話じゃないぜ、マジで」


 ばれた。やばい。全部ばれちゃった。でも、こうしてばれることを、私は望んでいた。でも、ばれずにやり過ごしたいとも思っていた。でも、実際のところ、ばれて清々している。でも……


「こらー! お前ら―! コソコソと私の噂をしてんじゃないわよー! 全部聞こえていますからねー!」


 ぐわんぐわんと揺れ動く気持ちに任せて、出来るだけ冗談っぽく叫び、私は放送室に乱入をした。


――――


 落合君がうろたえながら放送室を飛び出して行く。いつものように浜田君と放送室で二人きりになった。西日が放送室に射し込み、室内に光の断片を落とす。私は端的に結論から述べた。


「妊娠している。もう、ここにはいられない。私は退学をする」


 浜田君は、何も言わず、ただうつむいている。決してそんなつもりはなかったのだけれど、今日まで私が彼を騙し続けていたような気がして、申し訳のない気持ちでいっぱいだ。


 付き合っている彼氏との間に授かった命だよ。たぶんね。う~ん、他に思い当たる男がいないわけではないけれど、でも、きっと彼氏の子供だよ。彼氏に対する複雑な感情を、上手く説明することが出来ない。正直なところ、好きとか嫌いとか、もうそんな次元ではない。腐れ縁ってやつ? 中絶はしない。誰に何を言われようと子供は下ろさない。絶対に産む。


 私は、彼が聞きたそうな質問を先走って推測し、無言の彼に向かい勝手に答えた。ひたすらしゃべる私に反し、浜田君はずっと沈黙をしてる。お~い、どうした、浜田君。いつものおしゃべりはどうした。何かしゃべれよ浜田君。


「……顔の怪我、どんどん酷くなるね」


 しゃべったあああ。私の目の上の青タンや、唇のかさぶた、頬の腫れ、鼻の上の絆創膏を見て、心配をしている。

 

 お父さんに妊娠を報告したら、ボコボコにされちゃったの。でも最後は泣きながら承諾をしてくれた。私のお父さんは、いつもそう。私に散々暴力をふるっておきながら、最後は必ず私を抱きしめて『お前を愛している! お前が好きだ! 好きだから殴った!』そう叫んで号泣をするの。


 彼氏にも、とことん殴られた。『子供を下ろせ! 絶対に下ろせ!』ってお腹を蹴られたり。でも、彼氏もやっぱり最後は気持ちが変わったみたい。『俺はお前を愛している! 俺の子を産んでくれ!』なんて興奮しちゃってさ。彼氏ったら、その場の勢いで妊婦の私に性行為を求めるのよ。


 私を買ったおじさんたちも変わっているわ。こんな青タンだらけの、擦り傷だらけの、膿だらけの女を、よく抱けるよなあと感心をしちゃう。普通引くじゃんね、こんな薄汚い体。どいつもこいつも『君は可愛い。またおじさんと遊んで欲しい。好きだよ。愛してるよ』そう言って、私を何度も何度も抱くの。


「……話について行けないよ。むちゃくちゃだ。僕はもう、何が何だか訳が分からない」


 浜田君が、すっかりうなだれてしまった。それでも私はしゃべり続けた。彼に、どうしても自分の気持ちを伝えたかったから。


「ねえ、浜田君。私はもうこの放送室には来ない。事実上これが二人の最後のミィーティングだよ。ほら、浜田君、下を向かないで私を見て。男でしょう、シャキッとして。お願い、しっかりと私を見て」


 浜田君は、奮い立たせるようにして顔を上げ、悲しくなるぐらい透き通った瞳で、私を見た。


 浜田君、聞いて。私は今日まで、私を取り囲む男たちに、数えきれない暴力を受けてきた。そして数えきれない性暴力も受けてきた。確かにそれはそれでとても辛かったのだけれど。でも、私が一番辛かったのは、男たちが私に振るう『愛の暴力』だった。好きだ。愛している。そう言って男たちは私の心を平気で殴った。好きだ。愛している。心を殴られるたびに、私は、たまらなく痛かった。


 でも、浜田君は違った。私は、浜田君と一緒の時だけ普通の高校生になれた気がした。浜田君、私を抱かないでくれて、ありがとう。キスをしないでくれて、ありがとう。手を繋がないでくれて、ありがとう。そして最後に、好きだって言わないでくれて、本当にありがとう。


「……違うよ、小野さん。そんなの間違っているよ。勝手に僕の気持ちを放置しないでくれ。僕には僕の想いがある。君に伝えたい気持ちがある。君が愛を暴力だと言うならば、僕は迷いなく君の心を殴りたい。小野さん、今日まで言えなかったけど、僕は、君のことが……ずっと君のことが……君のことが……」  


 駄目だよ、浜田君、その先は言ってはいけないよ。君まで私の心を殴る気?


