【短編】いつもケンカばかりしてる幼馴染が俺に紹介してくれた清楚な美少女 ~どう見ても幼馴染本人が変装してるんだけど、絶対に違うって言い張ってる
偽りの姿を見せようとすればするほど漏れる恋心。
1話読み切り短編です。
【本文】
とある高校の一年生の教室。
「黒髪清楚女子を紹介してあげるわ。ちょうど知り合いにいるし」
俺は、クラスメイトで幼馴染の女子からそんなことを言われた。
ことの経緯はこうだ──
ホームルームが終わった後も帰らずに、俺は教室で男友達と無駄話をしていた。
するといきなり後ろから、誰かがシャツの裾をクイっと引っ張る。同時に後ろから俺の名を呼ぶ女子の声が聞こえた。
「ほらぁ、牡丹~! だらしないんだからぁ。ちゃんとしなさいよ」
──やれやれ。またあいつか。
後ろを振り向いて下の方を見ると、案の定そこにはクラスメイトの女子、立木 春菊が見上げる顔があった。
ウェーブのかかった栗色のショートヘア。
少し気の強そうな目。
短く詰めたチェック柄のスカート。
そして小柄ながらメリハリのある体躯。
クラスでは可愛いと評判の彼女は、小学校から同じ幼馴染。
昔からよくウザ絡みしてくる女子で、同じ高校に進学しただけじゃなくて同じクラスになったのも腐れ縁ってやつか。
小学生の時は取っ組み合って遊んだりして、結構仲が良かったんだけどなぁ。
もちろん中学生以降はそんな遊びをしてはいない。思春期以降にそんなことをしたらエロすぎる。
「オカンかお前は」
「はぁ? せっかく教えてやってんのに、なにそれ? あたしはあんたなんか産んだ覚えはありませ~ん」
「俺もお前に産んでもらった覚えなんかありませ~ん」
「オモロイこと言うね牡丹は。じゃああんたは、お母さんに産んでもらったのを覚えてるのかな?」
「くっ……言葉のアヤってヤツだ。いちいちツッコむな」
相変わらずめんどいヤツだな……と、無視しようとした時。
さっきまで話していた男友達がボソッとつぶやいた。
「お前ら相変わらず仲いいな」
「は? 俺が? 春菊と仲が良いだって?」
「ああそうだよ。お前、立木のこと大好きだろ?」
「なに言ってんだよ。そんなはずは、ないだ……」
きっぱり否定しようとした瞬間、横から春菊がニヤニヤしながら口を挟んだ。
「へぇ、そうなんだぁ。牡丹って、ホントはあたしを大好きなんだ? だって春菊ちゃんって可愛いもんねぇ」
可愛いのは確かだ。
だけど自分で言うな。ムカつく。
「は? 寝言は寝て言え。バカが。大っ嫌いだよ!」
「だから牡丹はあたしに構ってくるんだね」
「なに言ってんだ。人の話を聞いてんのか? 嫌いだって言ってるだろ。そもそも構ってくるのは春菊の方だろが。お前こそ俺のこと好きかよ?」
「いいんだよいいんだよ、照れなくても」
「だからお前、人の話を聞けっつってんだよ」
春菊って、ホントに人の話を聞かないよな……と苦笑しながらも。
嫌いだなんて言われてもへこたれない春菊だから、腐れ縁が続いてるのかも。
だから春菊のこと、ホントは別に嫌いじゃないんだけどな……
「なんなら今から告ってもいいんだよぉ。ホントは大好きですって」
「え?」
嫌いじゃないけど、大好きってわけじゃ……
「そしたら秒でフッてやるから」
「は?」
前言撤回。やっぱこいつ、嫌いだ。
「アホか。俺の好きな女の子はお前と真逆のタイプだ」
「ほぉ~? どんなのよ?」
「優しくておしとやかで……ん~そうだな。黒髪の清楚な子だな」
「むぐぅ……」
ちょっとムカつく、といった感じに春菊は眉根を寄せる。
いや、ちょっと悲しそうな顔だと言った方が正確かもしれない。
「はぁっ? わかった。じゃあそんな黒髪清楚女子を紹介してあげるわ。ちょうど知り合いにいるし」
「マジか? なんでお前が紹介してくれるんだよ?」
「彼女ができたら、アンタもあたしに付きまとわなくなるからね」
「誰が付きまとってるだって?」
「彼女いない歴17年のアンタでしょ?」
