1章 3話 「自分の力」
「僕の天秤を見てパパ!」
この世界の話が面白過ぎて危うく忘れる所だった。僕はパパにそう言ったのだが、
「あーそうだったな。でも…」
「パパの友達でな、天秤の話に詳しい奴がいるんだ。そいつにも聞いてみたい。だから明日までちょっと待っててくれないか?ファーリー。」
うーんと悩みながらも、この博識なパパが「もっと詳しい奴がいる」ってんだから余程詳しいんだろうなぁ。もしかしたらその人にもこの世界の話もよく聞けるかもしれないし。
「分かった!」
そしてその日は流れる様に過ぎて行った。
次の日。
「そのパパの友達はな、色んな天秤を出すことが出来るんだぞ」
という友達凄いぞの話をパパがしてるのは馬車の中でのこと。ママとパパと3人で自分達の家のある村の少し外れた所へと向かってる最中だ。
自分もあまりにこの世界のことに慣れてなさ過ぎて分からなかったけど、ヒューナー家はこの村一番のお金持ちらしい。パパに自分の家はお金持ちか聞いてみたら「この村の皆とおじいさん達のおかげだよ」と話してくれた。前世の僕の家もお金持ちだったからか変な慣れが付いてしまっていて全然気付かなかった。ケーキにフルーツが山盛りだったり家は屋敷レベルの大きさだったり、メイドのスタナーさんがいたりたまに知らないおじさんやおばさんが顔を出しに来ては野菜や果物をくれたりと気付く要素はたくさんあったのに。そっちに頭が回ってなかったことに少し嘆く。
そして僕自身家の庭までなら外に出てたものの、そこから先に行ったことは無いからこれが初めての外へのお出掛けになる。赤ん坊の時に馬車に乗って外に出たけど窓のカーテンは閉まってて、ここら辺には畑が密集してるなんて噂話を耳にするくらいでしか外の様子を知らなかった。今回は馬車の窓から外の様子を眺められる。というのもこの世界にも「七五三」のような風習があるらしく三歳までは外へ安易に連れ出してはいけないらしい。特に夜になると赤ちゃんを連れ出す魔物が現れるんだとか。僕の住んでた日本の「夜中の二時になると鬼が出るから外に出ないで」みたいなのに似てるなぁと聞いた時に思った。
外は辺り一面緑といった感じで、所々に農作業をしている人達の姿が。こっちの馬車の存在に気付いたおじさんおばさん達が手を振ってくれる。僕とパパとママは窓から手を振り返す。皆笑顔で僕達を見送ってくれるうえに緑の多さも相まって、じーんと来る暖かさを感じた。
不意に馬車にブレーキがかかる。唐突にかかったブレーキで車内はぐわんと揺れた。「おおっと!」とパパがママと僕を庇うようにして屈んだ。すると、「すみませんヒューナー様!ここらでも類を見ない大きい魔物が!」と運転手らしきおじさんがドアを開けて言ってきた。
パパは何だとと一瞬あっけに取られるも、「分かった。すぐに行く」と言って馬車から降りる。「ファーリー、ママ、後ろの方へ逃げて」「分かったわ」とママは答える。僕もその魔物とやらと戦いたいけど、多分僕じゃ戦えないのかもと思い「うん!」と力強く頷いて逃げることにした。
馬車から降りると前方に禍々しい気配を感じた。軽く3メートルくらいの高さはあるだろうか。犬のような姿形にしては不自然な大きさで「それ」はいた。犬の姿をしているのにボロボロの翼、しっぽが見えたと思ったらしっぽではなく蛇だった。これはヘラクレスとかの神話や童話に出てきたキメラという奴ではと思わざるを得ない容姿。僕はママに引っ張られる様にして一緒に馬車の後ろの道へと逃げた。周りを見るとさっきまで農作業をしていた人達が逃げる様に自分達の家があるだろう方向へ走っていた。
僕はパパがあんなに大きい魔物を相手に出来るのか不安だった。僕はママに手を引かれながらも馬車の方を何度も振り向いて見た。すると、
「魔物よ、預かりし命を断つ等して申し訳ないが、これは家族と村の平和の為だ」
パパの体に一瞬光沢のような光が差したかと思ったその時、パパの手には剣が握られていた。銀色に輝くその剣を僕はしっかりと見た。その時、