 でも、いつものおしゃべりはどうしたの? ほら、言ってよ。その先の言葉が聞きたいよ。


 でも、やっぱり言っちゃ駄目、私といると不幸になるよ。


 でも、やっぱり言って欲しい。このまま私をさらって、どこか遠くへ逃げて欲しい。


 でも……


――――


 学校を去る日。


 午前中に退学の手続きを終え、昼休憩のうちに鞄やリュックに自分の机に残された私物を詰め込む。教科書も筆箱もシューズも体操着も、高校生としての私に関わる全ての物が、手にした瞬間に実用性を喪失して行く。クラスメイトたちが、あちらこちらで机を島にしてお弁当を食べている。私は離れ小島。退学する私のことなど、皆にとっては既に風景だ。

 

「イェーイ! オーケーベイベー準備はいいかい! 今日もお昼の放送をゴキゲンに始めちゃうよ! さあ、水曜日の今日は、ジョン・レノン特集だ!」


 放送委員のお昼の放送が始まった。教室のスピーカーから浜田君の声が校内に響き渡る。彼ったら、今ではすっかりDJ気取りね。


「さあ、先ずはジョンがスタンダード・ロックナンバーをカバーしたアルバム『ロックン・ロール』からの一曲だ。この曲は、ジョンがオノ・ヨーコと別居をしていた時期の気持ちを、ベン・E・キングのヒットナンバーに重ね合わせたと言われているよ」


 ふふふ、相変わらず、よくしゃべる人だこと。


「それでは早速聴いてもらいましょう! ……って再生ボタンを押すその前に、ちょいと私信。おーい、三組の小野さん、この放送を聞いているかい? 僕の声は、君に届いているかい?」


 校内が一斉にどよめいた。クラス中の生徒の視線が、離れ小島でぽつりと机に座っている私に突き刺さる。


「この曲は君に捧げるよ。僕は、去り行く君を引き止めはしない。しかし、成す術もなく君の背中を見送る者の腹いせだと思って、どうか聴いて欲しい。あれから色々考えたよ。何度も何度も考えた。でもやっぱり、僕は、愛は暴力ではないと思う。絶対に違うと思う。愛とはつまり、この曲の、ジョン・レノンのシャウトだ。小野さん、さようなら。楽しかったよ。ありがとうね」


 私は目を閉じ、歯をくいしばった。泣くな。絶対に泣くな。今はメソメソと泣く時じゃない。私の人生において、今は涙の場面じゃない。泣くな私。頑張れ私。


「な~んて柄にもなく感傷的になったりしてえええ! さあ、それでは気を取り直して聴いてもらいましょう! ジョン・レノンで『スタンド・バイ・ミー』!」


 教室の古ぼけたスピーカーから、アコースティックギターのカッティングストロークが大音量で鳴り響く。


 ジョンが包み込むように優しく、それでいてどこか切ない声で歌い始める。



 夜が来て あたりは真っ暗


 月明かりしか 見えなくなっても


 私 怖くない


 私 怖いものなんてない

 

 だって あなたがいる

 

 私の側には あなたがいるから



 これは、私の退場曲だ。


 力強く立ち上がり、荷物を持って教室を出る。


 階段を降り、踊り場を曲がる。


 ありがとう、ジョン。こんな愛もあるのね。


 渡り廊下を通り過ぎ、昇降口で靴を履く。


 私の知らなかった愛が、後ろから追いかけて来る。


 喉が渇いたので、屋外の蛇口に唇を近づけ水を飲む。


 手の甲で濡れた口を拭き、笑っちゃうほど青い空を見上げる。



 愛する人よ 私の側にいて


 愛する人よ 私の側にいて



 ありふれた住宅街に佇む、とある進学高校の、いつもの昼休憩。


 私の知らなかった愛が、大きく大きく膨らんで。


 校舎を丸ごと包み込んで。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 読ませて頂いた著者様の作品の中で一番好きかも知れない短編です。 [気になる点] 「スタンドバイミー」のチョイスが良いですね。 「歌詞」よりも「映画」が「少年期の一瞬だけ」を切り取った作品で…
[一言] 実際には愛してないくせに軽々しく言われる愛というのは、たしかに暴力ですね。 そんなものか知らなかった小野さんに、ジョン・レノンの曲をとおして浜田くんが届けたもの。ずっと忘れないでいてくれると…
[良い点] 現実に流され翻弄される高校生の、それでもその現実に「そうじゃないだろ」と叫び上げる。 その叫びがただの空回りだと気付くことが大人になることで、それでも空回りし続けても、喉が張り裂けて、結局…
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