「うっせ! お前だって彼氏いない歴17年のくせに!」
「うぐっ……アンタと違って、彼氏ができないんじゃなくて作らないだけだし」
「はぁ?」
「能書きはもういいから。で、どうすんの? 紹介して欲しいの?」
「ん……」
「断るなら、はっきりと断るって言いなさいよ? 断ってもいいんだからね?」
春菊はなぜか急に探るような声になった。
少しおどおどした目つきのようにも見える。
「いや。紹介してくれ!」
「はぁ? なんで?」
「なんでって、お前が言い出したんだろよ。お前こそ、なんでだよ?」
「あ、いや。……わかったよ! アンタってやっぱそういうヤツだったんだ」
「そういうヤツってどういうヤツだよ?」
「そういうヤツはそういうヤツ! もういいから。わかった。紹介してやる。今度の日曜日。駅前のカフェで待ち合わせしよ」
「おう、わかった」
なんと言うか。
お互いに勢い余ったと言うか、思いもよらずそんな約束が成立してしまった。
◇◇◇◇◇
【春菊視点】
その日の夜。
自宅の自分の部屋で、あたしは頭を抱えていた。
「うわぁ、どうしよう……売り言葉に買い言葉で、あんなことを言っちゃったよ。黒髪清楚女子の知り合いなんていないし……それに牡丹に女の子を紹介するなんて……くそっ、牡丹のヤツめ。なんで断らないのよぉ……」
その時、ふと顔を上げたら目の前には姿見。
そこに映る自分の姿を見て、あたしはハッとひらめいた。
「うん。いいこと思いついた」
◆◆◆◆◆
【牡丹視点】
次の日曜日。
俺は春菊に書いてもらった待ち合わせ場所のメモを握りしめ、約束のカフェに着いた。
店の扉の横に、一人の女の子が立っている。しかしそこには春菊はいない。
その子はロングの黒髪で、清楚で知的な雰囲気をまとった少女だった。
小柄な身体に爽やかな白いワンピースがとてもよく似合っている。胸も大きい。
まるでオタクの妄想から飛び出してきたような、絵に描いたような清楚美人。
この子が春菊が言っていた子かな?
ところでアイツはどこにいるんだ?
カフェの近くまで近づいて少女の顔をよく見ると、小顔で整った美人だった。
それにしてもこの子、春菊にめっちゃ似てるな。
「こんにちは。菅原 牡丹さんですね。私、藤花 百合と言います。春菊ちゃんに紹介されてきました」
「あ、ども。立木さんは?」
「あ、彼女は急に用事ができて来れないって、さっきLINEが来ました」
「あ……そ、そう……」
──いや。……って言うか、こいつ春菊本人だろ? めっちゃ顏似てるし。
小柄でメリハリある体つきもまったく一緒だ。
ははぁん……こいつ、俺を騙してからかうつもりだな。そうはいくかよ。
「なあ春菊。なんでそんな変装してるんだよ?」
「え? なんのことですか?」
「だって初対面なのに俺のことすぐにわかったしさ。顔が春菊だし。お前、春菊だろ?」
俺は自信満々に言った。
だけど女の子はまったく動じない。
「ああ、そのことですか。それはですね……」
彼女は小さなショルダーバッグからスマホを取り出し、画面に写真を表示させてこちらに向けた。
「ほら。こうやって春菊ちゃんから、事前に写真を送ってもらってたのですよ。それに私と春菊ちゃんは従姉妹同士で、よく似てるって言われるのです」
「従姉妹?」
「はい、そうです」
百合ちゃんはニコリと微笑んだ。
清楚な美人が見せるそんな笑顔は、まるで爽やかな風が舞うかのようだ。
俺は思わず「あ、可愛い……」と漏らしてしまった。
いけ好かない春菊とよく似た顔なのに、可愛いと思うって、どうなんだよ。
いや元々春菊の見た目は、可愛いとは思っている。ただガサツで攻撃的な言動がウザイだけだ。
「うふふ、ありがとうございます」
「あ、いや……」
思わず漏らした声が聞こえてたみたいだ。
恥ずかしすぎるだろコレ。
しかも目の前の女子がもし本当に春菊本人なのだとしたら、『可愛い』なんて言葉を聞かせてしまったことに、大きな後悔が押し寄せる。
目の前の美少女は、ホントに春菊とは別人なのか?