「ヒュンッ」とこっちに何か迫ってくるのが見えた。明らかにこっちに近付いてくるのが分かった時にはそれはもう目の前に合った。爪らしき形をした尖った物だった。
一瞬の出来事で整理の付かないままその光景が見えた途端、世界が暗転した。
「はっ!?」
気付いた時には僕は周り全てが動かなくなっている静止した世界にいた。そこには僕とママ。そして僕の目の前には自分の顔の1/3程はあるだろう。明らかに爪の形をした物が飛んでくる瞬間で止まっている。
「何が起きている…」
そして前方には「残り2:56」の文字。日本語を久々に見た気がする。しかし何なんだここは。
すると不意に自分の意識内に誰かが助言する様な感覚が飛び込んできた。
「天秤で今の状態を乗り切って」
「誰だ!誰かいるのか!?」
しかし返事がない。目の前のタイマーは残り2:50。
「天秤か…」
また引っかかる。天秤で乗り切れるのか?しかし何となく僕は両手を出して自分の天秤をイメージしていた。「ガラスの天秤。」
すると目の前には透き通る透明さを持つガラスが。ガラスで出来た天秤が出てきた。
「何だこれ、ガラスの天秤なんて初めて見た…」
その天秤は見惚れてしまう程透き通ったガラスだった。そのガラスの向こうには逃げるママと僕。
「そうだった。見惚れてる場合じゃない」
今の問題は魔物の爪らしき物で死にそうになっている状況だ。どうにかしなくては。その爪の大きさならば僕だけでなくママまで巻き添えになって人間の串刺しが出来てしまう。
「でも…」
どうやって測る?そもそもこの天秤をどうやって使うのか分かってないんだけど。するとまた…
「何かを得る為には、何かを犠牲にしないといけない」
また助言する声。若干ノイズが混じっていて女の子の声なのかはたまた老人の声なのか分からない。ここにいないのは確かだと思うので言われた内容だけを考えるようにした。
「犠牲…」
自分の命を守る為の犠牲。でもその後ろにはママがいる。自分の命を犠牲にする?でももしかしたらこの飛んできた爪をどうにかすれば何とかなるんじゃないのか?
爪をどうにかすればママだけじゃなく自分の命も守れる。じゃあ何を犠牲にすれば良いのか。
「爪なら…同じく爪?」
いや、ここで爪を犠牲にするなんて考えたくない。もしかしたら剥がされるかもしれない。めっちゃ痛そう。拷問じゃん。
「じゃあ…指、とか?」
いや、それもめっちゃ痛そう。でも何となく、爪に比べたらまだ良いんじゃないかとも思える。
まずその飛んできた爪、大体50センチはあるだろう。天秤は公平に測るのだろうから、こちら側も相応の犠牲を出さないといけない。ん?
「何で僕は天秤が測ると思った?」
そう考えが一瞬別方向へ外れた時、前方で「カチッ」と音がした。タイマーは「残り0:59」と赤い文字で表示されている。
まずい。よくこの状況を分かっていないがこのタイマーが0になったら僕とママはそのまま串刺しになってしまうだろうという予感が何故かあった。
「気になることは多いけど」
「最優先事項はこの爪と測る物、釣り合う物だ。」
他は知ったこっちゃない。ママを救わないといけない。
「そして、測る物は指、えーと」
自分の指を見る。何か丸い物を掴んだ時に一番支障が出ない指にしようと思った。そして…
「左手の薬指」
右手は利き手だから、反対の左手にすることにした。その時、
左手に違和感があった。何かがすっぽりと抜けた感じ。自分の左手を見る前に、僕は光に包まれた。
「っっ!!!」
僕は咄嗟に目の前にあった爪を掴み取ろうとした。しかし、「…あれ?」
僕は形のない土のような物を握っていた。感触は土だが、なんか粒がやたらと固い気がする。土というよりも砂利?
「あっ……」
そして僕は急に意識が遠くなった。狭くなる視界。そして
「ファーリちゃん!?ファーリちゃん!!」
ママの声が微かに聞こえる。ママを無事救えたみたいだ。
そして僕の視界は真っ黒になった。
この次か次の次くらいで1章終わりだと思います。