1章 0話 「幸せ」
それは、幸せそのものだった。
ここは幸せな所なんだと思った。
これから先も、幸せが続くんだろうと思った。
僕はお金持ちの家で生まれた子供らしい、ママもパパも顔をちゃんと覚えてない、ママはいたのかすら分かってない。じーじとばーばに聞いてみたら「マサルのママとパパはちゃんといるよ、いつも会わせてあげられなくてごめんね」と言う。パパは、顔を覚えてないけど大きな背中をしていて、いつも優しい言葉をかけてくれてたような気がする。でもいつしか、その優しい言葉は跡形もなく消えていた。
僕の家には今じーじとばーばしかいない。誕生日の時になるとケーキが出てきて、ロウソクの火を消すと拍手してくれた。とても嬉しかった。美味しいケーキも食べて、熊のお人形もプレゼントでくれた。その熊のお人形が暖かくて、ついギュッと抱きしめた。じーじとばーばは微笑んで、僕の頭を撫でてくれた。
小学校では最初凄くビクビクしてたっけ?凄く緊張してたかも。この世界には「保育園」とか「幼稚園」っていう所があって、僕はそこに行かせてあげられなかった、ただ僕を側で見守ってあげたいと思ってたからとばーばは言ってた。入学式が終わって、僕の隣に座ってた男の子が「ねーねー、お前、パパとママは?」と聞いてきた。僕は「今はいないよ」って返した。「何だそれ、変なの」とその子は笑い出した。小学校に初めて入るのにすぐ友達というのが出来た。男の子は「俺はカケルってやつ、よろしく」と凄く照れくさそうに言ってて僕も笑っちゃった。
カケル君とは同じクラスになってよく話したり遊んだりした。特にカケル君は友達がすぐにたくさん出来て僕をそこに混ぜて遊んでくれた。サッカーっていうのとか、ドッチボールっていうのとか。たくさんの友達と遊んで、カケル君を通じて僕の友達も増えていった。僕はその日の夜に家でじーじに友達と遊んで楽しかった事を話した。じーじは「そうかそうか、マサルが楽しそうで良かったよぉ」と言ってて、少し遠目にばーばが暖かい目で僕を見てるのが分かった。そして「じーじ、マサルちゃん、ご飯よ」とばーばが夕飯の準備をし始めた。僕とじーじも手伝って準備が終わったら3人で「頂きます」。そんな日々が続いてく。
幸せだ。幸せだった。
だけど、僕が10才の時、じーじが夜に家を出てた。
ばーばと僕は朝になってから家の前におまわりさんがいることが分かって急いで玄関を開けた。おまわりさんは「おたくのお父さんが夜に車にひかれてしまって…」と話していた。僕は「お父さん?パパ?」とおまわりさんに聞いたけど、おまわりさんは険しい表情で黙ってしまっていた。
ばーばは固まってしまって、僕が顔を見ようとしたけどもう一人のおまわりさんがとおせんぼしてきた。そしておまわりさんは僕を抱きかかえて、パトカーに乗せた。最初僕は嫌々とあがいていたけど、パトカーに乗ってるおまわりさんが優しくて、車のおもちゃで遊んだり、ぬいぐるみで遊んだりした。
パトカーがたくさんあった大きい建物で一泊して、家に帰ってきたらばーばはまだ固まってた。そして知らないお姉さんがいて、「今日からお世話になります坊っちゃん、家政婦の坂田です」と言って綺麗な礼をしてくれた。家政婦って何?って聞いたら「お手伝いをする人よ」と坂田さんは話してくれた。
僕も今日で12才。誕生日ケーキは盛岡さんが作ってくれた。盛岡さんは一年前に坂田さんと交代で来てくれるようになった男の人。多分年齢は28才くらい。
ばーばは最近ずっともごもごと何か言ってて、たまに「お父サン!」と叫ぶ。正直怖い。でもばーばはばーばだから、僕もそんなに気にしてないし、たまに盛岡さんのお手伝いでばーばをお部屋まで連れて行ったりしてる。
秋くらいになって、ばーばは家じゃなくて「老人ホーム」ってとこにいた方がいいと盛岡さんは言った。ばーばの今の状態が治るのかと思って「分かりました!」って勢いよく言った。それからこのお家は盛岡さんと僕の二人になったけど、夜は盛岡さんが「おやすみ」と言って布団をかけてくれた後、一人。ちょっと寒くて、ちょっと怖い。なんか嫌だった。
多分一週間くらい経った。ある夜中に目が覚めて、お水を飲もうと思った。リビングまで行ってお水を飲んでから、何か前の方に光る物が見えてきた。いや、光じゃなくてあったかくて白い光みたいな何か。そこには小さい僕とじーじとばーばがいて、僕がぬいぐるみごっこしてるとこに入って遊んでた。凄く楽しそうな僕と、嬉しそうに微笑むじーじとばーば。
「ばーば!」僕はいてもたってもいられなかった。玄関のドアを開けて外に、家が立ち並ぶ道を抜けて、どこにいるのか分からないばーばを探した。「ばーば!ばーば!」僕は叫ぼうとしたけど、突然走ったから段々と叫ぶ気力がなくなってきた。「はぁ、はぁ、はぁ」僕はとりあえず息継ぎをした。した時には、もう遅かった。
「ガギィィィィィィィッ」
一瞬だった。何となく横からさっきの光とは違う光が見えていたのに、すぐに動けなかった。視界がぐるんと回ったような気がして、気が付いたら、
目の前は真っ暗だった。
「……るく…、…け…くん!」
何か暗い所から声が聞こえる。
「……るくん!、か……く…」
盛岡さんの声かな?
「…け………、………」
もう消えちゃった。
すると、前から少しずつ青い光が漏れてきた。
「え?何?!」
どんどん光は大きくなって、
それは、僕を包み込むように、
そして、
「ようこそ、新しい世界へ」
はっきりと、親しい誰かの声が聞こえた。
「ん…ん??」
声にならない声を出して、僕は目を開けた。
木?木の天井だ。僕の家に木の天井なんてあったっけ?
そして男の人と女の人に、僕は抱えられている。
え?抱えられてる?
「おー!元気な男の子が生まれたぞ!」
「はぁ、は、生まれてきてくれて良かった、」
男の人と女の人が、そう言っていた。
生まれてきた?
手をその2人に伸ばそうとする。
自分の手が凄く小さかった。
僕は、体が赤ん坊になっていた。