そう思って、百合と名乗った少女の顔を見つめた。
すると彼女は恥ずかしそうにうつむき加減になって、上目遣いに口を開いた。
「こんなところで立ち話もなんですから、カフェに入りません?」
そう言って百合ちゃんはこてんと小首を傾げた。
うわ、なにコレ。
黒髪と白いワンピースのコントラストが眩しい、清楚で天使のような可愛さ。
そんな姿に当てられて、俺は思わず素直にこくんとうなずいてしまった。
***
カフェに入り、カウンターでお互いにドリンクを買って、窓際の席に向かい合って着座した。
「改めまして牡丹君。私、藤花 百合です。百合って呼んでくださいね」
「あ、はい……」
それからお互いに自己紹介を兼ねて、自分のことを話した。
百合ちゃんは俺と同い年で、別の高校に通う2年生だと言った。
そして春菊とはお母さん同士が姉妹の従姉妹だと言う。
それから趣味のことや、普段何をしてるかなど、思いつくままに会話を交わす。
優し気な笑顔で話をする百合ちゃんは物腰も柔らかく、清楚オーラが輝いている。
すごく可愛いな……
なんて心の中で何度も繰り返してしまうくらい確かに可愛いし、ついつい見とれてしまっていた。
だがしかし。
何度見ても春菊と瓜二つの顔だ。本当に別人なのかと未だに少し疑問を持っている。
「なにか……顔に付いてますか?」
「あ、いや……ごめん」
「別に謝る必要はありませんよ、うふふ」
「あまりに美人だから……見とれてた」
「ふぇっ!?」
あまりに可愛くて、ちょっと惚けてそんなことを言ってしまったら、今まで完全に清楚な雰囲気だった百合ちゃんが突然発した間抜けな声。
まるで春菊みたいだよな。
そんな疑念が、またふつふつと湧く。
「あ、いえ。ありがとうございます。ところで牡丹君って、春菊ちゃんのことをどう思ってるのですか?」
「え? 春菊のこと……?」
「はい」
──腐れ縁の毒舌女だと思ってます。
頭に浮かんだ言葉は口には出さない。
目の前の女子が春菊だという疑問が、まだ払拭できていないから。
「なんでそんなこと訊くの?」
「春菊ちゃんが牡丹君を紹介してくれたわけだけど……もしかしたら牡丹君は春菊ちゃんのことを好きなんじゃないのかなぁ……なんて思ったのです。単なる女の勘ですけど」
何げない感じで言ってるけど、緊張で声が上ずっているようにも見える。
百合ちゃんはドリンクに手を伸ばし、チュッと飲んで喉を潤した。
──もしも百合ちゃんが本当は春菊なのであれば、自分は試されているのだろうか。
その時テーブルの上に置いた百合ちゃんのスマホがブルブルと着信を知らせた。
手にして画面を見た彼女はニコリと清楚な笑顔を浮かべる。
「噂をすれば影……でしょうか?」
「え?」
「春菊ちゃんからメッセージが来ました」
百合ちゃんが俺に向けて見せたLINEの画面には、見慣れた春菊のアイコンがあった。
真ん中が黄色くて、細くて白い花びらがたくさんある花の画像。
それはマーガレットなのだと、以前春菊は教えてくれた。
なんでもマーガレットの和名は木春菊というらしく、立木 春菊と言う自分の名と同じだから好きなのだと聞いた。
『ゆり~ ちゃんと菅原 牡丹君に会えたかな?』
画面を見ると、春菊はそんなコメントを送って来ていた。
「ちゃんと会えたよ。今楽しくお話してるとこ」
百合ちゃんは口に出しながら、その通り返信をスマホに打っている。
俺は楽しそうに話す百合ちゃんの唇を見つめていた。
──本当に別人だったのか……
そう思いながら改めて見る百合ちゃんは、黒髪清楚でやっぱり美しい。
送信ボタンを押し終わった百合ちゃんは顔を上げて、俺を見た。
そしてニコリと笑って、少し恥ずかしそうに言った。
「牡丹君って素敵……ですね」
「あ、ありがと……」
「私、牡丹君と仲良くなりたいです。また会ってくれますか?」
百合ちゃんは充分素敵な女の子だ。
見た目も話し方も清楚だし、一緒にいて楽しい。
また会いたいとは思う。
だけど心に引っかかるのは春菊のこと。
百合ちゃんと仲良くすることが、なんだか春菊を裏切るような気がする。
(なんだか春菊に悪いよな。だからもう百合ちゃんには会わない方がいいのかもしれない……いや春菊が百合ちゃんを紹介したんだから、そんなこと思うのはおかしいんだけど)
腐れ縁だと言って、自分の感情にガードを張ってはみるものの。
そうは言っても長年一緒にいることを止めない程度には、春菊のことは嫌いではない。いや、むしろ好きなのかもしれない。
そしてそんな自分と同じように、なんだかんだ言って春菊も自分のことを好きでいてくれているという望みも持っている。
だから軽々しく百合ちゃんの求めに応じるべきじゃない、なんていう堅苦しいことが頭に浮かぶ。
「もしかして春菊ちゃんに悪いと思ってますか?」
「え? あ、ああ……」
まるで俺の心の内を見透かすような百合ちゃんの言葉に、俺は思わず素直に肯定してしまった。
その瞬間、百合ちゃんの口角が上がり、頬が緩んだように見えた。
百合ちゃんはすぐに何気ない表情に戻ったけど……
見間違い? ……じゃないよな?
もしや、やっぱり百合ちゃんって春菊本人なんじゃないのか?
「牡丹君は、ホントは春菊ちゃんのことを好きなのでしょ?」
「うん、そうだね……」
目の前の女の子が春菊であろがなかろうが、どう答えたらいいのか迷った。だから今の言葉は肯定ではなくて、単なる言葉つなぎの相槌だったのだけれども。
「ぷっはぁ~」
──えっ?
目の前の百合はニヤけた真っ赤な顔で、大きく息を吐き出して、のけぞるように上を向いた。まるで抑えていた喜びを吐き出すような態度に見える。
「え? どした? なんか俺、変なこと言ったかな?」
「あ、いえ、失礼しました。なんでもありません。ちょっとドリンクが喉に詰まっただけです」
そう言って百合ちゃんはドリンクを持ち上げてストローに口をつけ、ゴクゴクと飲み始める。
──嘘つけ。さっきはドリンク飲んでなかっただろ。
「やっぱお前、春菊じゃないの?」
「ななな、何を言ってるのでごじゃいましゅるか? 絶対に違いましゅ」
おいおい。清楚キャラの方向性が変な方に行きかけてるぞ。
でも──さっきの百合ちゃんの仕草で俺は確信した。
目の前の女の子は春菊本人だ。間違いない。
なぜなら彼女がのけぞった時に、顎の裏にホクロが3つ見えたから。
小学生の頃、取っ組み合って遊んでいた時に気づいた、春菊の特徴。
普段は見えない顎に隠れた首筋に、正三角形の形でホクロがあった。あまりに印象的で、今もそれを鮮明に覚えている。
もちろん百合ちゃんにも同じホクロがある可能性はゼロではない。だけどいくら従姉妹だと言っても、そこまで同じという可能性は極めて低い。
──こいつ、詰めが甘くないかっ? 雑いだろ!
でもそんなところが春菊らしくもあるかと妙に納得する。
さっきのLINEなんて上手く仕掛けたとは感心するが、おおかた誰か他の人に自分のスマホを預けて、タイミングを見計らってメッセージを送ってもらったんだろう。
──でもなんで春菊のヤツ、こんなことをしてるんだ?
一瞬疑問に思ったが、すぐに、ははぁーんと合点がいった。
そう言えば春菊は、俺が告ったら秒でフってやるなんてことを言っていたよな。
きっと春菊は、俺が好みのタイプの百合ちゃんに惚れるように仕掛けて、そしてフろうとしてる。
まあ、黒髪清楚が好みだなんて、その場限りで言ってみただけなんだけど。
もしくは──
春菊は実は俺に好意を持っていて、百合ちゃんよりも自分を選ぶことを期待している──とか?
いや、それはあまりに自分に都合の良く考えすぎだな。そんなはずはないか。
どっちにしたって面白いことするじゃないか。それなら俺にも考えがあるぞ、ムフフ。
「いや、やっぱ違うな。疑ったりしてごめん。春菊よりも百合ちゃんの方が魅力的だよ。だからまた会おう。LINE交換してくれるかな?」
「えっ……? いや、あの……」
「あれっ? 仲良くしてくれってさっき言ったのは嘘なの?」
「い、いいえ。ホントですよ、おほほ」
そう答えてLINE交換に応じる百合ちゃんの目は、どこか虚ろだった。
***
翌月曜日。
登校して自分の席に着いたら春菊が近寄って来た。
「ど、どうだった?」
「どうだったってなにが?」
「ほら、あれよ。百合ちゃん」
「ああ、そうだな。春菊が紹介してくれたんだから、ちゃんと報告しなきゃな」
「そ、そうだよ。そういう礼儀知らずなとこが、牡丹のダメなと……」
「ありがとう」
「へ?」
「百合ちゃん、めっちゃ好みだったよ。清楚だし優しいし、春菊とは真逆のタイプだな。紹介してくれてありがとう。またぜひ会おうって約束した」
「そ、そう……そりゃ良かった。紹介した甲斐があったわ」
春菊は青い顔をして踵を返し、ぶつぶつと何か呟きながら自分の席に帰って行った。
なんだよ、変なヤツだなぁ。
◇◇◇◇◇
【春菊視点】
くっそ、牡丹のヤツ、ムカつく。
あたしは自分の席に向かって歩きながら、我慢できずにぶつぶつと呟いてしまう。
「なによっ、鼻の下伸ばして。あんな女、大したことないのに……って、相手はあたしだった」
あたし、動揺してるのかな。
自分自身に嫉妬して、自分自身をディスっちゃったよ……
「くそっ、こうなったら……牡丹を百合に惚れさせて、こっぴどくフってやるんだから。いや、それとも……」
◆◆◆◆◆
【牡丹視点】
翌週の日曜日。
俺は再び百合ちゃんと会っていた。
俺の方から彼女に『また会いたい』とメッセージを送って、デートの約束を取り付けたのだった。
なぜ百合ちゃんと積極的に会う気になったのか、俺自身にも今ひとつよくわからない。
この前のカフェでのひと時が楽しかったのは事実だ。
百合ちゃんが春菊と同一人物だとわかってからも、あんな素直な春菊なら可愛いから一緒にいて楽しいと思える。
それに変装してバレていないと思ってる春菊の姿を見るのは、結構楽しい。
意地悪な意味じゃなく、そんなアイツが可愛いって感じる。
だからと言って、本物の春菊ではない仮の姿の彼女と会うことになんの意味があるのか、よくわからないところもある。
──まあ深く考えなくていいか。
一緒に出かけたいという気持ちに素直に従おう。
とは言うものの──
女子と付き合ったことはないし、どんな所に出かけたらいいのかよくわからない。
そして無い知恵を絞って考えたのが、近くの遊園地に行くこと。
夢の国とは比べるべくもないが、小さなジェットコースターなどもある、ファミリー向けの遊園地である。
子供でも乗れるアトラクションばかりでどうかとも思ったけど、これが案外楽しい。
百合ちゃんも楽しそうで、ニコニコしながら過ごしている。
いくつかの乗り物に乗った後、俺は百合ちゃんに言った。
「次、ジェットコースターに乗ろうよ。俺、昔からジェットコースター大好きなんだ」
「え……? ジェットコースター苦手じゃ……」
百合ちゃんがフリーズした。
そう言えば……
中学の頃、春菊も一緒にグループで遊園地に行ったことがある。
その時アイツは、ジェットコースターが大の苦手だと言って、最後まで乗ろうとしなかった。
だから俺はあの時『実は俺も苦手で……』と嘘をついて、他のみんながジェットコースターに乗る間、春菊に付き合って下からコースターを眺めていたんだった。
しかしそのことは、もちろん百合ちゃんは知らないことなのに、思わず漏らしちゃうなんて……やっぱコイツ、ポンコツかよ。
あえて、『何で知ってるの?』なんて無粋なツッコミはしないでおこう。
だけど俺がポカンと百合ちゃんを見つめてたら、彼女は急にアセアセし始めた。
「あ、いえ、わ、私もジェットコースター好きですよ。の、乗りましょう」
なんでそんなことを言い出すんだよ。
唇が震えてるし、嘘丸出しじゃないか。
春菊とは別人だとアピールするためか?
それとも──
中学の時に俺が『ジェットコースター苦手』と嘘をついて、自分に合わせてくれたことに春菊が気づいた。だから今度は俺に合わせようと気遣いをしてる。
──いや、それは春菊のことをいいヤツだと思いすぎだな。
この遊園地はファミリー向けだし、ジェットコースターと言っても絶叫系ではない。これくらいなら春菊も平気だろう。一緒にジェットコースターに乗ることにしよう。
でもその考えが甘かったと、直後に俺は思い知る。
ジェットコースターが動き始めると、まだ坂をゆっくりと登ってるだけなのに、百合ちゃん……いや春菊はワーワーギャーギャー叫び始めた。
──黒髪清楚はどこいった?
コースターが降下し始めたら、そりゃもうこの世の終わりかのように絶叫しまくる。
コースターから降りて出てきた頃には、黒髪は振り乱れ、青い顔でぜーぜーと荒い息を吐いていた。
黒髪が少しズレて、春菊の栗色の髪が少し見えているのはご愛嬌だ。
「ぐぇ~ ふにゃあ~」
俺と並んで歩く百合ちゃんは奇声を発して、今にも吐きそうな顔をしてる。
ガサツな春菊らしさが覗いているとも言える。もはや清楚な雰囲気を装うことも無理なんだろうなぁ。
でも普段は強気で毒舌ばかり吐く春菊が、弱い部分を見せているのは少し可愛くもある。
ましてや俺に合わせてコースターに乗ってくれて……
「あ、すみません。お恥ずかしいところをお見せしました」
俺の視線に気づいたんだろう。百合ちゃんが急に居住まいを正した。
「いや、恥ずかしくなんかないよ。そういう飾らない素の感じを見せてくれるって可愛いし」
「ふぇっ?」
「あ、でも辛そうだから、そこのベンチに座っててよ。何か冷たい飲み物買ってくる。何がいい?」
「あ、なんでも。お任せします」
「うん。じゃあ行ってくるよ」
俺は振り向いて、売店に向かう。
立ち去り際にサラッと百合ちゃんに声をかけた。
「俺だけにそんな姿を見せてくれてるなら、ちょっと嬉しいな……なんてね」
後ろの方で百合ちゃんが「ぶふぉっ!」と吹き出してる声が聞こえた。しかし聞こえなかったフリをして、そのまま立ち去る。
まったく春菊のヤツ。
本人がダダ漏れだぞ。
それにしても──俺もたいがいだな。
普段なら絶対に言わないような歯の浮くセリフを恥ずかしげもなく言ってる。
それは春菊が百合という仮の人格を演じていることで、俺も『ちょっとイケてる男子』という別人格を演じようとしているから。
まあ本物のイケメン男子じゃないから、漫画やアニメで見た男子を真似てるだけなんだけど。
グダってる女の子のために飲み物を買いに走る、イケてる行動の俺だった。
***
俺が冷たいドリンクを二つ手にして戻ると、百合ちゃんはすっかり清楚な雰囲気を取り戻してベンチに腰掛けていた。
「はいこれ」
「ありがとうございます。牡丹君って優しいですね」
ドリンクを両手で大切そうに受け取った百合ちゃんは、リスがクルミを抱えるように両手でドリンクを持って、ストローに口を付ける。そんな小動物みたいな仕草が可愛い。
「ん……ありがと」
中身は春菊だとわかっていても、やっぱりこんな可愛い女の子に素直に褒められると嬉しい。一瞬騙されそうになるよなぁ。
そんなことを思いながら、俺は百合ちゃんの隣に腰掛けて、ドリンクのストローを咥えた。
「ところで牡丹君って、春菊ちゃんのことを好きなのですか?」
そのセリフに、今度は俺が思わず「ぶふぉっ!」と吹き出した。
何という、どストレートな質問をぶっ込んでくるのかコイツは。
「な、なんで?」
「だってさっき牡丹君は、飾らない素の感じを見せてくれるって可愛いって言ったじゃないですか。春菊ちゃんって飾らないタイプでしょ? だから」
「あ、ああ。そう……だね」
アイツは、もうちょっと飾ってくれるくらいがちょうどいい。
飾らなさすぎだろ。
いや、アイツって言うか、お前のことだからな。
「あ、やっぱり牡丹君って、春菊ちゃんのことを好きなんでしょ?」
「いや、あの、えっと……」
「そうなんでしょ? そうなんでしょ?」
大事なことだから二回言いました、っぽく繰り返す百合。
「だって春菊ちゃんって優しくて、すごく可愛いですもんね。ねえ牡丹君」
「いや、えっと……」
表面的に見れば、従姉妹を褒める性格の良い女の子。でもその実態は、自分のことを褒めまくってるヤバいヤツ。
いくらなんでも売り込みすぎじゃね?
しかも当の春菊は、話している相手の俺が変装に気づいていることを知らないんだから。
そう考えると、春菊の行動はめちゃくちゃ恥ずかしいことだよな。
自分のことじゃないけど、そんな春菊を見ていると俺もものすごく恥ずかしくなってきた。
──これが共感性羞恥心ってやつか……
「確かに春菊って可愛い顔してるね」
「で、ですよねぇ……むふふ」
春菊は頬が緩むのを止められないみたいだ。真っ赤になった頬を、両手でむにむにと触っている。そんな春菊を見たら、つい意地悪したくなる。
「でもさ。やっぱ春菊なんかより、百合ちゃんの方がすっごく可愛いよ!」
「え……?」
春菊は戸惑い、悲しさと嬉しさが入り混じった顔になった。
きっと、自分が褒められてるけど自分が落とされているという複雑な状況に、気持ちが対応しきれていないに違いない。
「うん。百合ちゃんって、やっぱ可愛いなぁ」
「あ、ありがとうございます。あの……えっと……その……」
「ん? どうしたの?」
百合ちゃんがもじもじしている。
でも中身はつっけんどんな春菊なんだよなぁ。
あの春菊がこんな照れた態度を見せるなんて、ちょっと可愛い。
「牡丹君みたいな人、私大好きですよ」
「あ、ありがと……」
突然の『大好き』に心臓がドキンと跳ねた。
まさか、春菊が俺を大好きだって言うなんて……
顔が熱くなるのを止められない。
きっと真っ赤になってるに違いない。
そんな顔を見られるのが嫌で、俺はすっとベンチから立ち上がった。
そして園内をぐるっと見回して、
「さあ、また何かアトラクションに乗ろうか」
百合の顔を見ずに肩をぐるぐる回しながらそう言った。
それから俺たちはさらにいくつかのアトラクションを楽しんだ。
そして帰り際、駅で俺は百合ちゃんに言った。
「また会ってくれるかな?」
ちょっといびつな関係ではあるけど、これはこれでなかなか楽しい。
だからもう少しこういう形で会いたいと思ったのだ。
百合ちゃんは少し複雑な表情を浮かべたけれど、ニコリと笑って「はい、ぜひ」と答え、また会うことを約束して別れた。
◇◇◇◇◇
【春菊視点】
あたしは遊園地からの帰りに牡丹と別れてから、ずっとイライラしている。
牡丹が、あたしを無視して百合に好意を見せるような態度を取るからだ。
そして翌日の月曜日。学校で、昼休み時間。
今日は朝からずっと牡丹に言いたいことがあって、とうとう我慢できなくなって彼に声をかけた。
「ちょっと来て」と廊下の方に視線を向ける。
牡丹は何だろうかと不思議そうな顔をしながらも、素直にあたしの後ろについて来て廊下に出た。
階段の踊り場まで来て、あたしは振り返って牡丹を睨む。
「ねえ牡丹。あんた昨日も百合ちゃんと遊びに行ったんだって?」
「ああ、よく知ってるな」
そりゃ、百合ちゃんはあたしだからね。
でもそれは言わずに誤魔化す。
「百合からLINEで教えてもらった」
「ふぅーん」
ふぅーんって何よ、ふぅーんって。
なんで『黙っててごめん』くらい言えないのよ。
あたしにはなんだって言ってほしいんだから……
悲しい。
「で、どうなのよ?」
「なにが?」
「百合ちゃんよ。牡丹はどう思ってるの?」
「ああ。百合ちゃん、めっちゃ可愛いな。清楚だし優しいし、お前と大違いだ」
「くっ……」
思わず声が漏れるくらいムカつく。
そりゃ、あたしは清楚じゃないけど、でもホントは優しんだからね!
なにが『お前と大違い』よ。
「あんな女に負けるなんて……」
なにを言ってんだろ、あたし。
あんな女って、あたし自身なのに。
今、思わず声に出しちゃったけど、小声だから牡丹には聞こえてないよね?
「いやいや、春菊のおかげだよ。あんないい子を紹介してくれてありがとう」
「ふぅん。えらくお気に入りじゃないの。じゃあ、これからも会うつもり?」
ホントはもう会ってほしくない。
牡丹が他の女の子と会って嬉しそうな顔なんて見たくない。
もう会うつもりはないって言ってよ牡丹。
お願いだから、そう言ってよ。
「いや、あの、えっと……やっぱ会うのはやめとこうかな」
「え? なんで?」
あれ?
せっかく牡丹がやめるって言ったのに、思わず『なんで?』なんて言っちゃった。
あたしこそ、なんで?
あ、いや……ここであたしが嬉しそうな顔するのはおかしいもんね。
だってあたしが牡丹に百合を紹介したわけだし。
「なんでって言われても……」
牡丹は戸惑うようにあたしを見つめてる。
そんな熱い視線であたしを見ないで。
恥ずかしくて顔が熱くなる。
「会わない方がいいかなって思うから」
そっか。
良かった。
やっぱり牡丹は百合なんかより──
「やっぱあんたは、あたしが大好きなんだもんねぇ」
──あ、しまった。
あまりに嬉しくて、つい冗談ぽく誤魔化そうとして、偉そうに言っちゃった。
「いや、さっきのは冗談だよ。百合ちゃんとは、これからも会うことにする」
「は? なんで?」
ちょちょちょ、ちょっと待って!
もしかして、あたしが偉そうに言ったから?
牡丹に嫌われちゃった!?
「そりゃ、百合ちゃんが可愛いからだよ」
がーん!
そうよね。
牡丹は言ってたもんね。
黒髪清楚が好きだって。
どうせコイツはそういうヤツよ。
長年の付き合いのあたしより、ぱっと見た目で好みの女の子に寄って行っちゃうようなヤツなのよ。やっぱムカつく。
「はんっ。どうせ黒髪清楚だったら誰でもいいんでしょ?」
「いや百合ちゃんは、黒髪清楚なところはもちろん良いけどさ。それだけじゃなくて……」
「それだけじゃなくて?」
「顔の作りもすっげぇ好みだし」
(いや、百合の顏はそのまんまあたしだし)
「背がちっちゃいのも俺好みだし」
(背がちっちゃいのも、そのままあたしだし)
──それってあたしのことも好みってこと……? ちょっと照れるじゃん、えへへ。
「なあ春菊。なんでお前が照れてるんだよ。今のはお前じゃなくて、百合ちゃんのことだから」
あ、ヤバ。
照れてるのが牡丹にバレてる?
「まあ百合ちゃんと出会ったおかげでさ。お前もそれなりに可愛いってことに最近気づいたよ。だって顔の作りだけはよく似てるからな。ははは」
「くっ……」
ちょっと待って。
あたしが『それなりに可愛い』なんてムカつく!
でも百合を可愛いと思うってことは、あたしを可愛いって言ってるのと同じだから嬉しくもある。
ムカつくんだか嬉しいんだか、この複雑な感情はいったいなんなの!?
でも……やっぱり悲しいな。
ホントのあたしじゃなくて、仮の姿である百合を牡丹は気に入ってるわけだし。
──あ、ダメだ。
すっごく悲しくなってきた。
黒髪清楚な変装をして牡丹に会うなんて、やらなきゃよかった。
なんか牡丹が、真剣な眼差しであたしの顔をじっと見てる。
なんだろ。なにか文句でもあるのかな。
「やっぱさ。思ってたのと違う面を見て、可愛いなって思うことってあるよな」
「そうだね」
ああ、あれか。
百合が素の姿を見せてしまったことを言ってるんだね。
牡丹は、『素の感じを見せてくれるって可愛い』なんて言ってたし。
「それに俺のことを好きだなんて素直に言ってくれたら、やっぱ嬉しいよね」
「そうだね」
ああ、あたしったら、百合の姿なら素直に牡丹に言えるのに。なんで素のままなら言えないんだろうなぁ。
いや、それにしても、牡丹も鈍感過ぎない?
あたしとは長年の付き合いのくせに、百合があたしだってなんで気づかないのよ?
まあ気づかれたら、それはそれで恥ずかしすぎるから気づかなくていいんだけどね。
ああ、もうどうでもいいか。
どうせ牡丹が好きなのは百合みたいな清楚な女の子なんだし。
「あんなに清楚な雰囲気になるなんて、春菊の違う面を見れて可愛かったよ」
「そうだね」
「それに春菊が俺に好きだって素直に言ってくれて、嬉しかったよ」
「そうだね」
──ん?
今牡丹は、変なことを言わなかった?
百合の名前をあたしの名前と間違って呼んでるよ。
やっぱバカだね、牡丹は。
「ねえ牡丹」
「ん? なに?」
「名前呼び間違えてるよ。そんなことしたら百合に嫌われるぞぉ」
「いや、間違ってないよ。だって春菊のことを言ってるんだから」
「へ?」
──なに? もしかしてバレてるの?
いや。そ、そんなことはないよね。
「ななな、なにを言ってるのかな牡丹は? だって百合は黒髪清楚な女の子で……」
「うん。コースター乗った後に、その黒髪のウイッグがずれて、お前のその栗色の髪が見えてたぞ」
「え……? まさか……」
「そのまさかだよ。相変らずポンコツだな、お前は」
「それで気づいたの……?」
あたしが呆然として思わず呟いたら、牡丹はあははと笑った。
「いや、初めて会って、カフェで話した時に気づいた。だって首筋のホクロが春菊だったもん」
え……?
えええええええええっ?
ちょちょちょ、ちょっと何それ?
牡丹はずぅーっと百合があたしだってわかってて、会ってたってこと?
あたし、百合の格好をしてるからって調子に乗って、色々と言っちゃったよね……
「なあ春菊。俺が素敵だし、俺を大好きなんだって?」
「うぐぅ……」
ぜぇーんぶ本心なんだけど、それが全部バレちゃってたってことぉぉぉ!?
あああああああああ、恥ずすぎるぅぅぅ!
もうだめ、今すぐ死にたい!
誰も止めないで!
今すぐあたし、死ぬからぁぁっ!
ああ、顔が熱いし頭がくらくらする!
「だ、だったらどうだっていうのよ?」
なんとか虚勢を張るあたしを見て、牡丹はフッと笑った。
いま、鼻で笑ったよね?
バカな女だと思ったよね?
ああ、あたしの人生、もう終わりだぁ~~~
「ありがとな春菊。俺もお前を可愛いと思ってるし、大好きだよ」
──へ?
なに、そのイケメンなセリフは?
いつもの牡丹なら、そんなセリフ言えないよね?
どうしちゃったの牡丹?
気持ち悪いからやめてって言ってやる。
そう。ホントは牡丹なんて大嫌いなんだからってビシッと言ってやる!
あたしは詰まりそうな喉をがんばって開いて、牡丹に言ってやった。
「ありがとう牡丹……あたしも牡丹が大好きだよ」
<完>
【花言葉豆知識】
・「木春菊=マーガレット」:真実の愛
・「藤の花」:あなたに夢中
・「黄色の百合」:偽り
・「牡丹」:風格、誠実
面白いと思っていただけたら、この下の評価から★を付けていただくと嬉しいですぅぅぅ!
(最高5つまで★を付けられるのである)